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10-1 姉の妹①

 門番である衛士の仕事は、主に門の守備と関所の取り締まりである。延々と押し寄せてくる出入国者を相手にしないといけないため、身体つきや体力が物を言う仕事だ。ただ、そんな彼らのトップである衛長は違った。


 北門を管理する北衛門府ほくえいもんふ北衛長ほくえいちょうルメシアは、今日も一日中執務室の机に向かっていた。衛長の仕事は主にデスクワーク。彼女は大量の人間の代わりに、大量の書類を相手にしていたのだ。これもまた堪える仕事である。


「う~ん」


 一休みと、彼女は思いっきり背伸びをした。すると、執務室にあの男が現れる。


「神太郎?」


 彼女の彼氏である。ただ、何やら様子がおかしい。まるで怯えた犬のように縮こまりながら、そそくさと入ってきた。


「ちょっと、今は勤務時間よ。……って、ちょ!?」


 しかも、そのままルメシアに寄ると彼女の机の下に潜ってしまった。席に着いていた彼女は、慌てて手で自分の股間を隠す。


「アンタ、何考えてるの!?」


 顔を紅くして怒鳴る乙女。対して、神太郎はその股の間から顔を出しながら「しーっ」と口元に指一本を立てた。隠れているということは、逃げているということ?


 そして、しばらくするとそれが現れた。


「ちょっと、神太郎!」


 これまた怒鳴りながら入ってくる淑女。それは神太郎の姉、千満ちありだった。


「千満さん?」


「あ、ルメシア、久しぶり~。神太郎知らない?」


 その問いに対し、ルメシアは正直に自分の膝下を指した。神太郎が「ば、バカ」と怒るも後の祭り。姉によって引きずり出されると、襟首をガッチリ掴まれ責められる。


「神太郎、アンタ、暗殺者の件はどうしたのよ? いつまで経っても報告がないじゃない」


 そういえばと、ルメシアは馬車が襲撃された事件のことを思い出した。次いで、神太郎からその捜査をやってる気配を感じなかったことも思い出した。


「いやぁ~、ハッキリ言って迷宮入りです」


「何が迷宮入りよ。アンタ、サボってたんでしょう!」


 必殺の弁解も千満に看破され、神太郎、進退窮しんたいきわまる。


「ごめん、ルメシア。ちょっとコイツ借りていくね」


「あ、はい。どうぞ」


 そして上司の許可の下、姉に連行されていくのだった。


「やめろぉー、行きたくなーい。行きたくなぁーい!」


 悲痛な悲鳴を残して……。




 千満の嫁ぎ先であるアルサンシェ公爵家は、貴族街の中でも高台の一等地に立っていた。壁で囲まれた広い敷地に、二階建ての大邸宅を始め何戸もの建物が建っている。そして、その邸内もまた外見に見合う絢爛けんらんたる内装だった。リビングルームのソファに通された神太郎は、感心しながらそれらを見回している。


「外からは何度か見たことあるけど、中も流石だなー。エントランスホールなんて、ヨーロッパの宮殿みたいだ。いいところに嫁いだねー」


「そりゃ、私はいい女なんだから当然でしょう」


 そう臆面もなく答える千満に、神太郎は流石だなぁとこれまた感心。


 そして侍女が茶を持ってくると、彼女は本題に入る。


「さて、神太郎。あれはどうなってるのよ?」


「いやね、俺も最近知ったんだけど、俺の勤めている北衛門府って治安局の管轄らしいのよ。つまり、姉ちゃんを殺そうとした治安局長のハインバイル侯爵は、俺の上司にも当たるわけで……」


「だから?」


「上司に逆らうのは、社会人として如何なものかと……」


「家族の命を助けないのは、人間としてどうなのよ! それに何が社会人よ。不良衛士のくせに、都合がいいときだけ真面目ぶって」


「相手はプロだから証拠なんて出ないよ。襲撃してきた暗殺者たちも、治安局に引き渡さざるを得なかったんだし。内々で無罪放免にされているさ」


「じゃあ、殺しちゃっても良かったじゃない」


「流石に人殺し公爵夫人は聞こえが悪いだろう。相手が喜ぶぞ」


「全くもう……。役に立たないんだから」


 酷い言いようだと、弟は不満になった。


「まぁ、それはもうどうでもいいわ。それより、もっと大変なことがあるのよ」


 その上、どうでもよかったと言われ、弟は更に不満になった。尤も、姉はそんな気持ちなど露知らず話を続ける。


「私の旦那には妹がいてね。ここで一緒に暮らしているんだけど、どうも扱いに困ってね……」


「どんな?」


「ノリが合わないって言うか、苦手って言うか……」


「『あーら、平民のお義姉さまには、こんなことも難しかったのかしら♪』とか言われてるの? 気の強い姉ちゃんなら、そんなの屁でもないだろう」


「違うわよ。とてもいい子よ。いい子なんだけど……性格が合わないのよね」


「全然分からん」


 神太郎は意味が全然分からなかった。解決方法どころか、問題の内容すら理解出来ず。これではどうしようもない。


「ま、会ってみれば分かるから」


 百聞は一見にかず。そう千満が言うと……、


「お義姉さま?」


 それに合わせたかのように女性の声が聞こえてきた。


 その元である扉の方を見れば、立っていたのは美しい女性。ウェーブが掛かった明るい長髪が高貴さを感じさせている。生粋のいいところのお嬢様というのが、神太郎の第一印象だった。


