極刑“迷宮流し”となった百戦錬磨の剣闘士 ~装備無しで迷宮に放り込まれたけど『迷宮をクリアしたら無罪放免にしてやる』と言われたので、死ぬ気で迷宮攻略を目指す~
12月1日(水曜日)20時より連載版を始めます!
是非、応援して頂けると助かります!
「被告人エルを、強盗殺人の罪により……極刑“迷宮流し”の刑に処す!!」
身に覚えのない罪状により、俺は“迷宮流し”の刑を下された。
無罪を訴える気はない。無駄だ。なぜならこの裁判は全て出来レース。俺を罪人にするためだけに行われたもの。
(それにしても“迷宮流し”かよ……)
この小国、〈アルファム〉には所謂“死刑制度”はない。最高刑とされるのはこの“迷宮流し”だ。いや、言ってしまえば……この“迷宮流し”が死刑なのだが。
〈アルファム〉には1つの大迷宮がある。迷宮の名は〈ティソーナ〉。この大迷宮〈ティソーナ〉に送り込むことを“迷宮流し”と言う。
一度〈ティソーナ〉に入れば、〈ティソーナ〉を攻略するまで外に出ることはできない。それは国から外に出ることを禁じられているというわけではなく、迷宮自身が一度入った者を外に出さない性質なのだ。
鎧や剣なども持たされず、迷宮に放り込まれれば、迷宮に巣食う悪魔に食われるのがオチだ。だから死刑と変わらない。
「知っていると思うが、大迷宮〈ティソーナ〉を攻略することができれば無罪とする」
ちなみに大迷宮にはこれまで10万人以上が挑んでいるが、帰ってきたものはいない。
(くそ。こうなったのも全部アイツのせいだ)
俺は傍聴席に居る貴族、マハルトを睨む。
マハルトは「ざまぁみろ」と笑い、席を立った。
「……貴様のようなクズが、私に逆らうからだ」
裁判官に聞こえない小さな声で、マハルトは言う。
(マジでうぜぇなアイツ……!)
沸々と、怒りが湧いてくる。
あーあ、俺の人生終わった。たったの14年の命だったぜ、ちくしょうが。
どうして俺が、こんな目に遭っているか。
俺は3日前のことを思い返す。
◆3日前◆
剣闘士。それが俺の職業だった。
剣闘士とは、円形決闘場で猛獣や同じ剣闘士と決闘する者を言う。俺は10歳まで騎士の子として育ったが、両親が戦死し、身寄りがなくなった挙句に奴隷になった。奴隷となった俺は剣の腕を認められ、闘技場の経営者に買われた。それから14歳になるまで剣闘士として働くこととなる。
334戦321勝13引き分け。
勝ち星の数は同時に俺が殺した人間・猛獣の数となる。
相手を殺すまで決闘は終わらない。生きるためには殺し続けるしかなかった。
そして、335戦目を控えた日のこと。
俺はいつも通り、決闘場に向かうため闘技場の廊下を歩いていた。
「待ちなさい。剣闘士エル」
口髭の長い、貴族の男に呼び止められた。
「はい、なんでしょうか?」
「君に話がある。ついて来なさい」
口では丁寧な言葉を吐いていても、表情は『早く来い。クズが』ってな感じだった。
「私の名はマハルトと言う」
「そうですか」
「今日は君に頼みがあって来たんだ」
人目のつかない場所まで連れてこられ、マハルトは足を止めた。
そして、マハルトはある要求をしてきた。
「八百長試合しろってことですか?」
「そうだ」
聞くところによると、今回の俺の相手はゾウマという、戦闘民族の凄く強いやつらしい。
好成績を収める俺と、期待の新人ゾウマ。この好カードには観客も湧き、珍しく多額の賭けが行われているそうだ。
客の予想では……8対2で俺の勝ち。
そこで目の前の貴族殿はゾウマに多額のベットをしたらしい。
だから俺に負けてほしい、ということだ。でもそれはつまり、
「つまり、俺に死ねって言うんですか?」
決闘での敗北はイコール死だ。
「いやいや、ちゃんと救済措置は用意してある。君はゾウマの攻撃を受けて、死んだフリをしてくれ。そうすれば、私の息がかかった死体処理班が君を回収する。そのまま君には国外逃亡してもらい、晴れて自由の身というわけだ。ゾウマにもこの話はしている。ゾウマとは決闘の後、暫くしてゾウマを買い取り解放することで契約を結んでいる。ゾウマが必要以上に君に追い打ちをかけることはない」
「もしも、断ったら?」
「君を適当な罪で告発する。私はこれでも法関係の知り合いが多くてね。剣闘士1人を“迷宮流し”にすることぐらい、わけないんだ」
否定する選択肢はない、ってことだな。
もしも成功すれば俺にとって悪い話じゃない。死んだフリなんてしたことないから不安も残るが、やるしかない。
「わかりました。その話受けましょう」
「……助かるよ」
こうして、ゾウマとの決闘が始まった。
ゾウマは熊の如き体格の男だ。
手には斧を持っている。
俺は両手に剣を持った双剣士。
決闘が始まって暫くは良い勝負を演出した。剣と斧をぶつけ合いながら、一進一退の攻防を繰り広げる。
(こいつ、パワーだけだな。スピードも鈍いし、斧の扱いも拙い。殺すことはわけない、が)
八百長を指示されている以上、勝つわけにもいかない。
(この辺か?)
ゾウマが一歩退いた所で、俺は大雑把に剣を振り上げ、隙を作った。
「ゴアァ!!!」
野獣の如き咆哮と共に、ゾウマのタックルを受ける。
「ぶはっ!?」
馬鹿力。
パワーだけは俺よりも遥かに上。俺の体は思い切り飛ばされ、何メートルも空を飛んだあとに落下する。
倒れた俺の脚を掴み、ゾウマは地面に二度、三度、叩きつける。
(てめっ、やりすぎだろアホ!!)
いやでも、これぐらいじゃないと死んだと思われないかと思いつつ、ジッと殺意を抑え込む。
噓抜きに満身創痍になったところで、俺は全身の力を抜き、眼球の動きを固定して、一切身じろぎしないようにした。死んだフリを遂行する。
「……」
審判のコールを待つ、が、審判のコールが耳に届かず、なぜか客の悲鳴に似た歓声が聞こえた。
なにか身の危険を感じ、俺は眼球を動かしゾウマを見た。
――ゾウマは斧を振り上げていた。
(あ。こいつ、俺を殺す気だ)
そう思ったら体は勝手に動いた。
余計な思考を省き、斧を躱した後、落ちていた剣を拾ってゾウマの首を斬り下ろした。
「やっちまった……」
審判は右手を振り上げる。
「勝者、エル!」
審判のコールで観客が沸く。
観衆の中に、偶然にもマハルトを見つけた。マハルトは笑顔で、口をパクパクさせていた。唇を読む能力なんてないけど、なんて言ってるかはわかった。
『し・け・い』
うん。まぁそうだよね。
後々になって思う。きっとゾウマに手加減の指示は出ていなかった。マハルトは最初から俺を殺す気だったんだ。俺を生かすリスクは多いからな、妥当な判断と言える。
あの八百長を持ちかけられた時点で、俺には死刑オア死刑の道しかなかったわけだ。とほほ。
決闘から3日後に裁判は行われ、有罪判決。
それから7日後に“迷宮流し”執行。
俺は大迷宮〈ティソーナ〉を訪れる。
◆大迷宮〈ティソーナ〉◆
牢獄から、ゆらゆらと揺れる馬車に乗ること30分。
深い森の中、大迷宮に着いた。
「降りろ」
執行人の命令で馬車から降り、その姿を確認する。
迷宮には空に向かって縦に伸びる建物型と、地面の下に続いていく洞穴型があると聞くが、〈ティソーナ〉は後者、洞穴型だった。
巨大な穴が目の前にあった。中は真っ暗でなにも見えない。迷宮だと知らなければ、隕石が3つぐらい重ねて落ちたのかと思うだろう。
「けっ! どうやって降りるんだよ、ここから!」
大柄な男が吠えるように不満を言う。
ちなみに、今日“迷宮流し”に遭うのは俺だけじゃない。他に9人いる。
“迷宮流し”は3ヶ月に1度行われる。その3ヶ月の期間で“迷宮流し”の刑を下された全員が一斉に大迷宮へと放り込まれるわけだ。
「全員、穴の前で整列」
嫌な予感がするものの、断るわけにはいかない。
俺達囚人一同は穴に沿うように並ぶ。
「手を前に出せ」
手錠のついた手を前に出す。10人の執行人が1対1で手錠を外していく。
「後ろで手を組め」
言われた通りにする。ここに来て反発する者はいない。
「全員、わかっていると思うが、これから貴様らは迷宮に入る。迷宮に一度入れば攻略するまで外に出ることはできん。もしも迷宮を攻略できた場合、攻略した者だけでなく、その時点で生きていた全員を無罪放免とすることを約束する」
「あの」
俺は質問を挟む。
「なんだ?」
「迷宮にはどうやって入るんですか? 梯子とか、ありますよね?」
「ない。これからお前らを突き落とす」
驚きの声が、囚人たちから漏れた。
いや、いやいやいや! こんな底の見えない穴に落ちたら、落下ダメージでお陀仏だろうが!
「や、やってられるかよぉ!!」
痩せた40歳ほどの男が執行人の1人を突き飛ばして、逃げようとする。すぐに執行人が剣を抜き、男の腹を貫いて首を撥ねた。
他の囚人も、俺も、多少反発の心はあっただろう。でも今ので消え去った。なぜなら剣を抜いた執行人の手際があまりにプロだったからだ。丸腰じゃ、勝てる相手じゃ無かった。
「では、健闘を祈る」
「最後に1つ、マハルトに伝言を頼んでもいいか?」
執行人は「マハルト?」と首を傾げる。
「……ああ、あの博打好きの。いいだろう。聞いてやる」
「じゃあこう伝えてくれ。『もし迷宮を攻略できたら、真っ先にテメェを殺しに行く』」
「わかった。伝えておこう」
一斉に、俺達は穴へ突き飛ばされた。
「うわあああああああああああああっっ!!!」
ただひたすらに叫ぶ。意味ないとわかっていても、叫んだ。
俺だけじゃない。他の囚人も叫んでいる。
太陽の光が遠くなる。漆黒に包まれていく。
「おわ!? なんだ!?」
めちょ。と、音がした。背中から、スライムのようなものに着地した。緑色のスライムの膜が穴に敷いてあった。
(気持ちわりぃ!!)
