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03.父、勇者 母、大魔道師 ……俺、門番③

 夕方、出入国時刻が過ぎると、北門はやっと静けさを取り戻す。されど、門番の仕事が終わるわけではない。神太郎は槍を携えながら、外側からその城壁を見上げていた。


 高い。とてつもなく高い。五十メートルはあろうか。それがこの都市国家を完璧に囲んでいるのだ。恐らく、とてつもない労力が必要だっただろう。……と、初めは思っていた彼だったが、魔術がある世界なので案外楽なのかもしれないと考え直す。


 そこに美人上司がやってきた。珍しく機嫌が良さそうなルメシアに話し掛ける。


「随分高く作ったな」


「壁? そうね。まぁ、当時のことは分からないけど。何せ、二百年以上経っているから」


「それほど魔族が恐ろしいのか?」


「ええ、人間じゃまず勝てない。こんな立派な壁を作っても、魔軍七将の一人にでも目を付けられれば、滅亡は免れないわ。私たち人間は、連中の機嫌を損ねないようコソコソと生きるしかなかった。だからこそ、アンタの父親の活躍は人間界にとって何物にも変えられない吉報だったのよ」


「ふーん」


「それより、アンタも父親ほどじゃないけど大手柄だったわね。やれば出来るじゃない。見直したわ。少しだけね」


 彼女がわざわざここに来たのは、神太郎を褒めるためだった。いい上司である。……但し、


「それじゃ、今晩一杯やるか?」


「それは嫌」


 異世界の女は噂に反して身持ちが固かった。それはさておき、神太郎にはこの件に関して引っ掛かる部分もあった。


「ルメシア、お前はあの金塊の件、どう思う?」


「呼び捨てにしないの。私は上司よ。……でもまぁ、あの量には驚いたわ。羽毛商って儲かるのね。とはいえ、例え自身の資産だとしても、きんの持ち出しは国に申請しないといけないし。……もしかして、訳ありの金塊?」


「やり方が杜撰ずさん過ぎるんだ。期限切れの通行許可書で密輸出なんて、普通はやらんだろう?」


「確かに」


「それでもその手段を選んだってことは、つまり急いでいたってことだ。何故急いでいた?」


「う~ん、どこかの国で金が高騰していたとか? 商人のネットワークは優秀だからね。国が知らない情報を掴んでいることもよくあるし」


「そういう線もあるかー」


「そういう線って……。じゃあ、神太郎はどういう線だと思ってるのよ?」


「あれは命に関わる重罪だ。利益のためだけに、あんな杜撰な作戦に命を懸けるかね」


「商人なんて金儲けのことしか考えてないわよ」


 現地人であるルメシアはそう言うも、神太郎はどうも腑に落ちなかった。携えていた槍を軽く振り回し、柄を額にコンコンと軽く当てて思慮する。………………………その末に、これは自分が考えることではないと気づき、一気に興味を失った。


「そんじゃ、俺もそろそろ上がるわ。お疲れさん」


「ええ、とにかく今日はよくやったわ。明日もこのぐらい頑張ってよね」


 そして、彼が仕事を上がろうとした時だった。


 どこからともなく声が聞こえてきた。遠くから。ルメシアも気付いたようで二人して辺りを見回す。しばらくすると、それが城壁の上からだと気付いた。そこの見張りが何かを叫んでいたのだ。


