9-4 王女殿下のお忍び旅行④
そして、その異常事態を目にする。
静寂だったはずの村は喧騒で溢れ返り、なのに主である村人たちの姿は見えず、忙しなく動き回っているのは近衛兵ばかり。更に、村の広場にあったのは大きな獣の死体。魔獣の死骸だ。彼らが討伐したのか。つまり、魔獣の襲撃があったのだ。
しかもまだ継続中で、村の外れでもう一体と対峙していた。蜘蛛の頭をした六足歩行の獣が、二本の長い尾の先を近衛兵たちに向けて威嚇している。
魔獣の厄介さは神太郎も知っている。されど、近衛兵に怯みはない。彼ら十人は冷静に武器を構えると、それを輝かせた。魔力を込めた証である。
そして攻勢! 一糸乱れず打って出た近衛兵たち。まず先頭の二人が二本の尾を剣で受け止め、次いで三人目、四人目が戦斧で獣の両前足を切断する。それで相手が怯むと五人目、六人目が飛び上がって胴体に槍を突き立て、七人目、八人目がトドメとばかりに無防備な頭を串刺しにした。最後に九人目、十人目は獣が絶命に至ったのを知ると、攻撃を止めた。
大胆不敵で正確無比。見事な連携攻撃である。前に東門に現れた魔獣バットリアと単純に比較することは出来ないが、脅威とされる魔獣をこうもあっさりと片付けるのならばエリートと呼ぶに相応しいだろう。偉そうにしているものの、それは伊達ではなかったようだ。
「お見事、それで最後?」
その様子を後方で眺めていた神太郎が、彼らに労いの言葉を送る。……が、
「フン、衛士風情が。とっとと去ね」
冷たくあしらわれた。何で刺々しいの? と驚きで目を丸くする神太郎に、やっぱりなと予想していたように眉を顰めるルメシア。組織の違いと優越思想は、魔獣と同じく厄介なものである。
翌、早朝。まだ暗い時刻。王女一行は山へと向かっていた。登山をするわけではない。村落から少し離れたところに小さな祭壇があり、日の出を拝む絶好の場所となっていたのだ。というより、絶好の場所だから祭壇が建てられたと言うべきか。
やがて、そこに辿り着く。
開けた場所に、タカマ山を背にして建てられた古びた石造りの祭壇。それに食べ物などの供え物を置けば準備万端である。あとは日の出に合わせて祈るだけだ。
先頭のネクスタリアを始め、近衛兵たちが跪くと、神太郎とルメシアも最後尾でそれに倣った。
そして待つ。
……。
……。
……。
「ふあ~~~」
欠伸……。ネクスタリアがその元を睨んだ。勿論、そんな緊張感のない人間は一人しかいない。
「い、いや、だってまだ夜だぜ?」
神太郎は弁解したが、当然認めてくれるわけもなく……。近衛兵らも含め多数の怒りが彼に向けられる中、隣のルメシアだけは呆れるだけで済ませてくれた。
……いや、もう一人いる。
「全くだ。こんな夜中に馬鹿なことをしている」
その声に釣られネクスタリアが前に向き直すと、いつの間にか祭壇の上に一人の男が座っていた。
「祈る? そんなことをして何になるというのだ。そんなことで望みが叶うなど、本当に信じているのか?」
否、男でもなければ人でもない。
「そうだとしたら、人間という生き物は実に愚かなものよ」
人より一回り大きい肉体に、鋼のような皮膚。四本の腕の間には羽のような膜が張られ、手には鋭い三本爪が備えられている。そして、その顔は蝙蝠のように醜く歪んでいた。
魔族である。
ネクスタリアは驚いて身を引き、代わりに近衛兵たちが前に出て楯の役目を担う。
一見、魔獣に似ているが、その違いは人間のような高い知能をもっていることだ。言語を使えて、魔術も身につけている。そして何より戦闘力が段違いだ。それを知っているから、王女は激しく怯え、近衛兵たちも最大限に気を張り詰めている。
片や、魔族の方は実にリラックスしていた。
「申し遅れた。俺の名はマッソリーボンネ。魔軍七将の席を狙う者だ。お前ら人間も知っている通り、魔軍七将には現在空席がある。俺は是非ともそれを手にしたいと思っているのだが、当然そう簡単にはいかない。しかし、お前たちのように祈って手に入れようとも思わない。だから、手柄を立てに来た」
そして、その視線はネクスタリアへ。
「勇者を送り出した憎きキダイ王国。その王族の首を献上でもすれば、魔王も認めて下さるだろう。だから、魔軍七将ベイザルネットが討たれて以来、王族が国から出てくるのをずっと待っていたのだよ。俺の方から赴くことも考えたが、俺は慎重なんでな」
武器を構える近衛兵たち。マッソリーボンネはそれを笑って認めた。
「やるか? いいだろう。但し、お前らの実力は先ほどの俺のペットとの戦いで、既に見極めている。悪く思うなよ。何せ、俺は慎重なんでな」
祭壇を降り、ゆっくりと迫る魔族。対して、迎え撃つ近衛兵に怯みはない。それは攻撃に移っても変わらなかった。
先手が敵の出鼻をくじり、二手目がその武器を奪う。三手目が傷を負わせ、四手目が致命傷を与える。そして、五手目が駄目押し! それは厳しい修練を済ませた近衛兵だけが出来る必勝戦法。相変わらない二人一組の連携攻撃は、強敵を相手にしても一糸乱れず完璧に成功した。
だが、彼らに喜びはない。あるのは戦慄だけ。
確かに、全ての攻撃は成功した。ただ、それは相手が全く避けようとしなかったからだ。マッソリーボンネの強固な皮膚が、それらを全て弾き返したのである。しかも、その得物に刃こぼれまでさせた。
「他愛のない……。人間の魔力程度を込めた刃なら、こんなものか」
先の魔獣とは明らかに格が違う相手。エリートである近衛兵たちにも動揺が生まれ、自信を損なわせる。それでも、もう一度攻勢を掛けようとする姿は、流石エリートだった。しかし、サービスタイムは既に終了している。
剣を一振りすれば代わりに腕を圧し折られ、槍で一突きすれば足を圧し折られる。戦斧を薙げば自慢の鎧を粉々にされた。マッソリーボンネの四つの手によるカウンターが、近衛兵たちに深いダメージを負わせていく。尤も、深いダメージで済んだのは彼が手加減していたからだが。
「安心しろ、雑兵ども。貴様らは生かしてやる。そして、王女を殺した俺の名を世に広めるのだ。魔軍七将最強のマッソリーボンネの名をな」
そして、締めとばかりにマッソリーボンネが指を鳴らすと、魔術で発生させた衝撃波が彼らを襲った。重装の鎧兵二十人が木の葉のように裾野へ吹っ飛ばされ、最後方にいたルメシアも巻き込まれる。それを受けずに済んだのは王女だけだった。
「あ……あぁ」
その場に取り残されたネクスタリア。腰は抜け、身体は恐れ戦き、震えた瞳で巨悪を見つめる。何か言おうと口を動かしていたが、声は出なかった。
だが、マッソリーボンネに容赦はない。爪を立て、その狙いを彼女の首に定める。
そして……、
……。
……。
……気が変わり、止めた。
何故なら、彼女の前に邪魔者が立っていたからだ。
最強の門番、神太郎である。