 千満は彼女を隣に座らせ紹介する。


「紹介するわね、彼女はクレハ。夫の妹よ」


「クレハ・アルサンシェです。十八になります。どうぞ、お見知りおきを」


 そうお淑やかに頭を下げる彼女がくだんの義妹だ。


「三好神太郎、十七歳。独身。趣味は芋掘り。好きな食べ物はかんぴょう巻き」


 神太郎もそう応じると、クレハはクスっと笑ってくれた。


「上の弟さんでしたね。姉想いのいい子だと聞いております」


「はい、僕もこんな素晴らしい姉をもてて世界一の幸せ者です」


 べた褒め神太郎。正直に言えば鉄拳が飛んでくるので、身を護るにはそうするしかなかったのだ。だから、姉はこの返答にさぞ満足してくれているだろうと彼は思ったのだが……その顔を見てみると、何やら気まずそうにしている。


「分かります!」


 そして、その言葉に反応したのはクレハの方だった。


「私もこんな素敵な姉がずっと欲しかったんです。美しく、凛として、何事にも物怖じしない気丈な方。正に、私の理想とする女性。そんな義姉をもてて私も世界一の幸せ者です」


 そう言うと、彼女は隣の千満に抱きついた。義姉の肩に頭を置き、その腰に左手を回すと、更には胸まで右手で優しく包んだ。


「好き、好き。お義姉さまをゲットしたお兄様に嫉妬してしまうほど好きなんです」


 神太郎も目を丸くしてしまうほどの溺愛ぶりである。千満本人も大困惑。


「こらこら、クレハったらもう」


 苦笑いしながら控えめに拒んでいた。ただ、あくまで控えめに。軽い力で義妹の手をどかそうとするだけで、拒み切れてはいない。


「ほら、神太郎が見てるじゃない」


「いいじゃないですか。私たちは義理の姉妹なんですし」


 ジリジリ引く義姉に、グイグイ押す義妹。歳の差も僅か一歳なので、傍から見ればまるで親友同士であった。しかし、千満はそれ以上のものを感じ取っている。そして、彼女にはそんな趣味はなかった。


「そうそう、神太郎を呼んだのは他でもない。貴女の今日の買い物に付き合わせるためなの。小間使いしてくれていいから」


 千満はそう言いながら、一先ずクレハを引き離した。


「え? お義姉さまは?」


「私は家のことをやらないといけないから」


「そんなの侍女にやらせればいいじゃない」


「私はアルサンシェ夫人なのよ? 家のことは自分で納得するようにしたいじゃない。ほら、着替えてらして」


「……はーい、分かりました。それじゃ神太郎さん、しばらくお待ちになって」


 こうして、何とか彼女を自室に戻すと、それを見送った千満は小さく溜め息を吐いた。一方、神太郎はそんな姉を祝う。


「いい義妹をもてて、姉ちゃんは世界一の幸せ者だね」


「まぁね……。でも、まだ序の口よ。例えば、一緒にお風呂に入ろうと誘ってきては背中を流しながら肩にキスをしてきたり、旦那が外泊の時は私のベッドに入ってきたり……」


「仲良さそうで何よりだよ。嫁・小姑(こじゅうとめ)問題の心配はなさそうだね。……まぁ、それはともかく演技ってことはないの? 表ではいい子ぶっているけど、裏ではあくどいことを企んでいるとか。少女マンガによくいるだろう?」


「それだったら私も思いっきり反撃出来るから助かるんだけど、あの子、全然悪気がないみたいなのよね。だから、あんまり強く拒めなくって……。優しいのよ? 私のことを本当によく想ってくれてさ」


「姉としてではなく、一人の女として見ているとか? つまりレズビアン」


「かもしれない……。でも、初めての姉妹だから接し方を知らないだけかもしれない。どうにかして適切な距離感にしたいんだけどねー」


「いいじゃん、この際クレハも抱けば? 仲良くなることに越したことはないんだし」


「私にそっちの趣味はないのよ。……で、考えてみたんだけど、あの子にも男の良さを教えてあげれば、私への執着もなくなるんじゃないかな?」


「一理あるかもね」


「だからアンタ、あの子を口説きなさいよ」


「なんやて!?」


「アンタ、ハーレム目指してるんだから、女の子一人口説くなんてお手の物でしょう」


 姉からいきなり突きつけられた難問に、弟はとても頷く気にはなれなかった。


「無茶言うなよ。確かに俺は世界で最もナイスガイだけど、百合の間に挟まりに行ったら、俺の人気投票ランキングが下がっちまう」


「又四郎みたいなオタクなこと言うな。口説かなくても、男に興味を持つようにさせればいいのよ。これは命令。いいわね」


 相変わらず強引な千満である。しかも、暗殺者からの護衛の方が遥かにマシな難易度。


 毎度毎度姉の尻拭いをさせられて、何て世界一の不幸者なんだろうと、神太郎はただただ嘆くしかなかったのであった。

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