4-2 ルメシアとユリーシャ②
このキダイ王国には多くの繁華街があるが、今回赴いた場所は貴族御用達の高級商店街である。行き交う人々も上品な身なりばかりだ。神太郎も初めて来た地区なので、馬車の中から外をキョロキョロと見回している。それをルメシアが小声で咎める。
「ちょっと、田舎者みたいよ」
「実際、田舎者だし」
ただ、一行が辿り着いたのは、大通りから逸れた思いの他小さな料亭だった。それでも知る人ぞ知る名店らしい。四人は下車すると、ウキウキと入店……というわけにはいかず。神太郎は前を歩いていたルメシアに入店を止められた。
「アンタは外で待ってなさい」
「ホワァット!?」
「小さい店なの。従者は外で待つ決まりなのよ」
彼女に促されジルストを見れば、彼は当たり前のように店前で待機していた。
「パワハラかよ!? 横暴だ! 労基に訴えるぞ! なぁ?」
神太郎はそのジルストに同意を求めるも、彼は我関せず。視線すら合わせてくれなかった。
「いい子にしてるのよ」
そして、ルメシアは飼い犬に言い聞かせるように忠告すると、ユリーシャと一緒に店に入っていくのだった。
唖然の神太郎。珍しく、今回は彼の方がルメシアに呆気に取られてしまった。
女性同士の食事会。絶品料理を堪能するルメシアとユリーシャだったが、その食事の内容に反して話題は仕事の愚痴ばかり。いや、神太郎への愚痴か。
「全く、アイツは……。仕事はサボるし、上司を敬う精神もない。とにかく態度が悪いのよ。別世界人だからって、もう少し常識はもってなさいよね」
ルメシアはフォークの手を動かしながらこぼした。それを聞き、幼馴染はこう助言する。
「それは、初めての相手だから戸惑ってるんじゃない?」
「初めての相手?」
「貴族の権威も効かない。この世界の常識も効かない。そんな彼にまだ馴れていないから、ルメシアは振り回されちゃってるのよ」
「じゃあ、馴れるしかないってこと? アイツを矯正するんじゃなくて」
「聞く限り、神太郎は自由気ままな性格みたいだから、押さえつけようとしたらこの仕事を辞めちゃうかもしれないしね。……辞めてもらった方がいい?」
「いや! ……辞めてもらうのは、そこまでは……」
最初の頃はクビにしたいと叫んでいたルメシアも、今となってはそんなことを言える気持ちにはなれなかった。愚痴を言いつつも、受け入れているということか。
ならばと、ユリーシャは考えを逆転させる。
「それじゃ、逆にいいところはないの?」
「いいところ? ……うーん、まぁ、強いわね。伊達に勇者の息子じゃない。それに、何だかんだと優しいところもあるし、頼りになるところもあるし……」
「ふむふむ」
「それに、さっき言っていたこととは矛盾になるかもしれないけど、気を遣わないで接してくれるからこっちも気楽になれるかも。今、ユリーシャと話をしているみたいに」
「成る程、神太郎はルメシアのことを上司や貴族としてではなく、友人として接しているのかもね。平等な個人同士として」
「ああ……そうかも。確かに、私はあくまで上司として接しようと務めてたからなー。でも、仕事中ぐらいは立場を考えて欲しいわ」
「特別扱いになっちゃうけど、馴れるしかないんじゃない?」
「しかないかー」
結局、ルメシアが妥協しなければならないのか……。しかし、せめて神太郎の方もいくらか譲歩して欲しいと彼女は願う。特に勤務態度に関しては。
そこでユリーシャが閃く。
「それじゃ、一つ提案があるんだけど」
一方、男たちはというと店の傍で大人しく待機していた。
ジルストは直立不動。まるで立像のように真正面を見据えている。それでいて警戒は怠らない。これは上司の警護なのだから当然か。片や、神太郎はというとその隣でしゃがみ込んでいる。正反対の態度だ。
「はぁ……。いつまで待たされるんだか」
嘆く神太郎。
「腹減った……」
目の前が料亭のせいで、いい匂いが鼻をくすぐってくる。だから余計腹の虫が鳴った。
「もう我慢ならん」
そして、遂にはどこかへ行ってしまった。それを横目で見送るジルスト。我関せずの彼だったが、流石に仕事放棄には眉をひそめざるを得なかった。
ただ、しばらくすると神太郎は戻ってきた。
両手にホットドッグを抱えて。