俺達はスライムに飲み込まれていく。
スライムが全身を包み、数分経った頃、ボトンと落とされた。
落とされた部屋は正方形の土の部屋。
そこら中にロウソクが設置されている。あと、人骨が所々落ちている。
俺と、他9……じゃなくて、1人いなくなったから8人の囚人、全員揃っている。
「なに、ここが迷宮なの?」
「あー、死んだかと思ったぜ」
「どうせ死ぬんだろ、今からよ」
「見ろ! あそこに階段があるぞ!」
太った男囚人が指さした先に、さらに地下へと繋がる階段があった。
大迷宮〈ティソーナ〉――攻略開始。
◆〈ティソーナ〉第一層◆
(さてと)
まず部屋の中の使えそうな物を確認する。
武器、なし。
食料、なし。
これでどう攻略しろと……。
「俺はやるぞ!!」
刺青を顔に入れた20歳ほどの男が拳をあげる。
「絶対生きて帰ってやる! 俺は死刑になるようなことは一切してないんだ! 全部……全部冤罪だ……! あのクソッタレ裁判官共め!!」
お! 俺と同じようなやつもいるもんだな。
「女だって3人しかレ〇プしてないし、ガキを攫って売り飛ばしたのなんか2回ぐらいだ! 盗みに入った家の家族4人皆殺しにしたことはあるけど、あれは不可抗力というもの! 殺されるほどの罪じゃない!」
前言撤回。早く死んでくれたまえ。
「俺は迷宮を攻略する! でも、1人じゃきっと無理だ。全員で力を合わせて迷宮を攻略しよう!」
刺青男の提案に、囚人のほとんどは乗り気だった。
「た、たしかに、まとまって行動した方が攻略の可能性は高いよな?」
「うん。こいつについていくのは不安だが、言っていることは正しい」
刺青男を除いた8人中、5人は刺青男に賛同した。
俺と、さっき執行人に文句を言っていた大柄な男と、銀髪の女だけが腰を上げずにいた。
「おい! お前らはいいのか!?」
刺青男は残った3人に言葉を向ける。
「へっ! 悪魔は、頭数揃えたからって勝てる相手じゃねぇよ!」と大柄な男は言う。
「私は、お前らと行動する気はない」と銀髪の女は言う。
「2人の意見を足したのが俺の意見だよ」と俺は言う。
刺青男は「馬鹿な奴らだ」と吐き捨て、5人を連れて階段を下りていった。
部屋に、俺と、大柄な男と、銀髪の女だけが残る。
俺は天井を見上げる。
10メートル上に緑のスライムの膜。あそこまで登るのは無理だろうな。この部屋の壁は凹凸が少なく、掴める場所がない。迷宮から脱出するのは物理的不可能。
腰を上げ、部屋にある人骨を見る。
骨にあまり破損が見られない。殴られた形跡や、噛み砕かれたりした形跡が一切ない。恐らく、死因は餓死。ここにある死骸は悪魔に殺されたわけじゃない、だとすれば、ここに悪魔は来ない可能性が高い。
そして、ここでいくら待っても食料および水は沸いて出たりしない可能性も高い。つーか、ほぼ間違いなくそうだ。
生きるためにはどのみち、進むしかないってわけか。
(無策で進むのは危険だ)
いま俺の体調は万全じゃない。
最後にメシ食ったのは12時間前。ベストパフォーマンスはできない。
しかも武器もない。
悪魔を相手にするなら、『空腹を満たすこと』と『武器を手に入れること』は必須。
この条件を満たす悪魔の案が、俺の頭にはある。
まず、この部屋にいるあの巨漢を殺す。そしてあいつの肉を食らって腹を満たす。そんであいつの骨を武器にする。
他に策が出なかったら、実行するしかない。
そんなことを考えていると、階段の先から多数の悲鳴が響いてきた。
「ふん。先に行った連中の声だな」
大柄な男はそう言って笑った。
断末魔の叫び、というやつか。
ご愁傷様。
「おい」
大柄な男が銀髪の女に近づく。
「どうせよ、このまま俺達は死んじまうんだ。だからよ、最後に良い思いしないか?」
男は舐めるように女の肢体を見る。俺も釣られて、彼女の体を見た。
腰まで伸びる銀色の髪、
白くて張りのある肌、
血のように、真っ赤な瞳。鋭く尖っていて、刺々しい。
胸は大きく、囚人服を引っ張り上げている。
歳は俺より上だ、18~20ぐらいかな。
こんな掃きだめでも、高貴なオーラを感じる。とても罪人には見えない。
(この世に、あんな美人がいるとはな……)
俺が見てきた女性の中で、最も美しい。
ハッキリ言おう。俺は彼女に一目惚れした。
「……お前の言っている意味がわからない。お前は、私になにを要求している?」
「脱げ、って言ってるんだよ。服を全部脱いで、犬のように舌を出せ」
おいおい、ここでおっぱじめるつもりか?
男は強硬手段の構えだ。
「それはできない。父より、裸は心を許した者にのみ晒して良いと習っている」
(変な断り方だな……)
助けるか?
いや待て。タイミングが重要だ。
もうちょい追い詰められてから助けた方がポイント高いだろ。
「テメェの父親の言葉なんざ知ったことかよ!!」
男が女に襲い掛かる。
(やばい、タイミング間違えた!)
慌てて俺は飛び出すが、到底間に合わない。
男が、女の胸倉を掴んだ――と思ったら、
「ぐへあっ!?」
男の巨体が大きく宙を舞った。
女が拳を握っているから、きっと彼女が殴り飛ばしたのだろう。それにしても――まったく殴る動作が見えなかった。
男は地面に伏し、動かなくなった。
(つ、つよぉ……!)
間違いなく、俺より強い。
「そろそろ行くか」
女は1人、階段の方へ向かう。
俺は立ち上がり、女の背中を追う。
「待て!」
と言うも、女は止まらず、階段を下っていった。
(くそっ!)
俺は階段を下りた。
◆〈ティソーナ〉第二層◆
階段を下った先には、薄暗い一本道があった。一定間隔でロウソクが設置されていて、ロウソクの火で道は明るい。
「待てって!」
「む?」
ようやく、女は足を止めた。
「アンタ、すげぇ強いな。何者だ?」
「私は……」
ゾク。と背筋に悪寒が走る。
女の後ろに、角の生えた、筋肉質の人型のなにかがいた。
(あれが、悪魔か!?)
人型悪魔は腕を振り上げる。
「避けろ!」
俺の警告は無意味だった。
間に合わなかった、という意味ではない。必要ではなかったという意味だ。
女は、いつの間にか悪魔の頭をもぎ取っていた。そんで握りつぶした。紫色の血が飛び散った。
「私はハーツ=ヴァンクード。悪魔祓いだ」
「エクソシスト……ってなんだ?」
「悪魔を討伐する専門家だ」
「聞いたことない」
「やはり、この国ではエクソシストはあまり知られていないようだな。エクソシストを名乗ったら『魔女だ』と言われて投獄された」
「そりゃ災難だったな」
「いいや、そうでもない。私はこの迷宮を作り出した悪魔に用があって、この国まで来たのだからな。“迷宮流し”になったのは不幸中の幸いだ」
不幸中の幸いはこっちの方だ。
悪魔を討伐する専門家と、奇跡的に同じタイミングで“迷宮流し”を受刑したんだからな。
「アンタはこれから迷宮を攻略するのか?」
「そういうことになる」
「だったら俺も一緒に連れて行ってくれ! 雑用でもなんでもやる!」
「断る」
女――ハーツは、冷たい瞳で見てくる。
「勘違いするなよ。私はエクソシストだが、善人ではない。現に、私は先に行った6人を見捨てているし、さっきの男にも致命傷を与えた。一般人ならまだしも、罪人であるお前らを守る義理はない」
「俺は……冤罪で罰せられたんだ」
「嘘をつくな」
ハーツは俺を指さし、威圧を放ってくる。
「ここに入れられた9人の中で、お前が一番邪気を孕んだ目をしていた。初めてだ。エクソシストでも悪魔でもない奴に恐れを抱いたのは……」
そんな怖い眼をしていただろうか。今後は気を付けよう。
「話は終わりだ。さよならだ」
ハーツは地面を蹴り砕き、走り出した。
「勝手に終わらせんなよ……!」
俺は走ってハーツを追いかける。
せっかく見つけた、地上に繋がる糸。ここで見逃すわけにはいかない。
(なんつー、速さだ!)
太ももがはち切れるぐらい力を出しているのに、どんどん距離を離されていく。
しかもアイツは、通せんぼしてくる悪魔を殺しながら走っている。
途中、他の受刑者たちの死体が見えたが、足を止めることもせず、追い続ける。余計な思考はなしだ、走ることに、追うことに集中しないとあっという間に見失う。
「……驚いたな」
ようやく、ハーツが足を止めた。
「2割の力で走っている私に、生身で追いつくとはな」
「だーっ! はーっ!! ……い、今ので2割かよ!!」
とんでもねぇぞこの女! 馬より速いんじゃないか!?
「……そうだ、良いことを思いついた」
ハーツは俺の方を向く。
ハーツは俺を指さし、予想外のことを言い出す。
「お前、私の弟子になれ。そうすれば同行を許可する」
えーっと?
