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4-1 ルメシアとユリーシャ①

 この日は実に心地の良い晴天だった。しかも、神太郎の本日の持ち場は城壁上の歩哨ほしょう。彼はこれ幸いとばかりに、城壁上の楼閣ろうかくの屋根に寝転がり、日光浴を満喫していた。勿論、勤務時間中である。だからこそ気持ちがいいのだ。


 ……ただ、そんな彼の耳に不快な騒音が入ってきた。


「何だぁ? うるせぇなぁ~」


 渋々身を起こす神太郎は、騒音の元である下を覗く。どうやら、門の付近で何か起きているよう。尤も、国の出入り口ともなれば、大なり小なり揉め事が起きるもの。彼は早々に収まることを願ってまた寝転んだ。……ら、


「神太郎! 神太郎!」


 今度は名指しの騒音が……。答えないわけにもいかず嫌々また下を覗くと、声の主ルメシアが城壁上まで上ってきて彼を捜していた。こちらが顔を出すと向こうも気付く。


「神太郎、どこ!? ……っていた。アンタ、そんなところで何してるのよ?」


「ひなたぼっこ」


「堂々とサボりを報告しないの! それより下に下りてきて。面倒が起きてるのよ」


「えー、俺は歩哨の仕事をしないと」


「してないじゃない!」


 正論をぶつけられ、神太郎は仕方なく門まで行くことにした。




 そして、現場に着くと騒音の正体も判明する。


 門の前で出来た大きな人だかり。その中にあるのは、大きな馬車に乗せられたこれまた大きな鉄檻。そして、その中にいるのはこれまたこれまた大きな獣。トカゲに似ているが、牛を超える巨体をもつ怪物だ。


「これまたでかいトカゲだな~」


「トカゲじゃない。『魔獣』よ」


 神太郎の率直な感想をルメシアが訂正した。


「魔獣? 確か、危険な動物のことだよな」


「そう、多数の人間を殺めることが出来る動物を私たちは『魔獣』と呼んでいるわ。これはリバウドと言って、特に凶暴でね。普通の兵士じゃひとたまりもない。魔術士が複数人掛かりで相手にしなきゃならない奴よ」


「それが何でここにいる?」


「見世物屋の商品なんだって」


「で、何が問題なんだ?」


「その檻が壊れそうなのよ」


 そう言われて神太郎が改めて檻を見ると、確かに檻の鉄柱がところどころ歪んでいた。それどころか、檻の入り口の鍵が半壊になっている。


「見世物屋の入国審査中、リバウドが急に暴れ出したらしくてね。今は大人しくしているけど、次暴れ出したら間違いなく外に飛び出すわ」


 そのルメシアの説明と、檻を囲む恐々とした衛士たちの様を見て、彼も状況は理解した。かなり危険な状態なのだろう。神太郎でないと対処が出来ないか。ならばと、この危機を脱する一番の方法を口にする。


「こうなったら仕方がない。殺そう」


 だが……、


「とんでもない! これは危険を冒してやっと捕まえたリバウドなんですよ! しかも、世にも珍しい白いリバウドだ。ウチの目玉なんです!」


 近くにいた小男がそう抗弁してきた。彼が見世物屋の主人である。尤も、こんな状況ではそんなことを言う資格などないのだが。


「そもそも、しょぼい檻に入れてここに連れてきたお前の責任だろう。もし被害が出たらお前は打ち首だぞ」


「うっ……」


 言葉に詰まる主人。ただ、ルメシアも彼の案には賛成出来なかった。


「どういう理由であれ、入国者の許可物を勝手に接収するのは避けたいのよ。北門の評価がマイナスになることはあっても、プラスになることはないし。それに今リバウドを下手に刺激すると、却って暴れさせて街に放つことになるかもしれない……。殺すのは最後の手段にして、どうにか収められない?」


 役所の都合があるというのだ。それに、神太郎自身も魔獣だからと言って何もしていないのに殺処分するというのは気が進まない。しかし、彼にどうしろというのだ。


「俺にどうしろって言うんだ?」


「神太郎なら何とかならない?」


「無茶振りだぁ」


 こういうところが下っ端の辛いところ。仕方がないので可愛い上司のために頭を働かせる。そして、ごく普通の方法を思いついた。


「それじゃ、頑丈な檻を用意してそちらに移すしかないな。見世物屋、すぐ用意出来るか?」


「え、ええ、急ぎますので!」


 しかし、そんな時間はなかった。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 再び暴れ出すリバウド。


 檻がギシギシと悲鳴を上げると、野次馬たちもまた悲鳴を上げて逃げ出し、次いで衛士たちも怖ず怖ずと後退りした。


「不味い。檻が持たない」


 手段を選んではいられないかと、ルメシアも決心すると腰の剣に手を当て身構える。


 そして遂に打ち壊された。猛々しい獣が真っ先に目を付けたのは、自分を捕らえた見世物屋の主人。その獲物に牙をいて襲い掛かる!


