5-1 闇夜の東門①
時は戻り一週間前。神太郎は東門の前にいた。この日から東門勤務なのだが、彼の表情は晴れやかではない。その理由は距離。彼の家からかなり離れていたのだ。
「かったるいなぁ」
キダイ王国は凡そ二百平方キロメートルの領土を城壁で囲んでおり、その出入り口は東西南北の四つしかない。となれば、それぞれの距離がどれほど離れているかは想像出来よう。
神太郎は執務室に赴くと新しい美人上司に挨拶をする。
「いらっしゃい。たった一週間だけど、宜しくね」
笑顔で歓迎するユリーシャ。ただ、その後ろに控える部下たちは、皆直立不動で強持て無表情を晒している。その中にはジルストもいた。
「三好神太郎、十七歳。独身。趣味は地図観賞。好きな食べ物は生八ツ橋。好きな女性のタイプはユリーシャ嬢。勤務時間中は出来る限り頑張ります!」
神太郎は新人の務めとして自己紹介するが、
……。
……。
……。
誰も反応してくれず……。
「………………はい、それじゃ彼の指導はジルストに頼むわ」
「はっ」
こうして、ユリーシャの間の悪い締めで新人の挨拶は終わってしまった。
「ノリ悪いなー。陰キャ軍団かよ」
ジルストに引率され廊下を進む神太郎は、堅過ぎる東門の雰囲気に愚痴をこぼした。
「まぁ、陰キャが何かは分からないが、お前みたいなノリの奴はここにはいないな」
ジルストも同意。予め神太郎のキャラを知っていた彼がいなければ、新人は孤立していただろう。それはともかく仕事の話をしなければ。
「出向と言っても、やることは変わらないんだよな?」
「ああ、俺の隊で今日は関所警備をしてもらう。簡単なことさ」
「オーケィ、ボーっと突っ立ていればいいだろう?」
「……簡単じゃないかもな」
そして、その関所である東門前まで来た。基本的に北門と変わらぬ構造、風景だが、違うところと言えばその厳しさか。ここの衛士たちは皆、ジルストのように厳格に任務をこなしていた。
入国する馬車を徹底的に調査し、人物は納得出来るまで身元を調べる。ここは貴族衛士が多いのだが、あくまで割合なだけで大部分が平民出身である。それでも、皆がロボットのように堅実に仕事をこなしているのだ。トップ評価なのも頷ける。この分では、北門で黙認されている賄賂なんて通じないだろう。
但し、それはここを通る人間が少ないから叶っているとも言える。四つの門の中で、東門が最も通行量が少ないのだ。だから、一人の通行人に対し時間を掛けて調べられる。一方で、徹底的に調べられるのを嫌って別の門を通ろうとする者もいた。卵が先か、鶏が先か論争に似ているのだ。
「リベール」
すると、ジルストが一人の衛士を呼んだ。入国者の取調べを指揮していた衛士で、若くかなり小柄な少女である。立ち振る舞いから察するに、彼女も貴族だろう。
「彼女は中級衛士のリベール・スペルニール。俺の副官だ」
「三好神太郎、十七歳。独身。趣味は消しゴム集め。好きな食べ物は……」
早速挨拶をする神太郎。だが……、
「貴様が北門からの新人か。東衛長の肝煎りだからと言って特別扱いはしないぞ。覚悟しておけ」
言い切る前にリベールが忠告。何やら刺々しい物言いだった。
「リベールちゃん、気が強そうだな」
更に神太郎のその放言に対して、持っていた短鞭を彼の首筋に当てた。
「例の勇者の息子だからと言って、いい気になるなよ。ここでは貴様はただの下級衛士だ」
尊大、且つ攻撃的。平民衛士たちがロボットのように働くのも頷ける。もしかして、彼の態度を改めさせるために、わざわざ彼女を宛がったのか。
しかし、相手は神太郎である。それで従順になるほど彼は甘くはない。
「そうピリピリするなよ。美少女衛士が台無しだ」
「美しょ……!? 貴様、何だその態度は!」
遂には短鞭でぶたれる。
「何で打つ!?」
「貴様の態度がなっていないからだ!」
「ふざけんな! 美少女衛士からツンデレ美少女衛士に改名するぞ!」
それにはジルストもついプッと噴き出してしまった。片や、リベールの顔は真っ赤になっていく。
「こ、この馬鹿者!」
そして打つ、打つ、打つ! 不条理な暴力が神太郎を襲う。
「や、やめろ。今時暴力ヒロインは流行らない!」