「はあ? 弟子? それってつまり、俺にエクソシストになれって言ってんのか?」
「そうだ。最近、教団が『弟子を取れ』とうるさくてな」
教団? ってのは、エクソシストを雇ってる組織だろうか。
「いやいや勘弁してくれ。俺はここから無事に出たいだけだ。それに弟子なら、ここを出た後探せばいいだろ?」
「これまで多くの弟子を募ったが、全員、私の修行に耐え切れずに逃げ出した。どうやら私の指導は地獄らしい。何人か殺しかけたこともある。『こんな修行を受けるぐらいなら死んだ方がマシだ』と言ったやつもいたな」
まだ少ししかこいつと接していないが、なんとなく容赦のない人間だということはわかる。
「尚更お断りだ。俺だって根性のある方じゃない。弟子になったところですぐに逃げだすぜ」
「逃げ出せるのか?」
「なにを言って――」
そこで俺は気づく。
この女が考えている非道な策に。
「この迷宮内において、安全なのは私の近くだけだ。つまり、私から逃げれば待っているのは死だけ」
「こ、の野郎……!」
弟子入りを断れば、こいつは今度こそ俺を巻くつもりだろう。
弟子入りすれば、地獄の修行とやらが待っている。そして修行に耐え切れず逃げ出せば、俺は悪魔に殺される。
あれ? 詰んでね?
「さぁ選べ少年。弟子オア死刑だ」
選択の余地なんて、あってないようなもんだ。
「……上等だ。地獄を歩いて生還してやる」
こうして、俺は剣闘士からエクソシストにジョブチェンジした。
なーに、迷宮を攻略するまでの辛抱だ。迷宮を攻略したら剣闘士からもエクソシストからも足を洗って、自由に生きてやる。
弟子になった俺に、まずハーツが聞いてきたのは、
「お前は、悪魔と戦ったことがあるか?」
「ない。見たことすらさっきのが初めてだ」
「なら戦ってみろ」
ハーツは俺の背後を指さす。
俺の後ろには、子供ほどの背丈の鬼が立っていた。人型の鬼だ。肌が青く、角を2本生やしている。筋肉はあまりなく、細身だ。
(よくよく考えれば、俺が悪魔に勝てないって、決まってるわけじゃないよな)
鬼は飛び上がり、俺の喉ぼとけに噛みつこうとする。
――遅い。
俺は悪魔の腹を蹴りつけた。
「なんっ!?」
――だよ、この蹴り応えの無さは!?
まるで粘土を蹴ったみたいだ。
俺は鬼の背後に回り、首を腕で絞める。だが鬼は苦しむ様子は見せても、一向に死ぬ気配はない。
「悪魔は生身では傷つけることはできない。悪魔を叩くには、霊力が必要だ」
そう言ってハーツは右手を出す。ハーツの右手はなんの変哲もないが、なにか大きな力を感じる。何らかの力が彼女の手に集まっているのは感覚で読み取れる。
ハーツは手刀を振るい、俺が取り押さえていた悪魔の胸を貫いた。悪魔は四散する。
「霊力は全人類に存在するものだ。ただ、自覚していないだけでな。エクソシストになるのに霊力の自覚は必須だ」
「どうすれば霊力を引き出すことができる?」
「方法は3つある」
ハーツは人差し指を立てる。
「まず1つ、『悪魔を憑りつかせる』。
人間は悪魔に憑りつかれると反射的に己の霊力で追い出そうとする。お前の潜在的霊力が高ければ、強引に霊力を引き出し悪魔を追い出す。そして霊感を掴むことができる。成功率は5%、失敗すれば死亡もしくは廃人」
「却下だ!」
「方法その2。『死の淵を彷徨う』。
生死を彷徨えばたまに霊感が掴める。具体的な方法としては、私が一方的にお前をボコボコにして瀕死にする。運よくお前が霊感を掴み、運よく命を留めることができれば霊力を得られる。霊感を掴める可能性は10%、失敗し蘇生に失敗すれば死ぬ」
「却下!!」
「方法その3。『“洗礼の果実”を食べる』。
“洗礼の果実”は教団が人工的に作った果実だ。これを食べることで霊感を掴めることがある。成功率15%、失敗しても死なない。一番安全で安定な方法だが、いま手元に果実はないからこの方法は使えない。どうする少年、方法その1とその2、どっちがいい?」
「……どっちも嫌なんだが」
ハーツは背中を向ける。
「ならば、お前を弟子にはできない。ここでおさらばだ」
「選べばいいんだろ! 選べば!」
生存率がすでに1割を切ってしまった……。
(一見、その2の方が良さそうに見えるけど、霊感を掴める可能性が10%なだけで、そこからこの医療設備のない場所で瀕死の状態から回復できる可能性を合わせると……1%以下だ)
ならば、
「その1だな」
「わかった」
「つーかよ、俺ってこれまで何度も瀕死になったことあるんだけど、生死を彷徨っても霊感なんて掴めなかったぜ。その2の方法で駄目だった俺が、その1の方法をやったからって霊感を掴めるのか?」
「大丈夫だ。その2とその3で駄目でもその1で霊感を掴めた者は多く存在する」
「それなら安心だ。いや……安心ではないか」
5%……失敗すれば死ぬか、廃人。
でもやらなきゃコイツは俺を置いて先へ進む。脅しじゃなく、コイツはマジで俺を置いて行くだろう。
ハーツは怖気づく俺に「ところで」と言い、
「これまで何度も瀕死になったと言っていたな。お前、ここに来るまでなにをしていた?」
「剣闘士だよ」
「剣闘士……聞いたことがある。たしか、闘技場で見世物として決闘を繰り返す戦士だったか」
「そうだよ。334戦321勝13引き分け。それが俺の成績だ。引き分けは互いに戦闘続行不可能になった場合のこと。だから引き分けの数だけ俺は瀕死を経験している」
ハーツは腕を組み、なにか考え込んでいる。
「……なるほど」
ハーツは組んだ腕を解き、俺に背中を向ける。
「雑魚悪魔を捕まえてくる。その内に覚悟を決めておけ」
「あいよ」
ハーツは一瞬で姿を消し、一瞬で戻ってきた。手には小さな鬼が握られている。
「覚悟は決まったな」
「猶予が短すぎるっ!」
「目を閉じて、力を抜け」
ったく、落ち着く暇もありゃしない。
瞼を下ろし、脱力する。
「頭の中に憎い相手を浮かべろ」
憎い相手……憎い相手……マハルトだな。
「そいつに殺意を向けろ」
あの野郎、ここから出たら真っ先にぶっ飛ばす!
「どんな手を使ってでも、そいつを殺したいと願え」
(どんな手を使っても……マハルトをコロ——)
瞬間、全身に力が漲った。
「うっ――!」
体のコントロールを失った。胸から淀みが広がっていく。まさか、悪魔が体に入ったのか?
瞼が勝手に開く。すでに目の前のハーツは悪魔を持っていなかった。やはり、俺は悪魔に憑かれたようだ。
右手は勝手に握られ、俺はハーツに殴りかかった。
「うおおっ――ぶへあっ!?」
ハーツは俺の腹を蹴って反撃した。
俺はその場にうずくまる。
「次、私に襲い掛かってきたら殺す」
(スパルタ過ぎるだろ!!)
ツッコミの声すら出せない。
「早く自分の魂の部屋を見つけ出せ」
(魂の、部屋……?)
「お前の“心”だ」
自分の体内に意識を向ける。
臓器よりもさらに深い所へ――
◆魂の部屋◆
牢屋に行きついた。
「ここは……?」
意識、俺の魂の部屋。
牢屋だ。鉄格子が目の前にあって、その奥にさっきの悪魔がいる。
俺が看守で、悪魔が囚人みたいだ。
パッと視線を下ろすと、俺の腰に鍵がぶら下がっていた。俺は腰の鍵を手に取り、目の前の牢の扉を開ける。
「【ギギッ!!】」
悪魔は叫び、飛び掛かってくる。
俺は悪魔を首を右手で掴み、睨みつける。
「おい、アホ鬼。とっとと俺の中から出て行け」
「【ギ……ギッ!】」
悪魔は反抗する。
俺は声色を低くして、再度忠告する。
「……殺すぞ」
「【ギ!?】」
悪魔は頬に汗をつたらせ、その体を消滅させた。
◆◆◆
「――は!?」
意識が魂から現実に戻る。
目の前にはさっきの悪魔がいる。俺から飛び出た感じだ。
(なんだ、これ)
俺の体に、青色のオーラが見える。悪魔にも、紫色のオーラが見える。
「それが霊力だ」
「これが……」
生まれ変わった気分だ。
「【ヒギッ!!】」
悪魔が俺に背を向け、逃走を始めた。
俺は霊力を纏い、悪魔の進行方向に先回りする。脚力が段違いに上がっている。
俺はポケットに手を突っ込んだまま、蹴りで悪魔の顔面を蹴り砕いた。
「霊感は完璧につかめたようだな」
ハーツはその鉄仮面の口角を、初めて上げた。
(これで俺は悪魔を倒せるようになった)
もう自衛できるだけの力は備わった。後はハーツが迷宮をクリアするまで時間を潰すだけでいいのでは?
ここで、コイツの弟子をやめてしまっても――いいんじゃないのか?