 獣の怒りは理解出来る。されど、どういう理由であれ民間人は護らねば。ルメシアは彼の楯になるように立った。更に、その楯になるように神太郎も立つ。……が、


 突然、リバウドが動きを止めた。いや、止められた。間に割って入った一人の屈強な男によって押し留められたのだ。次いで、今度は女が現れ、拘束された獣の顔に掌を当てる。


 ……。


 ……。


 ……すると、


 あら不思議。リバウドは牙を収め、尾っぽを下ろして大人しくなった。


 そして、しばらくして眠ってしまった。


「魔術か」


 魔術に無知な神太郎も睡眠魔術の存在にすぐ気付く。冷静に淡々とこなす様は見事なもの。


 その女が笑みで宥めながら歩み寄ってくる。


「大丈夫、もう安心よ」


 それはルメシアと同じ煌びやかな軍服を着た少女。美麗な長髪とスタイル、漂う気品から察するに上流の貴族だろう。歳も同じくらいだ。ルメシアも顔をしかめながら彼女をこう呼ぶ。


「ユリーシャ……」


 微笑のユリーシャにしかめっ面のルメシア。どうやら、二人の関係はあまりいいものではないようだった。




 その後、場所をルメシアの執務室に移した。


 応接テーブルを挟み、憤りを抑えるかのように腕を組むルメシアに、余裕を感じさせるように足を組むユリーシャ。互いに後ろに部下を控えさせた中の会合。危なげな雰囲気が漂う中、ルメシアの後ろに立つ神太郎だけはいつも通り緊張と無縁そうだった。


「最近どう? こっちは順調?」


 先に口を開いたのはユリーシャ。出された茶に口を付けつつ笑みを見せて問う。片や、ルメシアは険しい面で問い返す。


「今日は何の用? 世間話をしに来たわけじゃないんでしょう?」


「まぁね。単刀直入に言うと、あの勇者の息子を見に来たの」


「神太郎を?」


 ルメシアがつい神太郎を見てしまうと、ユリーシャも察する。


「もしかして彼が?」


「三好神太郎、十七歳。独身。趣味は紅葉狩り。好きな食べ物は椎茸」


 彼のアホな自己紹介を前に、彼女はついルメシアを見てしまったが、そのルメシアが頭を抱えているのを見ると、また察した。


「成る程……。申し遅れたわ。私はルクレイム公爵家のユリーシャ・ルクレイム。東門を担当する東衛門府とうえいもんふの長、東衛長とうえいちょうよ」


「同業さんか」


「ルメシアとは小さい頃からの仲でね。奇しくも同じ役職に就いたから、さっきみたいに時折手を貸してあげたりしてるの」


 何と頼り甲斐のある幼馴染であろうか。ただ、ルメシアはその気遣いが気に入らないよう。


「余計なお世話よ。そもそもここは北門。北衛門府の管轄よ。勝手なことをしないで」


「折角助けてあげたのにその言い草。お礼の一つぐらい聞きたいのに」


 それに頬を膨らませて拒むルメシア。


 ……が、


「そうだぞ、お礼ぐらい言えよ」


 何と、部下である神太郎がユリーシャに同調してしまった。


「ちょっと、どっちの味方よ、アンタは!?」


「いや、敵も味方もないだろう」


 上司の抗議に珍しく道徳的正論で返す神太郎。ルメシアも全く反論出来ないので、渋々開口。


「……ありがと」


 しおらしく感謝を示した。


 このやり取りにユリーシャも堪らず失笑。


「ぷっ……。面白いね、ルメシア」


「まぁ、いつも調子狂わされてる」


 ルメシアも溜め息を吐いてそれを認めた。


 その笑いのお陰か、場は一気に穏やかな雰囲気になる。というより、ルメシアから幼馴染への対抗心が消えたというべきか。ユリーシャがそれを説明してくれる。


「気にしないで、神太郎。ルメシアは北門の成績があまり良くないからピリピリしてるのよ」


 更にルメシア自身も。


「あまりどころか、四つの門でダントツの最下位よ。対して、東門は今期もトップ評価。ユリーシャはちゃんと成果を上げてるのに……。自分が情けなくなる」


 彼女の不機嫌の正体が分かり、神太郎も一先ず安堵。二人の個人関係自体は良好のようだ。それを示すかのように、ルメシアは続けて愚痴をこぼす。


「その上、さっきみたいにユリーシャに助けてもらっちゃ、ウチの評価はどん底よ。ねぇ、ユリーシャ。何で上手くいかないんだろう? 何か運営のコツとかあるの?」


「場所柄が大きいと思うよ。東門付近は貴族の居住地がメインだから治安もいいし。対して、北門は繁華街の傍でしょう? 中々難しいと思うなー」


「このままじゃまた恥をかく……」


 嘆くルメシア。若い彼女に北衛長は荷が重かったのか。ただ、下っ端の新人衛士にはそんな危機感はなかった。


「ウチってそんなに悪いの?」


「アンタが来てから特にね」


「俺のせいか!?」


「アンタのサボり癖が蔓延まんえんしてるのよ!」


「……俺のせいか」


 神太郎とルメシアのコント。それがツボに入ったのか、ユリーシャがまた噴き出した。今まで見たことなかった人種に興味が湧く。


「彼、いつもこんななの?」


「まぁね。扱い辛いったらありゃしない。……何か、人材にも差があるよね」


「さっきも言った通り、貴族の邸宅が近いから配置される人員も融通してくれてるだろうし。皆優秀だから、私も助かってるわ。彼みたいにね」


 そう言いながら、ユリーシャは後ろに控えている自分の部下を見た。先ほどリバウドの突進を止めた屈強な男である。


「東衛門府・上級衛士、マルゼー男爵家次子ジルスト・マルゼー。どうぞ、お見知りおきを」


 身動みじろぎもせず正面を見据えたままの自己紹介。エリートと呼ぶに相応しい態度を示している。先ほどの神太郎とは天と地の差だ。いや、それどころか、北門には見当たらない真面目さである。


「東門は衛士まで貴族か……。羨ましい……」


 自分もこんな立派な部下が欲しい。ルメシアはそう縋るように神太郎を見るも……耳を穿ほじっていた彼を見て気分はどん底に陥った。


「まぁまぁ、気分転換に昼食でもどう?」


「そうしますか」


 こうして、傷心のルメシアは幼馴染の気遣いに甘えることにした。

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