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7-3 踊る乙女③

 相変わらずの賑わいを見せる繁華街。買い出し、配達、行商……老若男女様々な人々が行き交っており、その中には勿論カップルの姿もあった。彼女らがそうだ。


 相変わらずの混雑ぶりだったが、ルメシアの足取りは実に軽かった。経緯はともあれ、自分の望みが一つ叶ったのである。夢ではないかと、隣の神太郎を何度もチラチラ確認するほどだ。それを不思議がった彼が問う。


「何だ?」


「え? ううん、デートしてるなーって思って」


「今までも一緒に歩いてただろう」


「でもやっぱり違うよ。気分が」


「そうか? それなら、もっとデートっぽくするか」


 そう言うと、神太郎はルメシアの手を握った。少し驚く乙女だったが、すぐに大歓迎と握り返す。奥手の淑女にとってはリードしてもらった方がありがたいか。


 ただ、やはり奥手故に恥ずかしさもあった。時折、通りすがる人が彼女のことを見ている。まぁ、これが付き合うということの対価なのだろう。


 と、ここでルメシアは本来の目的を思い出した。それは、神太郎とユリーシャの関係を確かめること。


「神太郎、ユリーシャにもハーレム誘ったの?」


「ん? ……ああ、言ったかな? でも断られちゃった」


 一応、それは彼女にとって朗報か? 少なくとも好敵手よりは一歩先に進んでいるのだから。しかし、好敵手が一人とは限らない。


「じゃあ、今のところ誰が受け入れたの?」


「うーん。……お前だけだな」


「え? なら、今後誘って全員に断られたらハーレムは無し?」


「そうなるかもな」


「……そうなるよう心底願うわ」


 そう願っても、遠い未来のことはまだ分からない。今は近い未来のことを考えるべきだろう。デートを楽しむべきだ。


「で、もう一つ質問。これからどこに行くの? 美術館とか? 王立公園とかも人気みたいだよ。それとも、少し早いけど食事にする?」


「ああ、もう決めてある。すぐ着くぞ」


 そして到着。裏路地にあるそこは、ルメシアにも見覚えのある借家だった。


「えーっと、確か弟さんの家だよね?」


「ああ、今日は元々弟の様子を見に来る予定だったんだ」


「えー!? デートって言ったじゃん!」


「デートはついでだ」


「……サイッテー」


 ただ、この後予想外のことが起きる。神太郎が弟の家の戸をノックをすると……、


「はーい、どちらさま?」


 家から出てきたのはミディアムヘアの少女だったのだ。勿論、妹の冬那ではないし、弟の又四郎からは引っ越したとも聞いていない。


「あ、あの時の?」


 すると、先に神太郎らに気付いたのは彼女の方。


「あ、俺も思い出した」


 次いで、神太郎も思い出した。彼女は又四郎が騒ぎを起こした飯屋の看板娘だ。兄に気付いたのか、遅れて又四郎も顔を出す。


「あ、神兄ちゃん。どうしたの?」


「お前を心配してな。飯屋で騒ぎを起こしただろう? 無職に弁償出来たのかなー? ってな」


「その割には来るの遅過ぎだろ」


「こっちはお前みたいに無職じゃないんだ」


「うるせー。それに俺はもう無職じゃねーよ」


「何と!?」


「今、マリィの店『トトリ飯店』で働かせてもらってるんだ」


 そう言って又四郎が視線をやったのは看板娘。マリィという名らしい。


 その後、神太郎らは迎え入れられると、久しぶりに弟と卓を囲った。出された茶も、今回は茶殻で作った薄い茶ではない。マリィが入れてくれた美味い新茶だ。それを口に含みながら、神太郎は弟の報告に感嘆する。


「ほう、あの後、店の弁償のために働かされて、それが終わった今もそのまま雇ってもらっているのか」


「ああ、俺のお陰で無銭飲食を企む輩もいなくなったからな。用心棒代わりだ」


 又四郎は満足そうに頷いた。しかし、この男が飯屋の店員で納得出来るのか?


「けど、お前よく受け入れたな。S級暗殺者はもういいのか?」


「いや、そっちもやってる。表の顔はしがない料理屋の店員。だが、裏の顔はS級暗殺者! って設定の方が格好いいだろう?」


「確かに、そっちの方がドラマになり易いかもな」


 兄も納得した。……が、しない者もいる。又四郎を睨むのはマリィ。


「しがない料理屋ぁ?」


「え? あ、いや、言葉のあやだよ、綾」


「全く、もう。こうやってご飯を作りに来てあげてるのに」


「悪かったって」


 その又四郎の釈明振りを見ていると、マリィは良くしてくれているようだ。ルメシアも彼女にそのことを質問する。


「へー、ご飯を作ってあげてるの?」


「店の営業日は賄いがあるのでいいんですけど、定休日はそうもいかなくって……。又四郎って不摂生な生活を送っているから、今日みたいに顔を出して、ご飯を作ってあげたり掃除をしてあげたりしてるんです」


「優しいのね」


「まぁ、ウチの従業員ですし、私と同い年なのでなんか放っておけない感じで。餓死されたら気分も良くないですし」


 そう少し照れるマリィを見て、ルメシアは微笑ましく思えた。共感を得たのだろう。


「お前にしては良い彼女を見つけたなー」


 神太郎も弟にこんな立派なパートナーが出来て一安心である。


 ……が、


「え? あ、いえ、彼女なんて! 私、そういうわけじゃ……!」


 マリィが顔を紅くして否定。


「そ、そうだぞ、神兄ちゃん! 変なこと言うなよ! マリィに失礼だろ!」


 又四郎まで顔を紅くして訂正した。


 だが、変なことを言っているのは二人の方である。休日に無償で家事をしに来てくれる同い年の女性が恋人ではないなどあり得るだろうか? そう怪訝な顔を見合わせる神太郎とルメシア。