――否。
俺は今、好奇心を抱いてしまっている。
この霊力の先にある技に、術に、興味を持ってしまっている。
「へい師匠。次の修行はまだかい?」
「ふん、調子の良い奴め」
◆ハーツ視点◆
ハーツ=ヴァンクード。
エクソシストならば、その名を知らない者はいないというほどの傑物だ。
齢10歳でエクソシストになり、それから13年で第七教団の枢機卿となった天才。そんな天才が畏怖する才能が、目の前にあった。
(この霊力は……)
霊力に目覚めたエルが発したオーラは、ハーツの想像を超えるものだった。
(霊力だけで言えば、すでに司教のレベルはある)
教団の階級は6つ。
―――――――――――――――――
教皇(1人)……七つある教団を統べるエクソシスト。エクソシストの頂点。
枢機卿(7人)……一から七まである教団をそれぞれ担当するエクソシスト。
大司教(28人)……枢機卿を補佐するエクソシスト。
司教(200人)……大司教を補佐するエクソシスト。
司祭(2500人)……下っ端エクソシスト。エクソシストはまずこの階級から始まり、大抵のエクソシストは生涯司祭のまま終わる。
助祭(6000人)……エクソシストを補佐する一般人。
―――――――――――――――――
基本的に、強い順に階級は決まる。
エルはすでに司教に匹敵するだけの霊力を発していた。これは異常なことである。
(恐らくは“逆境転生”の影響だな)
“逆境転生”とは、死の淵を彷徨わせることで霊力を覚醒させる方法を言う。ハーツが示した3つの霊感を掴む方法の内、その2に値するもの。
(“逆境転生”で霊力に目覚めた者は、他2つの方法で霊力に覚醒した者より多量の霊力を持つとされている。90%の人間は“逆境転生”を行っても霊感も掴めず、霊力も増えることなく死ぬか生き返る。9.9%の人間は霊力を増やし霊感も掴める。こいつはそのどちらにも当てはまらない存在。“逆境転生”をえて、霊感は掴めなかったが霊力は増やせた者だ)
決闘において引き分けとなった回数、13回分の“逆境転生”の積み重ねだ。
しかし、“逆境転生”は本当に死の淵まで追い込まないと成せない業。エルは11回も死の淵を彷徨い、生還したということになる。異常なことだ。
(純粋にタフなんだろうな。強力な生命力、それがこいつの才能なのだ。……面白い。殺すつもりで追い込んでやろう)
ハーツは不気味に笑った。
◆エル視点◆
霊感を掴んだところで、俺達は迷宮攻略を再開することにした。
「少年。名前はなんと言う?」
「エルだ」
「ではエル、まずは迷宮のセーブポイントに行くぞ」
「セーブポイント?」
「水や果物がある階層だ」
「随分と人間側に都合の良い階層があるんだな」
「家畜に餌をやるのと変わらん。我々を太らせて食べた方が効率的だからな」
セーブポイントを目指して、ハーツは歩き出した――のだが、
「おい」
俺はハーツを呼び止める。
「なんだ?」
「そっちは来た道だろ。第一層に戻る気か?」
「……そうだったか。間違えた」
ハーツは改めて奥に進みだす。
悪魔に出くわさないまま、突き当りに行きつく。
道は左右に1本ずつ。
「右に行くぞ」
ハーツの先導で右の道へ行く。
しかし、残念ながら道は行き止まりだった。
「戻るぞ」
道を戻っていく。このまま真っすぐ行けば、さっき選択していない道に入るのだが、なぜかハーツは左に曲がった。
「ちょっと待て」
「なんだ?」
「そっちはいま通って来た道だ」
「そうだったか? すまん。間違えた」
ハーツは反転し、また突き当りへ。
左右に一本ずつ道がある。右はもう行った道だ。なのに、ハーツは右の道へ入った。
「……待った」
「なんだ?」
「あんた……方向音痴って言われないか?」
ハーツは無表情のまま、
「自慢じゃないが、百度通った道も覚えん」
「ほんとに自慢じゃねぇな! 後ろへ行け。俺が前を歩く!」
隊列を変更し、先へ進む。
(しかしこいつ……結構天然気質だよな)
今まで隙がない感じだったから、ちょっぴり可愛げを感じた。
歩くこと5分。俺達はまた悪魔に出会った。
六つ目で、真っ黒な体毛を持つ犬。戦闘態勢になる俺に反して、ハーツは腕を組み、壁に背を預けた。
「どういうつもりだ?」
少し怒りつつ、俺は聞く。
「私は手を出さない。迷宮はお前が攻略しろ」
「はぁ!?」
「アドバイスはしてやる。だが絶対に手を貸したりはしない。例えお前が死のうとも、私は傍観する」
「そりゃきつ――」
話の途中で、悪魔犬は吠えながら俺の首に噛みついてきた。
(いって!?)
霊力でガードしても、首の皮は貫通され、血が滴る。
俺は犬の尻尾を掴み、引きはがし、そのまま地面に叩きつけた。
「……子犬が!」
「油断するな。人間の血に、悪魔は群がる」
前後から多数のプレッシャーを感じた。
さっきの悪魔犬と同種の悪魔が何匹も、俺達を囲んでいる。
「おいおい……!」
「どうした、もう限界か?」
「……弟子が逃げ出すわけだぜ」
そこからは地獄の時間だった。
悪魔の大群を相手に、拳を振り回す。倒しても倒しても悪魔は湧いてくる。
ハーツは自分に襲い掛かってきた悪魔を瞬殺するだけで、俺に対してはなにも支援してくれない。たまに「油断するな」、「限界か?」、「その程度か?」と声をかけてくるだけだ(ただの迷惑)。
悪魔を倒しながら迷宮を進んでいき、俺は階段を見つける。
「あった! 次の階に繋がる階段だ!」
俺は階段を下った。
◆第3層◆
階段を下った先にあったのは――オアシスだった。
「セーブポイントだな」
周囲は岩壁。部屋の中央には湖があり、湖の周りには木がある。木には木の実が成っている。幸い、悪魔の姿は見当たらない。
他の部屋に繋がるような道はなく、いま下りてきた階段のすぐ隣に下へ繋がる階段がある。
部屋の中を一通り見まわしたら、頭がクラッとした。
(やっべ)
意識の糸が悲鳴をあげている。
俺はその場に膝をつく。視界は霞んでいく。
初めての感覚だ。体の芯から力が消えていくような感覚。
「霊力を消費し過ぎたな。霊力がなくなれば魂は休憩に入る。魂倒、というやつだ」
「は、初耳だ……」
俺はそのまま倒れこむ。
「……やれやれ、看病ぐらいはしてやるか」
最後にそんな言葉を聞き届け、俺は魂倒した。
◆◆◆
魂倒から目を覚ました俺は、ハーツが用意してくれた果物を食べていた。リンゴの見た目にみかんの食感の果物だ。味はほとんどない。
「エル」
ハーツが湖の側で『こっちへ来い』と手を振る。
湖に近づくと、熱気が肌を撫でた。
「こいつは……湖じゃ無くて、温泉か!」
「そのようだ」
「へぇ! いいじゃねぇか。入ろうぜ。どうする? あんたから入るか?」
「断る」
「ん? じゃあ俺が先にもらっても――」
「一緒に入ろう」
「え?」
聞き間違い……だよな?
「師弟は共に湯につかると仲間から聞いたことがある」
聞き間違いじゃなかった。
「いや、でもそれは……同性の師弟の場合で……」
「嫌なのか?」
「いいや、一緒に入りましょう。お師匠!」
地獄が天国に早変わりだ。
◆
俺はいま、美人のお師匠と同じ湯につかっている。
タオルなんてないからお互い体を隠すことはできない。全身をさらけださなければならない。真っ裸だ。
ま、視界は真っ黒なんだけどな。
「……ったく、こりゃないぜ」
俺は囚人服のズボンで目から上をぐるぐる巻きにされた。
「父より、裸は心を許した者にのみ晒して良いと習っている」
「そういや、そんなこと言ってたな……」
なんてこった。これなら別々に入った方がマシだった。と思ったんだが、
「……っ!?」
ピト。と、背中に、モチッとした感触が当たった。人間の体温を感じる。首に、くすぐったい髪の毛の感触がある。
「ふぅ」
甘い吐息が、真後ろから聞こえた。
間違いない。いま、俺はハーツと背中合わせになっている。
「しかし、この迷宮は優しいな」
「優しい?」
「ああ。第一層に悪魔を配置しない。道は全て明るく、セーブポイントを浅い層に設置する。悪魔もそこまで強くない。こちらに都合がよすぎる。10歳の時からエクソシストとして働き、多くの迷宮を踏破してきたが、こんなにも優しい迷宮には遭遇したことがない」
「そうなのか。ってかあんた、そんなガキの頃からエクソシストだったのか!?」
「ああ」
「……どうしてエクソシストになったのか、聞いてもいいか?」
「深い理由はない。なるべくしてなっただけだ。物心ついた時からエクソシストになるための訓練が始まった。優れたエクソシストを作るため食事を与えられ、優れたエクソシストを作るため寝床を与えられた。私も……そして、妹も」
「つまんねー人生だな」
俺も人のことを言えた義理じゃないけど。
「エクソシストになる動機って、『悪魔に家族を食われたから』とか、『悪魔から人類を守るため』だとか、そういうモンじゃないのか?」
「お前の言う通り、ほとんどの人間はそういう動機さ。私が特殊なんだ。……私は、復讐のために、誰かを守るために戦うという人間が理解できない。生まれた時からただ、『悪魔を滅ぼすため命を賭けて当然だ』と教え込まれていた。そこに『誰かのために』という感情はない。私には、守りたい人間というのがいない」
ハーツは、少しだけ落ち込んだ声で、
「私には好きな人間が存在しない。だから、彼らが羨ましく感じる時がある。私にも守りたい大切な存在が居れば、もっと私は……彼らのように、強くなれたのだろう」