 必死に何かを伝えようとしているのは分かる。だが、聞き取れない。高過ぎだ。やがて、身振り手振りで遠くの北の方角を指し示すようになった。


 北の地平線を注視する神太郎とルメシア。……しばらくすると、何かの影が見えてきた。……一つ。……いや、十か? ……百!? ……否、大量。


 それは地平線を埋め尽くすほどの大軍勢。前の世界では決して見れなかった光景に、神太郎は思わず感嘆してしまった。だが、ルメシアは違う。彼女は恐怖していた。


 何故なら、それが魔族の軍勢だったから。


「成る程な。あの行商人が慌てて逃げ出そうとするわけだ」


「総員、臨戦態勢に入れ!」


 やっと腑に落ちた神太郎に対し、我に返ったルメシアはあらん限りの声で叫んだ。


「城に急報だ。至急、軍の派遣を要請しろ。城壁周辺は封鎖し、市民の避難誘導を行え。非番の者の召集も忘れるな! 急げ、止まるな!」


 次いで、すぐさま周囲の部下たちに指示を出す。やはり、若くても北門の長としての才覚はあるようだ。神太郎も安心してその場を去ることが……、


「こらぁ! アンタはどこへ行く!?」


 出来なかった。ルメシアに襟首を掴まれ帰宅を阻止される。


「いや、定時だから飲みに……」


「ボケてるの? それともおちょくってるの? しくは敵前逃亡罪で殺されたいの?」


「……空気読めないキャラの方がモテるって聞いたもんで」


 苦笑して誤魔化す神太郎。しかし、現実は笑い事ではないことも分かっている。


 しばらくして、軍勢の進軍が数キロメートルほど手前で止まった。そして、先頭の一際大きい魔族がこう宣言する。


「我こそは魔軍七将が筆頭ベイザルネット! 貴様ら人間は愚かにも魔王に逆らい、その尖兵たるルームマゲリスタを討った。これは赦しがたい大罪である。我が鉄槌となり、貴様らに天罰を下そうぞ!」


 その雷鳴のような宣告は、北門だけではなく街の中にまで鳴り響いた。次いで、城壁内から取り乱す市民たちの悲鳴が聞こえ始める。


「親父に討たれた仲間の報復ってわけか。………………いや、責めるなら親父を責めろよ」


 ツッコミを入れる神太郎。だが、ルメシアは反応してくれずただ顔を強張らせていた。そんな彼女に部下が報告しにやってくる。


「北衛長、街は完全に魔族の軍勢に囲まれたようです」


「国王陛下は?」


「他の王族と共に、隠し路から街外へ脱出する手筈です」


「……そうか、それまで我々が持ち堪えなければな。……三百年続いたキダイ王国もここまでか」


 別世界人である神太郎も、その言葉で事態の深刻さを理解する。されど、ルメシアの覇気に衰えはない。


「全員、門の中に入れ! 直ちにだ! 人間の矜持を胸に、最後まで堂々と戦ってやる!」


 そう堂々と下知する彼女は、十七歳の少女とは思えない勇敢さを滾らせていた。滅び行く国家に身を捧げ、死地に臨むその姿は、国を護る城壁の長の鑑であろう。


 ……いや、


 僅かにだが、彼女の足が震えていた。それに気付いたのは傍にいた神太郎だけ。


 やはり、ルメシアもただの女の子か……。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……それが彼を決心させる。


「神太郎、何をしている?」


 軍勢を見つめる神太郎に、ルメシアが退避を促した。早急に城壁内に入って城門を閉めたい状況なのに、彼はただ突っ立っているだけ。怖気づいて動けないのか? と、心配になるルメシアだったが、しばらくすると彼はいつもと変わらぬ顔を振り向かせた。


 そして、いつもと変わらぬ口調でこう言った。


「ちょっと相手と話してくる」


「……は?」


「連中の仲間を討ったのは俺の親父だから、逆恨みだって説いてくる。……あ、いや、この国が討伐を依頼したんだから逆恨みじゃないが、ともかく勘弁してもらうよう頼んでくるよ」


「何を言っている? 相手は魔軍七将の筆頭だぞ。魔王に次ぐ凶悪さだ。話の通じる相手じゃない!」


「まぁ、物は試しだ。お前らは先に避難していろ」


 あまりの突拍子もない提案に、ルメシアはただただ閉口……。魔族との交渉など決して叶わない。それは歴史が教えてくれており、人間たちはもう何百年も前に諦めているのだ。今更そんなことを言っているのは、この世界で神太郎だけであろう。


 それでも、彼の考えは変わらないようだった。呆気に取られていたルメシアは、軍勢の方へ歩いていく神太郎をつい見送ってしまった。彼女が気を取り戻した時には、既に彼方へ。今更引き止めに行くにも時間がない。


 どうすればいい? どうしたらいい? 自問自答を繰り返すルメシア。そんな彼女の元に、別の部下が駆け寄ってくる。


「神太郎の奴、何考えてるんです!?」


 彼も同じく神太郎の行動を見ていたようだが、その感想もまたルメシアと同じものだった。彼女は何とか納得出来そうな答えを捻り出す。


「アイツはバカだけど馬鹿じゃない。多分、時間稼ぎのつもりよ。アイツの行動を無駄にするわけにはいかない。急いで防戦準備を整えて! それと、門は完全に閉めないように」


「まさか、神太郎が戻ってくるとでも?」


「いいから!」


 彼を見捨てて門を閉ざすなど、ルメシアには出来やしない。部下が命を懸けて時間稼ぎをしてくれているのだ。ならば、その帰還を信じて待つのが上司の務めだろう。これはルメシアの北衛長としての矜持であった。


