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9-2 王女殿下のお忍び旅行②

 正午、北門より豪奢な馬車が出立する。キダイ王国第二王女ネクスタリアが乗車している王室馬車だ。その周りを囲むのは、煌びやかな鎧を身につけた精鋭近衛兵二十騎。王女一行ともなれば、それはまた画になる光景だった。


 だから、神太郎はこう思ってしまう。


「こんなに派手に移動したら、絶対バレるだろう」


 王女一行の車列、その最後尾の馬車に神太郎とルメシアは乗っていた。


「だよね……。バレるよね……」


 ルメシアも力なく同意。彼女は先ほどから気落ちしたままである。神太郎もその心痛は理解出来た。


「上から怒られる感じ?」


「ほぼ間違いなく」


「それはお気の毒に。まぁ、責任を取るのが責任者の仕事だからな」


「うぅ……」


「けど、安心しろ。俺が護ってやる」


「え?」


「当たり前さ。恋人だろ?」


「しんたろぉ……」


 ルメシア、感動。隣に座る神太郎の腕にしがみ付いた。ハーレムを目指す男である。女は護ってやらねば。


 それに……、


「ネクスタリア……。あの女には俺も借りがある」


 食べ物の恨みは恐ろしいことを王女に教え込んでやらければならなかった。


 ただ、城壁外が危ないと言っても、そんなすぐさま危険地帯なるわけではない。そこにもまた人の営みは普通にあった。国々を行き来する行商人もいれば、獣を狩る猟師もいる。農民だって外に田畑を持っていた。城壁内にも農業地区はあるが、土地が高いため中々手が出ない。多くの農民は日が昇ると同時に城壁外に出て、日が沈む前に帰る生活を送っていた。そのように人の往来が激しいため、街道も綺麗に舗装されていたのだ。


「久しぶりに城壁の外に出たけど、結構人がいるもんだな。まぁ、門番をやっているから、外に出る人間の多さは分かっていたが」


 神太郎は窓の外を眺めながら言った。ただ、この平穏ぶりなら何事もなく帰れるだろうという過信は禁物である。この間の魔軍七将まぐんしちしょう襲来事件で城壁内は無事だったものの、外では命を失った者もいた。外が危険なのに変わりはない。


「で、どこへ向かっているんだ?」


「タカマ山よ」




 タカマ山はキダイ王国北東にある山である。麓に美しい湖があることで有名で、王国から近いこともあって、庶民の娯楽地の一つとなっていた。また、タカマ村という小さいながらも集落があり、先の襲来事件では幸運にも魔族の被害は受けておらず健在だった。王女一行はその村に入る。


「へー、中々いいじゃないか」


 馬車を降りた神太郎は、早速その素晴らしい自然を一望した。美しく透き通った水面の湖に、整った形を見せつける独立峰のタカマ山。湖上では白鳥たちが羽を休めていた。城壁内からでも山は望めるが、近くで見ると一層壮大に感じさせる。


「タカマ山はキダイ王国の山岳信仰の対象でね、昔から多くの人々に崇められてきたの」


 説明してくれるルメシア。彼女もその自然から安らぎを得ているよう。少しはストレスが解消されたか。……ただ、神太郎には一つ疑問があった。


「なぁ、ルメシア。今、午後の四時だよな?」


「うん」


「ここに来るまでに四時間ほど掛かったわけだが、今急いで帰ったとしても午後八時。閉門時間も過ぎて、もう完全に夜中だよな?」


「……うん」


「日が落ちる前に帰るんじゃなかったのか?」


「……」


「ルメシア?」


 無反応だったので、神太郎が彼女の顔を覗いてみると……その目は死んでいた。考えたくないとばかりに。


「絶対、突発的に思いついたのよ……。もうバレないわけがない。私は破滅よ……」


 そして、うわ言のように呟いていた。


「マジかよ。無計画過ぎるだろう」


 自由気ままな神太郎は、他人の自由気ままによって振り回されるのが最も気に食わなかった。文句を言ってやろうとネクスタリアの元へと向かう。


 一方、その王女はというと、湖畔こはんで湖を眺めながら村長の平身低頭の挨拶を受けていた。


「お、王女殿下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます。某がタカマ村の村長を務めさせて頂いております。何なりとお申し付け下さい」


 必死に額を地面に付ける村長。それは、畏敬というよりは単純な恐怖のためのように見えた。対して、ネクスタリアは一瞥もせず湖を眺めるばかり。ただ、その表情は満足そうである。


「初めて来たが、中々いいところではないか。思い立って来てみたが、正解だったようだな」


 それでも、あくまで『満足そう』だ。


「さて村長、今日はここに一泊するつもりだ。宿は用意出来るな?」


「っ!? た、直ちに……!」


 突然の通告に、村長は否応なしに受け入れるしかなかった。


 だが、それに待ったを掛ける怖いもの知らずが一人。


「駄目だ、駄目だ、駄目だ!」


 二人の間に割って入ったのは神太郎である。今この場所で臆することなく諫言かんげん出来るのは彼だけであろう。聞いてもらえるかは別として。


「今何時だと思っている? 日が落ちる前に帰る予定だろう」


「ああ、日が落ちる前に帰るぞ。但し、明日の日が落ちる前に……な」


「子供か!?」


「口を慎め」


 王女がそう叱責すると、彼女の傍にいた二人の近衛兵が神太郎を引き離していった。「お、おい!」と抗議しても全く通じず。やはり駄目。


「フン、衛士の分際で身を弁えろ」


 追い払われた際には、近衛兵の一人にそう吐き捨てられもした。正当な抗議を蔑ろにされ、神太郎は不満面を晒す。


「何だ、アイツら。偉そうに」


「近衛兵だからね。軍人の中でもエリート中のエリートよ。私たち衛士とは違う」


 寄ってきたルメシアがそう説いた。だが、彼は納得せず。


「あれ? 前に門番は『衛士の中でも特に優秀な者だけが選ばれる』って言っていなかったか? 俺たちもエリートなんだろう?」


「え? あー……。もしかして知らなかったかな? キダイ王国には、純粋な軍事組織である『王国軍』と国内の治安維持のための『衛府えいふ』の二つの軍事組織があるの。二つはそれぞれ国防局と治安局という別々の組織によって運営されていて、治安局に所属する私たちは正規軍人ではないのよ。王国軍の人員が『兵士』と呼ばれるのに対し、衛府の人員が『衛士』と呼ばれているようにね」


「何と!」


「それで軍事的には王国軍の方が強いから、立場も上という風潮があるの。魔族などの外敵と戦うのは基本的に軍の役目だからね。その王国軍の中でもエリートである近衛兵からすれば、治安局の衛士なんて取るに足らない存在なんでしょう」


 それは初耳! という顔をする神太郎。つまり、『衛府』は警察に当たる存在であり、その中にある北門を護る部署『北衛門府ほくえいもんふ』は国境警備隊に当たると言うのだ。彼は昇進に興味がなかった故に、組織のこともよく知らなかったのである。


 ただ、知ったところで特に思うことはなかったので、どうでも良かった。

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