こいつの気持ちは少しだけ……わからんでもない。
俺も同じだ。守りたい人間が居ない。守る強さというものがない。
俺とこいつは同じ弱さを抱いている、それなら、
「ならよ、俺の恋人にならないか?」
なんてことない調子で俺は聞く。
「……恋人とは、両想いの間柄を言うはずだ。婚約を前提とした付き合いをしている関係を言うのだろう」
「そうだ。別にいまあんたが俺のこと好きじゃなくても、デートを重ねる内に俺のこと好きになれるかもしれないだろ? 誰かを好きになりたいなら、好きになる努力をまずしようぜ」
「断る」
バッサリと言われた。
「父によって決められた婚約者がいる。だから、私はお前と婚約を前提とした付き合いはできない」
「なんでもかんでも父親の言うとおりかよ。もうおとなしく父親の言うことを聞く歳でもないだろ?」
「私の父はエクソシストの頂点、教皇だ。エクソシストである以上、私は父親には逆らえない」
父親だからではなく、教皇の命令だから逆らえないってわけか。
それにしても父親がエクソシストの頂点とはね。だからずっとエクソシストとしての教育を受けさせられたわけだ。
でも、ムカツクな。
まだ見たこともないハーツの父親に憤りを感じる。娘の人生を全部操る気かよ……。
「それなら、俺があんたの親父より偉くなれば、あんたは俺と付き合ってくれるのか?」
俺が聞くと、数秒の沈黙が流れた。
「ほ、本気で……言っているのか?」
ハーツがはじめて、動揺した声を出した。
「大真面目さ。で、どうなんだ?」
「それは……お前が、父より偉くなったのなら、私に拒否権はないだろう、な……」
「ははっ! じゃあ決まりだ。俺はあんたの父親より凄いエクソシストになって、あんたを貰い受ける」
いいね。
俄然、エクソシストの修行をやる気になってきたぜ。
「……ふっ。まぁいい。やれるものならやってみろ」
そう言うハーツの声は、どこか嬉しそうだった。
◆1ヶ月後 第54層◆
迷宮に入ってから1ヶ月が過ぎた。
ずーっと悪魔を倒して、次の階へ行って、悪魔を倒して、たまにセーブポイントに行きついての繰り返しだ。ハーツは依然として手を貸してくれず、たまにアドバイスをくれるだけ。
階を進むごとに悪魔の種類も変わっていく。数多くの悪魔を倒してきて、大体悪魔は3種に分類できることがわかった。
人型悪魔……人間の形をした悪魔。たまに多腕だったり、複眼だったりするけど、基本的に人の形をしている。比較的知能が高く、器用に動くため厄介。
動物型悪魔……犬や猫、牛や豚の形をした悪魔。素早く、集団でやってくるため面倒だ。
道具型悪魔……鎧とか、剣とか、タンスの形をした悪魔だ。剣に目がついてたり、タンスに口がついていたりする。不気味さ満点。独特の動きをするから動きが読みづらい。
それぞれに最適な戦い方を選択し、効率的に倒していく。
最初の10日で進めたのは12階までだったが、次の20日で54階まで進めた。着実に悪魔に対応できるようになってる。
何度か挫けそうになったが、その度マハルトの顔を思い出してモチベーションをリセットした。
よく、戦場に立つ兵士たちは愛する家族を想い、闘志を燃やすと言う。
俺はその逆だ。憎むべき相手を想い、闘志を燃やした。あの野郎はここから出たら、真っ先にぶち殺しに行く。それがモチベーションだ。
「ん?」
いつも通り迷宮を歩いていると、なにやら妙な部屋に辿り着いた。
鎧や剣、槍などの武器。さらには黄金のブレスレットやら、明らかに高価な指輪とかがある。
「宝物庫だな」
「財宝ざっくざくだな~」
「迷宮に入った人間から奪った物品をここに集めているのだろう」
「囚人から奪えるのなんか囚人服ぐらいだろ」
「〈アルファム〉の王家の墓があった場所に、この迷宮が生まれたと聞く。墓に供え物としてあった財宝がここに集まっているのかもな。もしかしたら、“迷宮流し”の狙いはこれかもしれん」
「狙い?」
「“迷宮流し”なんて刑罰、目的もなく作るわけがない。〈アルファム〉王家は囚人が迷宮を攻略し、王家の墓や財宝を解放されることを望んでいるのかもな。――ま、この辺りの話は私には関係ない」
「ついでに言や、俺にも関係ねぇ。いま重要なのは武器が手に入ったことだ」
俺は宝物庫に置いてある剣を拾う。
鞘から剣を抜き、刀身を確認する。
「ちっ、錆びついてやがるな。これじゃ使えない」
やっぱり剣は捨てた。
「先へ進もう。どうせ、こんな財宝持って迷宮は歩けないだろ?」
「そうだな」
宝物庫を出て、すぐに階段を見つけた。
俺とハーツは階段を下りる。
◆第55層◆
「なんだこりゃ?」
階段を下りた先には大きな扉があった。石で出来た扉だ。迷宮で扉を見るのは初めてだ。
「ボスの部屋だ」
「マジか! 迷宮攻略目前だな」
「違う。大ボスではなく中ボスだ。大迷宮にはちょうど真ん中のフロアに中ボスを置く」
「じゃあまだ半分かよ」
「この扉の先にいる悪魔はこれまでの悪魔とはレベルが違うぞ。気をつけろ」
「死にそうになったら助けてくれよ」
「それはできない」
「徹底してるなぁ……」
石の扉を押して開ける。
部屋は大きな円形。闘技場を思い出すな。
部屋の真ん中に、仮面を被った人型の悪魔が鎮座している。腰に剣のようなものを差しており、顔に仮面。ぱっと見人間かと思ったが、横顔は骸骨だった。
「侍だ」
後ろにいるハーツがそう言った。
サムライ……一度闘技場で戦ったことがある。刀とかいう剣に似た武器を使う輩だったかな。そうだ、アレは剣じゃなくて刀だった。
「【ココハ、通サン】」
サムライ悪魔はゆっくりと、腰を上げた。
その時、やつの全身から霊力が立ち上った。
(……凄まじい霊力! 俺よりも上か!?)
俺は慌てて霊力を纏った。
「【参ル!!】」
サムライ悪魔との戦いが始まった。
◆第52層◆
「あれから逃げられただけ、よくやった」
52層のセーブポイント。
敗走し、全身傷だらけの俺にハーツは言う。
「……歯が立たなかった。今の俺じゃ、あいつには勝てない」
「だろうな」
「どうすればいい?」
「安易に答えを求めるな。これまでのことを思い出せ、あれを倒すヒントはある」
って言われてもな……。
答えを出せない俺を、ハーツは見かねて、
「霊感を掴んだ時を思い出せ」
「霊感を掴んだ時……」
と言えば、あの悪魔に憑りつかれた時のこと。
そうだ。あの時、悪魔に憑かれた時、全身に力が漲ったのを覚えている。
「自分に悪魔を憑りつかせる、のか?」
「正確には悪魔を味方につける、だな。だが知っての通り、悪魔はそのままだと邪悪な存在、とても人間と同調することはできない。だから、エクソシストは悪魔を浄化し、神にする」
「神!?」
「悪魔を浄化し、己の守護神として手駒にするんだ」
ハーツは指を鳴らす。すると、ハーツの後ろに、霊力の塊が3つ現れた。
1つは棍棒の形をし、
1つは龍の形をし、
1つは全身を白装束で隠した人の形になった。
「これが私の守護神。悟空、玉龍、悟浄だ。元は全員悪魔だった」
ハーツが紹介すると、棍棒の霊は俺に近づき、
「【よろしくな、お嬢の弟子! 言っとくが、お嬢に手を出したら承知しねぇぜ!】」
「棍棒が喋った……」
「悟空は“付喪神”、棍棒に憑くことができる」
次に龍の霊が俺にすり寄り、頬を舐めてくる。
こいつ、霊の癖に、実体がある。
「玉龍は“式神”。この通り、霊の姿のまま実体化できる」
最後に白装束の霊が近づいてくる。
「【へぇ~。お嬢の弟子にしちゃ、美しさが足んねぇな。もっと自分磨きをしなよ、少年】」
「悟浄は“呪神”。人間に憑くことができる」
どいつもこいつも、迷宮で会った悪魔とは桁違いの霊力を感じる。
「悪魔を浄化して守護神にすると、必ず“付喪神”、“式神”、“呪神”のいずれかになる。悪魔が道具や武具の形をしていれば守護神にした時“付喪神”に、動物の形をしていれば“式神”に、人の形をしていれば“呪神”になる」
「迷宮内の悪魔を守護神にすれば、あのサムライ悪魔に勝てるってわけか」
「そうだ。エル、お前の魂の部屋の情景を覚えてるか?」
「えーと、牢屋だったな……」
「牢屋はいくつあった?」
「1つだ」
「それなら、お前がいま手持ちにできる守護神は1体ということになる。まずは“付喪神”にするか“式神”にするか“呪神”にするか決めろ」
俺はハーツに、3種類の守護神について詳しく聞いた。
―――――――――――
【付喪神】
物に憑りつく守護神。守護神自体が物の形をしており、その姿と同系統の物体に憑りつける。つまり剣の形をした守護神なら剣にのみ憑りつくことができるというわけだ。憑りついた物体に特殊な効果を付与(例:ただの剣を炎を纏った剣にするなど)する。さらに多量の霊力も付与する。
【呪神】
人に憑りつく守護神。人の形をしている。守護している人間に憑りつき、特別な能力を与え、霊力を増強させ身体能力も向上させる。
【式神】
霊体をそのまま実体化できる守護神。動物の形をしている。使い魔・召喚獣と言うこともある。単純に頭数を増やせるのが良い所だ。他2つに比べてエクソシストの技量の影響を良い意味でも悪い意味でも受けにくい。
―――――――――――
普通に考えりゃ、“呪神”と“式神”が安定して使えそうだ。
でも……、