「ほっほー、美味そう~」
この男、空腹に耐えかねて買いに行っていたのである。戻ってきた彼はそれをパクリ。
「やっぱ美味い」
満悦の笑みを浮かべる神太郎。それを直立不動ながらも横目で見つめるジルスト。表情に変化はないが、その目は驚きを隠せないでいる。
すると……、
「ほら」
神太郎はもう片手に持っていたホットドッグをジルストに差し出した。奢りだというのだ。しかし、今は警護任務中。当然、真面目な彼はそれを無視するが、神太郎もそれを無視する。
「大丈夫、奢りだって」
「……いらん」
「なに陰キャみたいなこと言ってんだよ。ここは遠慮なく受け取る場面だろうが」
「い、インキャ?」
「お前も一緒に食ってくれないと、俺が気まずいんだよ。ほら」
遂には半ば押し付けるように渡した。こうなっては仕方がない。ジルストも渋々頂く。それでも姿勢を崩さないのは流石だ。
そして、それが歓談の切っ掛けとなる。
「ジルストだっけ? デカいなー。身長どのくらいあるの?」
「……百九十」
「ほー、体重も百キロ超えてるよな。マンガに出てくる格闘家みたいだ。東門の連中ってみんな身体つきいいの?」
「……他の門よりはな」
「ああ、貴族だから平民よりいいもの食ってるだろうしな。東門に貴族が優先して配置されるなら、自然とそうなるか。ただその分、厳格そうだよなー。規則とか厳しいの?」
「まぁ」
「うーん、こんな風に買い食いも出来ないようじゃ、俺には合わないだろうな。そういえば、あのデカイトカゲを押し留めていたけど、あれは筋力だけじゃないよな?」
「勿論、身体強化魔術を使った」
「やっぱ魔術を使えるんだな。魔術使えると昇進に有利?」
「それはな」
「俺、今下級衛士なんだけど、魔術の才能はからっきしでさ。その上、昇級試験とかは全然自信ないから昇進の目なんて全然なくてな……。でも、昇進したらしたで仕事も増えて、それはそれで困るんだよ。けど、給料増えないのももっと困るしーって感じで迷ってるんだよね」
「ああ」
「上級衛士になると何か得することってある?」
「そうだな……。給料は上がるし、夜勤は減るし、あとデスクワークが増えるから室内作業メインになって、雨に打たれる心配がなくなる」
「あー、雨は嫌だなー。前に土砂降りの中で城壁の歩哨をさせられたけど、キツイかったな。あ、この辺って雪も降るんだってな」
「ああ、大雪になっても歩哨に休みはないからな」
「そうそう、大切なことを忘れてた。上級になると女にモテるか?」
「まぁ、下級よりはモテるだろう。上級になると式典などに出席したりもするから、顔も売れるしな」
「貴婦人たちと知り合う切っ掛けか。上級になるには年齢とかも関わってくるのか? ジルストはいくつよ?」
「二十二だ。制度上、年齢は関係ないが、ユリーシャ東衛長やルメシア北衛長のような公爵家を除けば、どんなに若くても二十歳からだな。俺も十七歳で中級衛士として入隊したが、上級になったのは二十歳だ。ただ、俺は貴族だったからな。平民だと三十歳を越えるのが普通だ。……というか、先に中級衛士に上がることを考えるべきでは?」
衛士は上級、中級、下級と三段階に分かれている。
「いやー、中級は試験の他にも勤続期間だけを考慮されて上がる方法もあるみたいだからさ、楽そうだろう?」
「確かに、十年くらいやってれば自然に中級にはなれるだろうな」
「十年!? 十年か……。今改めて考えたけど、十年も門番なんてやってられるかなー。絶対飽きると思うわ」
神太郎、何やら根本的なことを考え直すようになった。
「多分、上級に上がる前に転職するわ」
「俺から見てもあまり向いてないと思う」
ジルストもそれには賛成してしまう。
しかし、気付けば堅物そうなジルストも普通に雑談に応じてしまっていた。それどころか……、
「ところで、勇者の息子なんだよな? 勇者ってどんな人物なんだ?」
遂には彼の方から話題を振ってしまう。
「親父か? 普通だよ。勇者なんて大層な役目を与えられているが、俺には何でか分からんな」
「でも、勇者に選ばれるということは素晴らしい人格者なんだろう?」
「人格者? ないない。だって俺の親だぜ?」
「自分で言うか……」




