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消去法

作者:

 こんなに穏やかな午後を過ごしたのはいつぶりだろう。

 私は意味もなくテレビをつけた。この時間は主婦向けのニュース番組が多いのか。

 リモコンをリビングのテーブルに置くと、コーヒーでも淹れることにした。買ったものの仕事が忙しくて開けてすらいないコーヒー豆がキッチンの端に積まれているのだ。

 袋を開けると、中でゴロゴロしている豆が見え香ばしい香りが家の中に広がった。嫁もこの匂いが好きだったな。

 出て行った嫁の事を思い出していたら余計なものまで思い出してしまった。そう、最近退職した仕事のことだ。まったく苦虫でもを噛み潰した気分だ。

 私は先週まで『消去法』という法律と同時に作られた『消去局』と呼ばれる政府の機関で働いていた。

 消去局員の主な仕事は一言でいえば情報操作。これだけ聞くと印象は良くないかもしれないが、これも人々を守るためのモノだ。というのも我々が消している記憶というのは凶悪犯罪者についての記憶だ。もちろん社会復帰の妨げにはならないよう、記憶消去が適応されているのは無期懲役以上の刑罰が下ったものだけだが。

 SNSの発達が目まぐるしい現代、凶悪犯の親族のプライバシーまでが侵されることが懸念され、『消去局』が創られた。

 テレビやラジオでは『知る権利』を守るために実名報道こそされるが、それと同時に記憶消去用音波『忘れる義務』を放映する義務が決定され、結局犯罪者の記憶は無くなってしまう。

 そして親族の下には消去局員が直接出向き、記憶消去に加え思い出の品などの没収も行う。

 そんな人々を守るこの仕事にやりがいを感じていたのと同時に疑問も感じていた。

 確かに犯罪者はまごう事無き悪ではあるが、世間に忘れられ自分の居場所がなくなってしまうのはあまりにも酷ではないかと。

 『他人に忘れ去られるのが二度目の死』とは言うが生前に一度死ぬのは何とも惨く残酷に感じた。

 それが1つ目の私が消去局員を辞めた理由だ。

 私は砕きすぎたコーヒー豆をセットしたフィルターに入れた。

 そんな時、インターホンが不意に鳴った。玄関に向かい、その主を見た。丸刈りの頭に太い眉は古き良き高校球児という印象が強かったがガタイの良さはまるでSPの様だった。

 厚い胸板を覆う見慣れたスーツを着込んだ人影は後輩のモノだった。

「お久しぶりです先輩」

 後輩は変わらない笑顔を少し気まずそうに浮かべた。

「久しぶりって一週間かそこらだろ。まぁでもそろそろ来る頃だと思ったよ」

「用件は言わなくても分かりますよね」

「あぁ女房の件だろ?」

「はい、それでは処置を行いますので同行をお願いします」

 そういうと玄関の前に停めてあるセダンへ私を促そうとした。

「遺品はそこにまとめてあるから後で持ってってくれ」

「わざわざありがとうございます」

 消去局員は業務の差支えになるから記憶の消去は行われない。それが親族の記憶であっても。

 だから私は消去局員を辞めた。これが2つ目の理由だ。

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