「うるさい! このろくでなし!」
「あったまに来た! お前はもう貧乳美少女衛士だ!」
ジルスト、大笑い。彼が仕事場で笑うのは初めてのことだった。だから、仕事中の部下たちも目を丸くさせている。……が、
「うっ」
リベールが自分のことを睨んでいるのに気づくと、彼も慌てて咳で誤魔化した。次いで、二人の肩を叩いて場を取り成す。
「まぁ、そういうことで今日から勤める三好神太郎だ。リベールもよく見てやってくれ」
「本気ですか? コイツは東門には相応しくありません!」
正論で反論するリベール。
「たった一週間だ。これは東衛長からの命令だぞ」
しかし、ジルストも正論で反論すると、彼女も口を閉じるしかなかった。神太郎を睨みながら。
その後、関所の事務室に移ったリベールは上司に抗弁を放つ。
「何なんですか、アイツは! ありえないですよ、あれは!」
口から憤怒を吐き出す少女。元来怒りっぽい彼女だが、これほど激怒しているのはジルストも初めて見た。
「何せ別世界人だからな。この国の常識をもっていないんだろう」
「だからって、あの態度はないですよ」
「北門の北衛長が手を焼くのも分かるな」
そう言うジルストだったが、その顔には少し笑みが混じっている。あのキャラクターを受け入れているよう。リベールにはそれが不満だった。
「隊長はアイツに甘くないですか?」
「根は悪い奴じゃない。しばらく見てやってくれ」
「……手加減しませんよ」
こうして、神太郎の東門での勤務が始まった。彼に与えられた役目は監視。関所の隅で怪しい者がいないか目を配らせることだ。誰にでも出来る簡単な務めである。
……なのに、
「おい」
早速、リベールが怖い顔をしてやってきた。
「何だ、その態度は。ちゃんと立て」
彼女が不満だったのは、神太郎の立ち方だった。他の者は直立不動なのに、彼だけは腕を組み足をだらけさせ、装備品である槍を肩を立て掛けている始末。周りから見て明らかに浮いていた。
「いや、真面目に立っていると疲れちゃうじゃん。エコノミー症候群対策だよ」
「言い訳無用。姿勢を正せ」
神太郎なりの弁解も彼女には通じず。仕方ないので、彼は空気を変えるために話題を変える。
「質問いい?」
「何だ?」
「リベールちゃんっていくつ?」
「ちゃん付けするな。上司だぞ」
「見た感じ、かなり若いよなー」
「十五だ」
「わっか! え? 衛士になってどのくらい?」
「三ヶ月」
「はぁ? じゃあ、俺と大して変わらねーじゃねーか。それで偉ぶってんのかよ」
「実際、偉いんだ!」
怒鳴るリベール。しかし、歳もそうだが身長も百五十センチ強しかないので、それほど威圧感はなかった。彼女も神太郎の態度からそれを察する。
「……貴様、自分が勇者の息子であることを鼻にかけてるんだろう? だがな、私には通用しないぞ。徹底的に扱いてやるからな。勇者なんて詐欺師だ」
「もしかして、反勇者派?」
勇者一族を快く思わない思想だというのだ。特権階級の貴族に多い。
「この国を古くから護ってきたのは我々貴族だ。あとから突然現れた貴様らが勇者だと? 宰相だと? ふざけるな」
「はい、ごめんなさい」
「何で素直に謝る!?」
「僕はリベールちゃんと仲良くなりたいんです」
彼が正直に明かすと、リベールちゃんは顔を紅くさせた。
「上司をおちょくるな!」
そして、再び短鞭が炸裂。ベシ、ベシ、ベシと神太郎を叩く。
「ちょ、待て、待て、待て。叩けば叩くほど人気投票ランキングが落ちていくぞ!」
「何言ってんのか分からないわよ!」
ベシ、ベシ、ベシ、ベシ、ベシ、ベシ、ベシ、ベシ、ベシ、ベシ、ベシ、ベシ♪
「もう知るか! バカ、バカ、バカ、バカたれ!」
仕舞いには、彼女は小学生みたいな暴言を吐いて行ってしまった。
あまりにも酷い体罰を受け目を丸くする神太郎。
「あの小娘~。いつか猫耳バンドに首輪を付けさせて、あの鞭で尻を叩いてやる……」
彼にまた一つ野望が生まれた。
そして、その様子を物陰から見ていたのは東衛長のユリーシャ。あのリベール相手でも信条を貫く生き様に感嘆を覚えてしまう。
「三好神太郎……。やっぱり大物だわ」




