8-1 S級暗殺者、最初の依頼①
夜。仕事上がりの神太郎は、夕飯を求めて繁華街を歩いていた。時刻は遅めだったので、既に閉まっている店も多い。そんな中、彼の目が一軒の店に留まった。
大衆食堂『トトリ飯店』。弟、又四郎が騒ぎを起こし、今働いている店だ。閉店間際なのか客は少なかったが、折角なのでここに入店する。
「いらっしゃい! ……あ、神兄ちゃん」
迎えてくれたのは、その又四郎。元気のいい挨拶ぶりから察するに、真面目に働いているようだ。
「おう、ちゃんと働いているか?」
「まぁ、ぼちぼち。で、今日は何の用?」
「普通に客として来たんだよ」
「なーんだ。それじゃ、最近始めたオススメ食べてってよ。俺が考えた大ヒット商品なんだぜ」
「受けて立とう」
そして、又四郎は浮き浮きと厨房に入っていくと………………熱々の器を持って再登場。「へい、お待ち!」とテーブル席で待っていた神太郎に差し出した。
それは……、
「……カツ丼?」
カツ丼である。予想外の品の登場に、神太郎も呆気に取られる。ただ、それはあり触れた物だったからではない。この世界に来て初めて目にした物だからだ。
「そう、カツ丼。折角飯屋で働くようになったんだから、試しに作ってみたんだよ。俺、カツ丼好きだし。そしたら親方たちに受けてさ。店でも出し始めたら、客も絶賛。今では売れ筋商品だよ。ここは、この世界で唯一カツ丼を食える店さ」
又四郎はそれはそれは嬉しそうに言った。そして、出来の悪い弟が喜んでいるのを見ると、兄も嬉しくなる。
「お前、この世界に来て初めて何かを成したんじゃないか? ……ってか、カツ丼なんか作れたんだな」
「失礼な。まぁ、カツ丼の作り方は千満姉ちゃんに教えてもらったんだよ」
「ああ、姉ちゃんは家族で一番料理が上手いからな」
そして、早速食べてみれば味はまずまずだった。
「味はまぁまぁかな」
「あー、やっぱり? なんか、この世界の豚肉が微妙に合わないんだよね」
「まぁ、完璧とは言い難いが、満足度はあるよ」
又四郎もそのことは気にしていたようだが、懐かしい味に神太郎の箸はよく進む。すると、まだ営業中だというのに又四郎が向かいに座った。何やらはにかんでいる。
「それで……神兄ちゃんにはお礼をしたくてさ」
「何のことだ?」
「マリィとのことだよ。恋愛指南してくれただろう?」
「おおー、上手くいったか?」
そう問う兄だったが、「へへへ……」との幸せそうに笑う弟の姿を見せられれば、結果はすぐに察せられた。
「そりゃ良かった。で、お礼に何をくれるんだ?」
「今度は俺がこの世界について指南してあげるよ。異世界設定指南だ。神兄ちゃん、この世界のシステムや情勢に詳しくないだろう? 生きていくには必要だぜ」
「まぁ確かに、魔術とかこの国の政治機構とか全然知らないな」
「神兄ちゃんって、ゲームを始めるのに説明書読まないタイプだもんな」
「面白いゲームは説明書を読まなくても遊べるものだ」
「それは一理あるかもしれないけど、読んでおくとより楽しめると思うよ。まず魔術についてだけど、魔術とは『魔族が使う術』という意味で、元々は魔族が生み出した技だったんだよ。それを人間側がパクったんだ。強大な魔族に対抗するためにね。その後も人間たちは独自の魔術を生み出すようになり、今では魔族よりも多くの魔術を扱うようになったんだ」
「へー」
「この世界の人間は、誰もが多かれ少なかれ魔力をもっている。しかし、魔術を扱えるようになるには、才能と相当な訓練を必要としているんだ。そして、その難関を乗り越えた者をこの世界では『魔術士』と呼んでいる」
「へー」
「通常、魔術士たちはそれぞれ各分野に特化するよう魔術を身に付ける。軍人魔術士なら戦闘魔術だけを、医療魔術士なら医療魔術だけを伸ばすもんなんだ。色々な分野に手を出すより遥かに効率がいいからな。まぁ、中には俺のように何でも出来るオールマイティーな魔術士もいるけど、そんな奴は人間界全体から見てもごく僅かだ」
「へー」
「魔術士の中でも下級、中級、上級と格付けされていて、更に優秀な者には『魔導師』という称号が与えられる。魔術を教える者や新しい魔術を開発する者、魔術士隊を指揮する者などに与えられる栄誉ある称号だ」
「へー」
「そして、その魔導師の中でも更に凄腕の者には『大魔導師』の称号が与えられるんだ。そう、俺たちの母ちゃんだよ!」
「へー」
「大魔導師は人間界の長い歴史の中でも数えるほどしかおらず、しかも母ちゃんはそんな大魔導師の中でも飛び抜けて優秀だと言われている。つまり、歴代最強の魔術士なんだよ!」
「へー」
「因みにだけど、魔術士のほとんどが貴族などの上流階級出身だ。魔術の指導を受けるにはそれなりの知識や身分やコネが必要だからね」
「へー」
「……興味なさそうだね」
「前にお前が言っていたけど、俺には魔力とやらが全く無いんだろう? 自分で使えないんじゃ、興味なんて湧かねぇよ」
「ああ、そうだったね……。別世界人だと、あるタイプと無いタイプがあるみたい。母ちゃんと仙兄ちゃん、俺、冬那はあったけど、父ちゃんと千満姉ちゃん、神兄ちゃんは無い。三人は戦士タイプだったんだな」
折角熱心に説いても、空振り、空振り、空振り……。
オタク心を満たせなかった又四郎はただただ落胆するしかなかった。