「あ、神兄ちゃんたち、もう帰るの? それじゃ、途中まで送っていくよ」


 一方、又四郎は慌て出し、神太郎とルメシアを無理やり押して三人一緒に家を出て行った。


 そして外に出た途端、こう抗議する。


「何考えてんだよ、神兄は!」


「何が?」


「あんなことを言って……。マリィが困ってただろう」


「付き合ってないの?」


「付き合ってない」


「付き合いたくないの?」


「付き合いたくない……ことはない」


 ……と、又四郎、急に消沈。兄もすぐに弟の心境を理解した。


「まだ告白してないのか。何やってんだよ」


「だって、度胸というか……」


「S級暗殺者なんて恥ずかしいことには堂々として、誰もがする告白には恥ずかしがっているのか?」


「もしフラれたら、今後どう顔を合わせればいいんだよ。きっと、飯も作ってくれなくなる……。店も辞めることになる」


「飯も作ってくれる仲なんだから成功率高いだろう。駄目なら駄目で切り替えろ」


「そんな神兄ちゃんみたいに神経図太くねぇんだ。俺は繊細なんだよ」


「そんなこと言っている間に他の男に取られたらどうするんだ? 僕が先に好きだったのに……って枕を涙で濡らすのか?」


「うっ……」


「向こうが飯を作りに来てくれてるんだぜ? なら、せめて告白はこっちからすべきだろう。今日告白しろ。俺たちが帰った後、二人っきりになったらしろ」


「……何て?」


「自分で考えろよ、そのぐらい。……いや、お前は中二病だからな。変に捻くれた台詞を吐いて、引かれる危険があるか……」


 となれば、兄が考えてやるしかない。神太郎は思慮した末、弟をこう導く。


「よし、いいか? 告白は夕食後だ。後片付けをする時、お前も手伝え。そして感謝の言葉を言え。『美味しかったよ』とか『いつもありがとう』とか。どうせ、今まではそんな気の利いたことはしてこなかったんだろう? すると、マリィは『どうしたの? 急に』って訊いてくるから、それに対して『まぁ、俺もちゃんとしないとなって思ってさ』と答える。で、続けて『だから、こういうこともキチンとすべきだと思うんだ。マリィ、俺と付き合ってくれないか?』って告白するんだ。すると向こうが『……うん』って顔を紅くして頷いてくれる。これでゴールだ。これでいこう」


「わ、分かった」


 又四郎も納得出来る内容である。高鳴る胸を押さえ、少年は今日大人の階段を上るのだ。


 ただ、ここには納得出来ない人物が一人いた。


「ちょっと、神太郎。何よそれ」


 今日彼の恋人になったばかりのルメシアである。


「そんなまともな告白考えられるのに、何で私の時はあれなのよ!」


 乙女には理想の告白のされ方があったのだ。


「お前が押し掛けてきたから、あんな流れになっちまったんだろう」


「納得出来ない!」


「……じゃあ、今度機会があったらやり直すよ」


「絶対よ?」


「ああ」


 女性の望みは最大限叶えてやるべし。ハーレムを目指す男の度量が試されているのだ。恋愛初心者の弟も女性への気遣いについては気を配ることにする。


「やっぱり二人も付き合い始めたんだね。一目見て分かったよ」


「え? そんなすぐに? やっぱり浮かれてたかなー」


 恥ずかし嬉しそうに答えるルメシア。前は慌てて首を振って否定していたのに、凄い変わりようである。又四郎は改めて兄の恋愛スキルに驚かされた。


 ただ、彼がそのことに気付いたのは、明白なアイテムがあったからである。


「うん、だってその格好、神兄ちゃんの趣味だろう?」



「……へ?」



 一瞬、時間が止まった。


 言葉の意味が分からないルメシア。


 ……いや、分かるのを拒否しているルメシア。


 火照っていた心に冷や水を浴びせられ、紅かった顔は青くなっていく。


 そして、恐る恐る頭と首に手をやった。


 そこにあったのは……、



 猫耳バンドと首輪。



 彼女はその格好のまま今までいたのだ。繁華街で通りすがる人がルメシアを見るのは当然だった。


 その真っ青な顔を彼氏に見せる。その彼氏も「しまった」という顔をしていた。


「……何で、何で言ってくれなかったの?」


「いやー、違和感なかったから忘れてたよ。似合ってるんだもんなー、参ったよ。ハハハ」


 神太郎、笑う。いや、笑って誤魔化そうとする。彼をもってしてもそう慰めるのが限界だった。勿論、彼女には通じない。


「どうしてくれるのよ! こんな格好で衆人の前に出て、もうお嫁になんて行けない。アンタのハーレムに入るしかなくなったじゃないの! ……あっ! めたわね!?」


「ま、まさか。そんな外道なことするをはず……」


「もう許さない。絶対、責任取りなさいよ!」


「じゃあ、もう諦めてハーレムに加われ!」


「アンタこそ私のものになれ!」


 そして、本音と欲望をぶつける二人。こうも赤裸々に想いをぶつけ合うことに、又四郎は実に仲のいいカップルだと賞賛してしまった。


 だが、絶対真似しないとも誓うのであった。



―踊る乙女・完―

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