「宝物庫に錆びた剣があっただろ。あれに剣の“付喪神”を憑かせれば、それなりに使えるようになるか?」
「“付喪神”が憑いたアイテムには霊力が大量に取り込まれる。あの錆びた剣でも、岩を斬ることができるようになるだろう」
「――決まりだ。俺は剣の“付喪神”を守護神にする。ここに来る途中で剣の形した悪魔も見た、あれを捕まえよう」
「“付喪神”か……3種の守護神の中で一番扱いづらいと思うがな」
「どうして?」
大体想像はつくけど。
「憑りつける道具がないと役立たずになる。例えば、この状況でも“式神”である玉龍と“呪神”である悟浄は使えるが、棍棒が手元にないから悟空は使えない」
「【役立たずって言い方はねぇぜ、お嬢……】」
「俺は剣士だ。とにかく剣がないとどうにもならん、それだけの話だよ」
逆に言えば、剣さえあればどうにでもなる。
「いいだろう。では、実戦で浄化の方法を教えよう」
◆第48層◆
48層。
剣の悪魔の居るフロアに足を運んだ。
「見つけた」
分厚く横幅のある刀身に、大きな口。柄には鋭く尖った瞳。
剣の悪魔だ。
「浄化の基本は脅迫だ。まず相手を瀕死に追い込め」
浄化という美しい響きに反して、基本は脅迫なのかよ。と俺は心の内でツッコむ。
「【ガァ!!】」
剣の悪魔が浮き上がり、俺目掛けて突進してくる。俺は刀身を右手の指でつまみ、突進を止め、左手で柄を掴み、剣の腹を膝に打ち付ける。
「【グッ! ガッ!? や、やめ……!?】」
5回ほど打ち付け、瀕死にしたところでハーツが次の指示をくれた。
「瀕死に追い込んだら脅迫だ。『俺と交渉しろ、さもなくば殺す』とな」
「おい、剣の悪魔。俺と交渉しないとぶっ殺す」
言われた通りにすると、剣の悪魔が黒い霧となった。
「悪魔は浄化の条件として、難題を振りかけてくる。それをクリアすれば、浄化は成立する」
次の瞬間、俺は意識を魂の内へと送られた。
◆魂の面会室◆
牢屋でなく、面会室。
机は1つ。俺と剣の悪魔は向かい合って座る。すると俺と悪魔を遮断するように鎖が壁を作った。俺と悪魔は互いの姿は見えるものの、接触不可能な状態になった。
「アタシをナンパするなんて、アンタ見る目あるじゃない?」
現実で会った時と違い、剣の悪魔は鮮明な声で、しっかりとした意思を持って話をしてくる。声は大人っぽい女性だ。
「でもね、アタシはアタシを使いこなせる男じゃないとついて行く気はないわ。アナタの剣の腕、見せてくれるかしら?」
これが交渉か。
悪魔の条件を飲めばいいわけだな。
「いいぜ。どうやって見せてやればいい」
「アタシと決闘しなさい。肉体はアナタに合わせる。剣は細剣一本。先に致命傷を与えた方が勝ち。アタシが勝った時は見逃してもらうわ。これは“ゲッシュ”よ」
「げっしゅ?」
「破れない約束のこと」
「なるほど。“ゲッシュ”ね。1つだけ異議がある」
「なによ?」
「俺が負けた時、アンタを見逃すだけじゃスリルが足りない。俺が負けた時は――自ら命を絶ってやるよ」
「言ったわね……じゃあ改めて、今の条件でいいのなら“ゲッシュ”と口にしなさい」
俺と剣の悪魔は椅子から体を離し、
「「“ゲッシュ”」」
と口を揃えて発言する。
さらに空間が移り変わる。
◆魂の闘技場◆
見慣れた光景。俺が戦っていた円形決闘場だ。
手には鞘に収まった細剣。
正面には俺とまったく同じ姿をした男が立っている。男の装備も俺と同じだ。
「では尋常に、勝負と行こうかしら」
「鞘から互いに剣を抜いたらスタートな」
鞘から剣を引き抜き、勝負が始まった。
そして、一瞬で終わった。
「嘘、でしょ……?」
俺は剣の悪魔が足に力を込めている途中で、その胴体を斬り抜けた。
「……アタシの、名は……シェリーよ……」
「これからよろしくな、シェリー姐さん」
空間が真っ白になり、意識は現実に戻る。
◆第55層◆
第55層、ボス部屋。
俺は腰に剣を引っ提げて、再びサムライ悪魔と対峙する。
「【ホウ。懲リズニ又来タカ】」
「今度は前と同じようにはならないぜ」
俺は宝物庫から持ってきた錆びた剣を鞘から引き抜く。
「シェリー姐さん。出番だ!」
「【あいよ、ダーリン】」
錆びた剣に、シェリー姐さんを押し付ける。
「憑神ッ!!」
すると、剣から錆がなくなり、強大な霊力が込められる。
「【アタシの能力は憑りついた剣をベストコンディションにすることよ。その名も“愛撫研磨”♡】」
「良い能力だ」
光沢を放つ剣を手に、サムライ悪魔に斬りかかる。
1分に渡り、剣戟が繰り返される。
(いいね。一度勝てなかったボスに、レベルを上げて再挑戦。前は手も足も出なかったのに、今はハッキリと勝ち筋が見える)
やっぱり剣はいい……手に馴染む。素手の俺の戦闘力が10なら、剣を持った俺は戦闘力200ぐらいはある。しかもこの剣は霊力で守られているから、折れる心配もない。全力で振り抜ける――!
「【ヌゥ!? 剣ヲ持ッタダケデ、コレホドノ……!】」
(さすがに、脅迫する余裕はないな)
このサムライ悪魔は相当強い悪魔、守護神に出来たら心強かったんだがな。
まぁいいか。シェリー姐さんの能力は使いやすいし。
――もうくたばっていいぞ、オマエ。
「さよならだ」
「【……っ!?】」
俺はサムライ悪魔の全身を斬り裂いた。
55層、攻略。サムライ悪魔が消え去ると、部屋の奥に下へ繋がる階段が現れた。
「見事だ」
ハーツは拍手をし、小さく笑っている。
「剣士とは聞いていたが、これほどとはな。剣技だけで言えば、私が知るエクソシストの中でも五指に入る」
はじめて、ハーツから真っすぐな誉め言葉を頂いた。
「霊力の扱いも最初に比べてかなり上達した。成長したな、エル」
ハーツは嬉しそうだった。
顔が熱い。普通に照れてしまう。
◆2ヶ月後 第100層◆
迷宮に入って3ヶ月が過ぎた。
現在、第100層。ついに3桁の大台に乗った。
「ようやく100層か」
サムライ悪魔が居た次の階から悪魔のレベルが急激に上がった。守護神の力でもっとサクサク進めるかと思ったが、かなり難航した。
「中ボスが55層に居たからな。恐らく、迷宮の主は110層付近だ」
「いよいよだな」
サムライ悪魔よりももっと強い悪魔。正直、勝てるかどうか微妙なとこだな。
「迷宮主についてだが、迷宮主とは私が戦う」
「え? どうして?」
「これだけの大迷宮を作れるんだ、迷宮主は相当な悪魔だと予測できる。是非とも手持ちの守護神にしたい。私の魂の部屋は5つあり、今は4つ埋まっている。1つ空きがあるんだ」
「なるほどね……」
ラッキーと思う気持ちが半分、ここまで頑張ってきたから迷宮主も俺が倒したかった気持ち半分だ。
それから順調に100層を踏破すると、次の階で、
「予想より浅かったな」
ハーツは目の前の蝋の扉を見てそう言った。あのサムライ悪魔が居た部屋の扉によく似てる。それにしても、なぜ蝋なんだ?
「私が先に入る」
ハーツは蝋の扉を押し開く。
部屋の中は真っ暗だった。俺とハーツが数歩踏み込むと、いきなり部屋中が明るくなった。中央で巨大な炎が作られたからだ。
「凄まじい熱気、それに霊力だ!」
ハーツの言う通り、猛々しい霊力を感じる。
「【待っていたぞ! エクソシストォ!!】」
そいつは真っ白な体をしていて、真っ赤な炎を噴出していた。
それは巨大な巨大な――ロウソクだった。
「は?」
「……」
巨大なロウソクに、雑な眉と目と鼻と口を書いただけ。蝋の手足も生えている。
これは……あれだ。浄化したらきっと、ロウソクの付喪神になる。
ロウソクの、付喪神だ。
「気が変わった」
ハーツは部屋の壁に背を預け、腕を組む。
「あれはお前にやる」
「いらねーよ!」
「【お前らぁ! なんでそんな遠くに居る? もっと近くに来い!】」
ロウソク悪魔は若い男の声をしていた。
ハーツは動く気なし。仕方なく、俺はロウソク悪魔の近くに行く。
「【俺様の名前はティソーナ! この迷宮を作り出した悪魔だ!】」
「ぶっ飛ばしていいか?」
「【まぁ待て。まずは俺の話を……】」
「もうぶっ飛ばしていいだろ?」
「【話を聞け! 悪魔より短気だなテメェ!】」
ロウソク悪魔はロウソクの癖にゴホンと咳払いし、
「【まぁなんだ。俺様はお前らのような優秀なエクソシストを待ってた】」
待ってた?
予想外の展開だ。
「【この迷宮はただの試練! 選りすぐりの勇者のみを俺様のところに通すためにな。まさか500年もこの迷宮を突破する者がいないとは思わなかったが……】」
「なにが目的だ?」
「【俺様に相応しいエクソシストを見つけることだ。見ての通り俺様はロウソクの悪魔、外に出れば太陽の光に身を焼かれ溶けちまう。誰かの守護神にならなきゃ、ロクに外を歩けねぇのさ】」
(悪魔だけど不憫なやつだ)
俺は剣を抜き、ロウソク悪魔に向ける。
「悪いが、俺も師匠も、お前を必要としていない。ここでくたばってくれ」
「【なっ!! 待ってくれ、俺様はまだ……!】」
「どうしても俺達の守護神になりてぇなら、それだけの力を示してみろよ」
「【おぉ、なるほど。乗ったぜその話!!】」
ロウソク悪魔は芯から炎を天井に向けて発射する。
天井を覆いつくす炎塊は無数の炎の球へと姿を変え、俺のいるところへ降ってくる――!
「マジかよ……!」
「霊力のポテンシャルは凄まじいな」
俺は全力で走り、炎球を躱していく。
1つ1つの炎球の火力は異常だ。地面を溶かして大穴を作ってやがる。一発でも貰ったらアウト!
