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床に落ちた命

作者: 蒼重 黎

 突然で申し訳ない話ですが、今日私の家で飼っていたイモリが死にました。



 イモリって見たことありますか?蜥蜴に近いフォルムで、ひょろっと長い尻尾の…あ、ご存じですか。ではこれは蛇足ですかね。

そのイモリはホームセンターの片隅でたくさん売られていたうちの一匹で、よく言いますでしょう、別にその時は飼うつもりはなかったって…私もそうでした。

ですが案外イモリってつぶらな瞳で、よくよく観察してみると可愛らしいものなのです。初めて見る生物で、私はつい店員さんに飼い方を尋ねてしまいました。すると水槽に陸地を用意するような形で水を張って、フィルターを稼働すれば簡単に飼えますよ、との答え。生き物の命を値段で決めるなんて、とは思いますが当時の価格でイモリは一匹300円という事も手伝って、好奇心に負けた私は店を出るころにはイモリと濡れた新聞が入った袋を手にしていました。

イモリの寿命というのは長いもので20~25年と言われているようですが、そんな家のイモリが死んだのは、不注意による脱走が原因でした。後悔してもしきれないとはまさにこのことで、床で干からびた状態の生き物が転がっている様を見る日が来るとは思っても見なかったのです。


 普通に考えてこれは飼い主である私の責任で、イモリの彼には浴びせるほどの懺悔を語らなければならない所なのでしょう。それが今回における追悼という事であり、命あるものに対して最大限の礼を尽くすのは、元々私のようなちっぽけな存在が預かれるようなものではない生命と仮初であれ対等であるための最低条件だと思うからです。ですが、私の気持ちは悲しむという事すらも拒否してしまいました。非人間め、という批判もある事でしょう。しかしその理由をどうしても言葉にしておかねばならないと思ったのです。

そもそも生き物を飼うというのは私のエゴ一色で出来ていました。そんな私が「一緒に居てくれてありがとう」などと考えるのは、隠れた部分に「私のために」という言葉の付く行為です。これ以上の傲慢がありましょうか。だからまず、そのような形で彼との別れを収めることは出来ませんでした。ましてやその論理に基づいて彼と過ごした日々に感謝を捧げて泣く、などどいう事はそれこそ私以外の存在に何の得もないのです。では「ごめんなさい」と何度も念じながら頽れて涙することが果たして正解なのか、という事も考えてしまいます。結果として私は不注意によって、愛しく思っていたイモリの命を奪ってしまいました。それは罪深いことで、結果に対する謝罪の気持ちはあってしかるべきと思います。しかし、イモリの全てに対して「ごめんなさい」という言葉を当てることは出来ませんでした。なぜなら、机の上のスペースを常に陣取っていたイモリとの時間が楽しかったこともまた消せない事実であるからです。「ごめんなさい」を彼の最期の餞に捧げることはそれら全てをローラーで塗りつぶすような感覚で、その点で悲しむという事も納得できない事でありました。

此処で楽しい思い出を引き合いに出すと、また感謝の気持ちに基づいた涙という問題が出てきて、私の気持ちは堂々巡りになってしまいます。私とイモリは、どう頑張ったって人間と愛玩動物だったから。それで私はどんな理由をもってして悲しめばいいのかが分からなくなりました。悲しまないという事ではなく、悲しみ方が分からないのです。

ただ一つ言えるとすれば、明日からも同じところにいると思っていたものが居なくなることがこんなに寂しいなんて、という気持ちです。その事に対してならば、私はいくらでも涙を流せると思っています。


 ペットショップに行くと、コロナ禍の影響もあってか小さな生き物をお迎えするご家族をよく見かけます。その場で絶対にこんなことは言えませんが、生き物と付き合って優しさが芽生えるなんて嘘です。私はこんなことを考えてしまう、優しくない人間だからです。癒されるのは全く持って事実ですけれど。残るのは最期の瞬間の、自分と生き物の間のどうしようもない隔たりと死に対しての整理しきれない葛藤です。それが有るか無いかでその後の人生がどうなる、なんてそれこそ無責任で言えたものではありませんが、少なくとも私は今後その光景をどこか胃と頭が重くなるような気持ちで見てしまう気がするのです。



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