 僅かに開けたままの門前にて、ルメシアは一人仁王立ちをする。神太郎が帰ってくるまで避難するつもりはない。門の中の部下たちが入るよう求めるも、決して聞き届けなかった。


 ただただ魔族の軍勢を睨むのみ。


 ……。


 ……。


 ……。


 それからどのくらい経っただろう。神太郎のお陰で王国側の迎撃準備は整ったが、未だ魔族側に動きは見られない。その習性を考えれば、早々と攻めてきてもいいはず。まさか、本当に交渉が出来ているのか? ルメシアは何とも言えない違和感に困惑する。


 だが、それもすぐに拭われた。突然、魔族の軍勢が騒ぎ出したのだ。恐らく攻勢に出る合図だろう。


 更に、軍勢の方から何かが歩いてくるのに気付いた。


「っ!」


 ルメシア、腰の剣の柄を力強く握る。部下たちから退避を促す叫びが聞こえてくるが、それでも彼女は神太郎を迎えるために留まり続けた。


 恐怖を戦意で隠して身構える。勝機の有り無しなどどうでもいい。ここで引けば命より大事なものを失うのだから。


 そして彼女は、その相手の顔を睨んだ!


 ……ら、


「神太郎……!?」


 それは神太郎だった。神太郎が本当に帰ってきたのだ。見た感じ怪我もなさそう。行った時と変わらぬ姿で戻ってきていた。


「避難していろって言っただろう」


 これまた行った時と変わらぬ口調で苦言を呈す神太郎。尤も、唖然としているルメシアの耳には届いていないが。


「し、神太郎? 怪我は?」


「大丈夫」


「無事?」


「大丈夫だって」


「……交渉したの?」


「いやぁ、話の分かる連中で良かったよ」


 頷きながら軍勢方向に視線をやる神太郎。彼女もそれに従ってみれば、何とその大軍は大急ぎで退却を始めていた。騒ぎ出したのは、攻勢ではなく撤退のためだったのだ。


 信じられぬ光景の連続に、ルメシアの見開いた目は乾きを忘れてしまっている。だが、ここで狼狽すれば、上司としての、この世界の先輩としての面目を潰すことになるだろう。彼女の矜持が、それらを無理やり受け入れさせた。


「ほ、本当に引いてもらったの? よく納得してくれたわね」


「まぁ、初めは揉めたよ。例のベイザルなんとかって奴にお願いしたんだけど、全く相手にされなくてな」


「そりゃそうでしょ」


「だから殺しちゃった」


 そう言って、彼は手に持っていたその首を見せた。


 魔軍七将の首を……。


 ルメシア、瞠目。次いで崩れ落ちる。逞しかったルメシアの矜持でも、これにはもう尻餅を着くしかなかった。


「そしたら一転、残った魔族たちが素直に話を聞いてくれてな。大人しく帰ってくれることになったんだ」


「……」


「なぁ? 試してみて良かっただろう? 案外話が通じるもんだ」


「……」


「何はともあれ、早く片付いて良かった。どうせ残業代なんて出ないんだろうし」


「……」


「……グロいか」


 すっかり呆然としてしまっている彼女に気遣って、神太郎は首を遠くへ投げ捨てた。それでもルメシアは腰を抜かしたまま。だが、何とか口だけは動かす。


「どうやって……魔軍七将を倒したの?」


「どうやってって、普通に」


「普通にって……」


「だって親父が倒せる相手だろう? ロートルのジジイが勝てて、ピッチピチの十七歳の俺が勝てないわけないさ」


 神太郎はそう答えると、笑ってみせた。すると、ルメシアもやっと笑った。……苦笑いだが。


「さて、今度こそ今日の仕事は終わりだ。……どうだ? 一杯やらないか?」


 最後の締めにと、彼は手を差し伸べながらまた誘った。勿論、駄目なのは分かっているので、ただのさよならの挨拶代わりである。……だが、意外にも彼女は手を握り返しながらこう答えた。


「今日は私が奢ってあげる」


 そして、また笑った。初めて見せた本心からの笑みで。


 そんな彼女を優しく抱き上げて支える神太郎。彼はその華奢な身体に心地良さを感じるように、この世界にもまた居心地の良さを感じるのであった。



―父、勇者 母、大魔道師 ……俺、門番・完―

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