「この野郎――シェリー姐さん!」
「【OKよ! ダーリン!】」
「憑神ッ!」
剣にシェリー姐さんを憑りつかせ、ロウソクに斬りかかる。
(き、傷1つ付かねぇ!)
ダメージは与えられなかった。
今のでダメなら俺の攻撃でダメージを与えるのは不可能。
(一旦退くか?)
このままじゃ部屋中が炎で埋まっちまう。
ん? 待てよ。
ロウソクは火に溶けやすい性質だ。
こんな雑に炎をまき散らしたら……、
「【ぬわあああああああああああっっ!? 溶けるぅううううううう!!!】」
ロウソクの悪魔は最初見た時より、体を大きさを半分ぐらいにしていた。
「馬鹿だなお前……もうなにもしなくても俺の勝ちじゃねぇか」
おしまいおしまいっと。俺は剣を鞘に納め、部屋の扉を目指す。
「【馬鹿だと! 許しまじき暴言!! これでも喰らえ!】」
ロウソク悪魔はさらに火炎をまき散らした。
「てめっ!?」
火炎は俺の行く手を阻んだ。退路も進路も炎の壁に塞がれた。
「なにしてんだお前! こんなことすりゃお前もいっそう早く溶けることになるんだぞ!?」
「【だっはっはぁ! 死なばもろともじゃい!!】」
まずい。まずいまずいまずい!
このままじゃロウソク悪魔より先に俺が焼け死ぬ!?
「エル!」
ハーツの声が炎の向こうから聞こえた。
「迷宮を攻略すれば迷宮はなくなり、外に出れる。窮地を脱するには、もう迷宮を攻略するしかない!」
俺の攻撃は奴には効かない。
ならば――
(くそ! くそっ!! もう、もうあの方法しかないってのか!!)
残された最後の手段。それは――
「交渉だ!」
炎が部屋を包む直前で、俺はティソーナを魂の内へ引きずり込んだ。
面会室で俺はティソーナと対峙する。
「こうなったら仕方ねぇ! お前と契約してやる!」
「ようやくその気になったか! しかし、欲を言えばあっちの女の方が良かったがな」
「テメェが選べる立場かよ! いいから早く俺の守護神になれ!」
「待て! 条件がある」
「あぁん?」
「ただ外に出ることだけが俺様の目的じゃねぇ! 俺様は外に出て、あるモンを探したいんだ!」
「このままじゃ俺もお前も死ぬんだぞ? 条件なんて言ってる場合か?」
「これだけは譲れねぇぜ!」
ティソーナは腕を組んでそっぽ向いた。
「……わかった。わかったよ、条件ってのを言ってみろ」
「“不滅の蝋燭”を見つけることだ!」
「なんだそりゃ?」
一切聞いことのない名前だ。
「ロウソクの名前だ。そのロウソクはどんなことがあっても溶けない! 迷宮に迷い込んだ人間の1人から、俺様はこのロウソクの話を聞いた。“不滅の蝋燭”にさえ憑りつければ、俺様は不滅の存在になれる!」
「それを探すのを手伝えと?」
「そうだ! その代わり、俺様はお前を最強のエクソシストにしてやると約束しよう!」
「……了解だ。その条件でいい」
俺とティソーナは椅子から腰を上げ、声を重ねる。
「「“ゲッシュ”だ」」
契約は成った。
そして――迷宮は攻略となり、
3ヶ月振りに、俺は外に出た。
◆◆◆
3ヶ月振りの太陽の光を浴び、俺は背筋を伸ばす。
「なんとか間に合ったか」
「【500年ぶりの陽光、最っ高だぜ~~!!】」
ちびロウソクの霊体が肩に乗ってる。
はぁ、マジでこいつを守護神にしちまったんだなぁ……。
俺とハーツが立っていたのは巨大な石板の上。
石板の上には墓石が多く並び、墓石1つに対して銅像が1体立っている。
「迷宮がなくなり、元の王家の墓に戻ったか。珍しい墓の形だな。予想に過ぎないが、この銅像は墓の下に埋まっている人間を模した物だろう」
「どうでもいいぜ、そんなこと」
王家の墓の前には今日“迷宮送り”になるはずだった囚人と、囚人を捕えている執行人がいる。執行人も囚人も、信じられないといった顔で俺とハーツを見ていた。
◆◆◆
その日、〈アルファム〉中が大騒ぎになった。
なぜなら、500年もの間攻略されなかった大迷宮が、ついにこの日、攻略されたからだ。
「攻略したのは若い2人の男女だってよ!」
「マジかよ! 誰だ!? 俺の知ってる奴か!?」
「1人は知らねぇ奴だけど、もう片方はあの剣闘士のエルだ!」
エルとハーツ、2人は迷宮を攻略した功績で無罪放免となった。
王家は直ちに2人を回収。2人に所持品を返し、1カ月生きていけるだけの金を渡した。
そしてここからは裏話。どうでもいい話だ、聞き流して構わない。
この大迷宮は王家の墓を侵食する形で造られた物であり、迷宮の影響で王家の墓は隠されてしまった。過去の王族は霊力に優れており、その霊魂が集う墓は悪魔の苗床として優秀だったのだ。
これを大事にとらえた9代前の王が兵を迷宮に送り込んだが返り討ち。
王は頭を抱え、苦肉の策として“迷宮流し”を作った。罪人を送り続け、運よく罪人が迷宮を攻略することを願ったのだ。
ただし、500年も迷宮は攻略できず、やがて〈アルファム〉に住む誰もが“迷宮流し”の本質を忘れていた。王家ですら例外ではない。すでに王家用の墓は別に作られており、これからの王たちはそこへ埋葬される。
ただ都合の良い罪人処理場として使われていた迷宮がなくなったことは、逆に国にとって損失だったのかもしれない。“迷宮流し”の代わりに“火刑”が採用されるのはそう遠い話では無かった。
注目すべきは、この歪な刑罰の果てに産まれてしまった大悪魔だ。
500年もの間、ほぼ絶え間なく人間を貪り続けた迷宮。迷宮の悪魔に蓄えられた魔力は迷宮主であるティソーナに還元される。
元々霊力の集まる地であった王家の墓、
さらに“迷宮流し”によって餌を与えられ、それが500年も続いた。
結果として、ティソーナは悪魔として特別な存在へとなったのだ。
そして今ティソーナは、ある少年の手にある。
エクソシストと悪魔。均衡していた両者のバランスは、1人のエクソシストの誕生により転機を迎えることとなる。そのことに気づいたのはただ1人、ハーツ=ヴァンクードだけが、予感を感じていた。
◆エル視点◆
迷宮を攻略した俺とハーツは所持品と金を貰った。そして約束通り、無罪放免としてもらった。
ひと悶着あるかなと思っていたが、騎士たちは俺達に必要以上に絡むことはなかった。というか、俺達を恐れていた。ま、当然だな。500年あった迷宮を攻略したわけだからな。
その日は宿で休んだ。
次の日の朝、俺とハーツは宿の前で向かい合った。
ハーツは白銀の鎧に身を包み、上からマントを羽織っている。小型の棍棒を吊るしたネックレスを首から垂らしているが、あれは悟空を憑かせるための物だろうか。
服装のおかげで、美しさにカッコよさがプラスされた。
「私はこれから東に向かい、3ヶ月の間溜め込んだ仕事を片付ける。お前は連れて行けない」
「実力不足か?」
「いいや、お前には別にやるべきことがある。まずお前は……エクソシストになれ」
「てっきり、俺はもうエクソシストになっているもんだと思ってたけどな」
「教団に所属しなければエクソシストとして認められない。悪いが、私の独断でお前を教団に入れることはできない」
ハーツは俺に一通の手紙をくれた。
「これを教団の者に渡せ。そうすれば入団手続きをしてくれる。教団はこの国以外ならほとんどの国に支部があるはずだ」
手紙をポケットに入れる。
「玉龍」
真っ白な龍が実体化し、ハーツは龍の背に乗る。
「ハーツ!」
ハーツの背に声をかける。
「うっかり俺以外の男に惚れるなよ」
ハーツは鼻で笑い、
「その心配はない」
と言い切った。
「エル……」
ハーツは俺に背を向けたまま、横顔を見せる。
ハーツの横顔は、ほのかに赤くなっていた。
「……待ってるから」
その声は、凛々しい声ではなく、もっと可愛らしい……乙女の声だった。
玉龍は遥か彼方へ飛び去っていく。
「なんだあれ、可愛すぎるだろ」
惚れ直したぜ。
「【なぁ相棒!】」
俺の浮ついた心を、やんちゃ男声が叩き落す。
「……誰が相棒だ」
「【あいつ、さっき東に行くって言ってたよな?】」
「言ってたな」
「【俺様の方向感覚が間違ってなきゃ、アイツがいま飛んでいったのは西だ】」
「……」
――あの方向音痴め。
「【どうする、追いかけるか?】」
「……いいよ。放っておけ。それより、俺達にはやるべきことがある」
「【わかってるよ。教団とやらに行くんだろ?】」
「その前に、ぶん殴らなきゃならない奴がいる」
マハルト。
俺を冤罪で“迷宮送り”にしてくれた野郎だ。
(あいつの家の場所は騎士の1人から聞いてある。待ってやがれマハルト……!)
