01.父、勇者 母、大魔道師 ……俺、門番①
三好家は全滅した。
それはいい。……いや、良くはないのだが、その一家は皆揃って前向きタイプである。これも運命だったと素直に受け入れていた。
問題はその後。全滅した一家は、気が付くと別世界にいたのだ。所謂中世ファンタジーな世界観で、どうやら異世界転生? 転移? というものに遭遇したらしい。
途方に暮れた彼らは、一先ず近くにあったキダイ王国に寄ってみると、そこの国王から大歓迎を受けた。この世界は魔王の脅威に晒されていて、一家の父親がそれを打ち破る勇者の力を秘めているというのだ。ついでに、母親も天才的な魔道師の才能があるらしく、助けを請われた二人はノリノリで魔王討伐に出立したのであった。
そしてその十七歳の息子、三好神太郎はと言うと……、
門番をしていた。
ただの一兵卒である。両親には同行せず、一日中、街の玄関口である北門に詰めていた。そこで、
「はい、あ~がり~!」
同僚たちとカードゲームに勤しんでいた。勿論、金を賭けてだ。そして、今日も彼の一人勝ちである。
「ほ~ら、ほら。金出せ、お前ら」
「クソ、ふざけんなよ、神太郎。何でテメーばかりに金出さなきゃなんねーんだよ!」
上機嫌な神太郎に、同僚の一人が吼える。これもいつものこと。
「弱いからだろ。それでもお前らは性懲りもなく挑んでくるのか?」
「当たり前だろう! ここで引いたら男が廃る!」
全く、いいカモである。……と、彼が喜んでいたら、あの女がやってきた。
「貴方たち、また遊んで……! 気が緩み過ぎよ!」
部屋の中を走る透き通っていながらも威厳のある声。美しい長髪を靡かせ、煌びやかな軍服を身に付けた少女である。彼女の名はルメシア・ケルヴェイン。神太郎と同い年の公爵家の令嬢で、この北門の守備隊長である。つまり彼らの上司だ。
彼女は慌てて姿勢を正す同僚たちを他所に、唯一正さなかった神太郎に詰め寄っていった。
そして、こう命ずる。
「私の部屋に来なさい」
北衛門府・北衛長。それがルメシアの正式な肩書きだ。その大層な名称通り、彼女の執務室は厳かな雰囲気を醸し出している。ルメシアの席の前に立たされた神太郎は、早速その叱責を受けていた。
「ホント、アンタには呆れさせられるわ。初めは勇者の息子ということで歓迎していたけど、蓋を開けてみれば不真面目でサボり魔。門番には自分から志願したんでしょう? ってか、何で両親に付いていかなかったのよ!?」
「面倒臭いじゃん」
「は?」
「それに、魔王とやらはどこにいるかも分からないんだろう? 下手したら何年も旅をしなきゃならない。それに比べ、門番ならずっとここに詰めてればいいから楽だ」
「こ、このアホぉ……」
怒りでルメシアの握り拳が震える。
「いい? 神太郎。門番とは、魔族から王国を護る大切な仕事なの。国家の生命線なの。それを自覚しなさい!」
「はい」
「兵士の中でも特に優秀な者だけが選ばれるの。なのに、貴方のせいで他の兵士たちにも怠け癖が蔓延している。全部、貴方の責任よ!」
「はい」
「貴方をすぐにでもクビにしたい。けど、勇者の息子というコネを使われている以上、私の判断だけではそれも出来ない。貴方は本物のお荷物よ!」
「はい」
「反省してるの?」
「はい。それじゃ先生、教室に戻っていいですか?」
「先生じゃない!」
ルメシア、机を思いっきり叩いた。次いで、溜め息も漏らす。
「何でアンタみたいな怠け者がウチに来るのよ……。お陰で北衛門府の評判はガタ落ち。私の評価も奈落の底よ」
「それはお気の毒に」
「……もう怒る気力もないわ」
最後にはガックリと肩を落とした。
「まぁ、これも天運だ。……そうだ、気晴らしに今晩飲みに行かないか? 今日もたくさんせしめたから奢るぞ」
図太い神経の神太郎も流石に気の毒に思ったのか、気遣いの言葉を送る……も、
「アンタとだけは絶対に嫌」
見事に振られてしまった。どうやら、異世界転生者とて無条件でモテるわけではないよう。
すると、そこに彼女を喜ばせる朗報が舞い込んできた。それをもった兵士が慌てて入室してくる。
「吉報です、北衛長。勇者様が魔軍七将の一人ルームマゲリスタを討ち取ったとのことです!」
「え? 本当!?」
その知らせに、ルメシアは一転満面の笑みに。立ち上がり、部屋の中央に飛び出しては、小躍りまで始めた。
「凄い、凄い! 出立してたった一ヶ月で、魔軍七将の一人を倒しちゃうなんて。やっぱり本物の勇者様だったんだ!」
歳相応らしい喜びよう。いつもは威厳に満ちている彼女も、やはり素は女の子ということか。ただ、神太郎には一つ疑問がある。
「魔軍七将って何ぞや?」
その問いに、ルメシアは呆れてしまった。別世界の人間とはいえ、この世界の基礎知識ぐらい身につけておくべきだろう、と。
「そんなことも知らないの? 魔王の片腕とも言える強大な魔族たちよ。魔族の軍団を率い、これまで多くの人間国家を滅ぼしてきた。特に今言ったルームマゲリスタは、この百年で最も人間を殺戮してきた魔族と言われているわ」
「へ~」
「けれど、今回の報が世界中に伝われば、魔王に対する人間側の決起に繋がるかもしれない。もう恐れる必要はない! ってね。これはもう喜ばざるを得ないでしょう!?」
「ふ~ん」
「……」
しかも、彼女が折角教えてやっても興味なさそうな反応をする始末。ルメシアも呆れを通り越して怒りを覚えるほどだった。この神太郎という男、大物なのか、馬鹿なのか、大馬鹿なのか……。しかし、どちらにしろ排することも出来ない。礼儀を弁えず先にソファに腰掛ける彼を見て、ルメシアも諦めてそれに従った。
「神太郎……。アンタってホント、普段から無気力よねー」
「遊びには全力を尽くしている」
「何かさ、志とか向上心とかないの? 魔族を討って天下に名を轟かすとか、この国で成り上がってみせるとか。折角、勇者の息子ってアドバンテージがあるんだからさー」
「遠出は面倒臭いし、責任ある仕事はストレスになる。俺はこのままスローライフを満喫するよ」
「私と同い年でしょう? 隠居には早過ぎるわよ」
「前の人生では色々頑張ったからなー」
神太郎はテーブルの上にあったクッキーを頬張りながら答えた。ついでに、
「それより茶を入れてくれ」
と、茶まで催促すると、
「このぉ……とっとと仕事に戻れ!」
また怒鳴られた。