俺はマハルトの家に向かった。
◆マハルト家◆
マハルトの屋敷の前まで来た。
マハルトの屋敷は大きく、庭も広い。だけど……。
「【幽霊屋敷みたいだな】」
魂の部屋に居るティソーナが声をかけてくる。
ティソーナの言葉通り、人気がなく、薄汚れている。こんなデカい屋敷、使用人がいなきゃやってられないと思うが使用人の姿も見えない。
「なんか、変な空気だ……」
玄関から中へ入る。
玄関から入ってすぐの広間は薄暗かった。天井からつるされたシャンデリアのロウソクの半分が消えている。部屋を見回しても人は居ないし、埃っぽい。
俺の足音が大きく聞こえるほど静かだ。
俺は目の前の階段を上がり、すぐ正面の部屋に入る。
その部屋に、奴は居た。
散乱する家具。倒れたタンスに尻を乗せ、奴――マハルトは俯いている。自慢の髭は雑になっており、髪も垂れている。以前の高貴な身だしなみが嘘のようだ。
「くっくっく……! 待っていたぞ、エル!!」
血走った眼で、奴は俺を見る。
執行人はちゃんと俺が来ることを伝えてくれたみたいだ。
「よう、マハルトの旦那。随分とやつれているが、腹でも下したか?」
「全部……全部貴様のせいだ! 貴様のせいで、貴様が言うとおりにしなかったせいで! あの日、賭けに負けた私は大金を失った! 貴様を貶めるためにさらに大金を失った! 貴様のせいで私は、財産の全てを失ったのだ!!」
「逆恨みもいいところだ……」
「黙れカスが!! おお、お前が迷宮を攻略したと聞いて、腸が煮えくり返った……! なんのために、あれだけの裁判費用をっ!! 貴様だけは許せん! 俺の手で、ぶっ殺してやる!!」
その時、マハルトの背後に強大な霊力が出現した。
「【おい、あれは……!】」
霊力は紫色の、翼の生えた鳥人型の悪魔になった。
「【へへっ! いいぜマハルト! 俺が手を貸してやる!】」
悪魔はマハルトの頭に乗る。
「驚いただろ? どんな手を使ってでも貴様を殺したいと願った時、俺はこいつと出会った! 俺はこいつと、ゲイルと一緒に、人生をやり直す!!」
「文字通り、悪魔に魂を売ったってわけか……!」
「【やっちまおうぜマハルト! クソッタレな人間どもを滅ぼすんだ!!】」
悪魔が黒い霧になり、マハルトに吸い込まれていく。
「ちっ!」
走り出すが、間に合わない。
悪魔がマハルトに憑依する。瞬間、マハルトの肌が紫に染まり、額に赤い眼球が埋め込まれ、背中に翼が生えた。髪は真っ赤に燃え盛る。
放出される霊力が、風のようになって俺の脚を止める。
(悪魔の憑依が完全に成功するとああなるのか!)
俺が霊感を掴むために使った悪魔憑依。
霊力で悪魔を追い出せず、失敗した場合のなれの果てが今のマハルトだろう。
「【こりゃまずい! 悪魔はなにかに憑依することでその力をいっそう増しちまう!】」
「あんな貧弱な器でもか?」
「【ああ! しかも、完全憑依すると剥がすのは無理だ!】」
マハルトは一瞬で俺の目の前に来て、蹴りを繰り出してくる。
「うおっ!」
蹴りを両腕で受けるが、耐え切れず、ドアを突き破って部屋の外まで飛ばされた。
階段を転がり落ち、立ち上がる。
サムライ悪魔と同程度の力は感じるな。
「【最悪な展開だな……相棒】」
「いや、好都合だろ」
「【へ?】」
「人間だったら一発ぶん殴るぐらいで我慢しなくちゃいけなかったが、悪魔なら心置きなくぶち殺せる」
額から垂れる血を舐めて、俺は言う。
「【俺様は……悪魔よりお前が恐ろしいぜ】」
「でもさすがに、守護神なしじゃ、ちときつそうだな……」
俺は部屋の中に武器がないか探す。
すると、部屋の隅に鎧と剣が飾ってあった。
「あれだ!」
俺は剣を手に取る。
「シェリー姐さん! 頼むぜ!」
叫んでも、シェリー姐さんが出てこない。
「シェリー姐さん?」
「【シェリー姐さんってのは、あの剣の形をした悪魔のことか?】」
「そうだ」
「【あいつなら食っちまったぜ?】」
「え? なにしてんのお前! 仲良くしろよ!」
「【いやいや、守護神は1つの魂の部屋に1体までだぜ。同じ部屋に守護神入れたらどっちかが消えねぇと、お前の精神が壊れちまう】」
そういや、ハーツがそんなこと言ってた気がする……。
「おい。ちょこまかするんじゃねぇよ!!」
マハルトが翼で飛びながら拳を突き出してくる。
拳を剣で受けるが、付喪神の付いていない剣はあっさりと折られ、俺は顔面に拳をもらった。
「ぶはっ!」
壁に叩きつけられる。
「よえぇ! よえぇなぁ! テメェ! こんなんじゃ足んねぇよ! 満たされねぇよぉ!!」
「……調子乗りやがって」
しかし、どうしたものか。守護神なしじゃ手も足も出ない。
「ティソーナ。お前ってやっぱりロウソクにしか憑依できないよな?」
「【あたぼうよ!】」
「――使いづらっ」
「【ガーン!】」
ロウソク……どこかにないか?
「そうだ……あそこにある!」
俺は折れた剣に霊力を込めて、思い切り投げる。
剣はマハルトの遥か頭上に向かう。
「あ? どこ狙って――」
ガキン! と天井の方で音が鳴った。
マハルトは音に気付き、浮遊しながら後ろへ下がる。マハルトの残像に、シャンデリアが落ちる。
「はっ! 剣でシャンデリアの支柱を折ったわけか。苦肉の策だな……当たっていたとしても、大したダメージにはならねぇ」
「そんなもん百も承知だ。俺の狙いはこれだよ」
俺はシャンデリアに使われていたロウソクを2本、拝借した。
1本はズボンのベルトに突っ込み、1本はそのまま手に持つ。
「行けるか? ティソーナ」
「【おうよ!】」
手の平サイズのティソーナが霊体のまま、俺の左の肩に乗る。
ティソーナを見たマハルトは悪魔の如く口を裂け広げさせた。
「だーはっはっは! ロウソクの付喪神だぁ!? んなもん、微塵も怖くねぇぜ!」
「【おおお前! ロウソクを……ロウソクを馬鹿にするなよお前ぇ!】」
ティソーナは泣きながら抗議する。
(いやまぁ、マハルトの気持ちはわかる)
俺はティソーナをロウソクに憑依させる。
「憑神ッ!!」
ロウソクにティソーナが憑く。
「うお、お!?」
思わずうめき声をあげてしまった。
シェリー姐さんを剣に憑かせた時とは段違いの、霊力の上昇を感じる。
ロウソクにうっすらと顔のようなものが見えた。ティソーナの顔だ。気持ち悪っ。
ロウソクは勝手に発火し、火を灯す。
「無駄なことしてんじゃねぇ!」
飛び掛かってくるマハルト。
俺はロウソクの火をマハルトに向ける。ティソーナは火力を上昇させ、火炎放射をマハルトに浴びせた。
「ぐ――がはぁ!? この、火力は……!?」
迷宮で出していた火炎ほどじゃないにせよ、人間3人ぐらい余裕で丸コゲにできる火炎の大きさだ。
マハルトは炎から逃れ、回転飛行しながら退避し、体に着火した炎を体を振って消す。
「はぁ……! はぁ……!」
マハルトはさっきと打って変わって警戒を強め、距離を保った。
「この分なら余裕だな。ティソーナ、もう一発いくぞ!」
「【いや、問題発生だ相棒! ロウソクの蝋を見ろ!】」
そういや、ロウソクを持つ手がなにやらべたつく――
「あ!?」
手元に視線を下ろすと、なんとロウソクが半分以上溶けている。
「【どうやら火力を出し過ぎると蝋が溶けちまうらしい】」
「ほんっと使いづらいなお前ッ!!」
「【そういうこと言うな! 神様だって傷つくんだからな!】」
「は、はは! そう連発できる技じゃなさそうだな! それに俺はもう、そいつの対策は済ませたぜ! 風結界!」
マハルトは霊力を風に変え、身に纏った。
俺は手元のロウソクをマハルトに向け、蝋を全て消費して火炎を放射する。だが、火炎は風に逸らされ、家具に燃え移った。
(風で炎のルートを誘導されてら)
「【どうする相棒!】」
「どうしよう」
うーむ。剣さえあればな、風の隙間縫ってマハルト斬るぐらい、なんてことないんだが、
剣……剣……、
「そうだ!」
俺はベルト挟んでおいたロウソクを手にし、ロウソクにティソーナを憑かせる。
「ティソーナ、お前、炎の形を弄れるか?」
「【ああ、できるぜぇ!】」
「よし。ならよ」
俺はロウソクを構える。まるで剣を構えるように。
「火炎で刃を作れ!」
「【任せなぁ!!】」
ロウソクから出た炎が、真っ赤で真っすぐな刀身となる。
(こんな得物、使いこなせるか賭けだな……!)
ティソーナ、剣モード。
「地獄の果てまで、吹っ飛びやがれ!!」
マハルトは飛行し、突っ込んでくる。
俺は床を蹴り、大きく踏み込んだ。
――スン。と、綺麗で、無駄のない音が響いた。
「……どうやら、今回の賭けも、あんたの負けのようだ」
「クズ、野郎……が! え、る!!」
炎の剣は風の結界の隙間を縫い、すれ違いざまにマハルトの首を切断した。
ロウソクの火を吹いて消すと同時に、部屋中の炎は消え、マハルトの死体は地に落ちた。
「さぁて、未練もなくなったことだし、とっとと〈アルファム〉を出ちまうか」
「【その前にロウソクの補充しようぜ! あと腹減ったし、飯も食いてぇ!】」
「お前、飯とか食えるのか?」
「【ロウソクに憑依してれば食えるぜ!】」
「なにが好き?」
「【ハンバーガー!】」
「お! 気が合うねぇ」
俺達は談笑しながら屋敷を出る。
これが、俺とティソーナの初陣。
後に“Candle Knight”と呼ばれる退魔士の初陣だ。
面白かったら評価&ブクマよろしくお願いしますm(__)m
【追記】
皆様のおかげで総合ランキング&ハイファンタジーランキングに入ることができました! ありがとうございます!
感想でも高評価多数で嬉しい限りです。ほんとありがとうございます……!
【追記の追記】
連載版始まりました!
下のリンクから飛べます!