きみの背中の後ろには (現代恋愛あやかし風味)
「夜、ひとりでシャワーしてると怖いのよ。背後に何かいるような気がして」
「そういう話、よく聞くよね」
対面に座すニタさん。彼女がストローを口から外し、語った内容に相槌を打つ。
何気ない昼食。他愛のない会話。
ここまで持ってくるのに、どれだけ時間がかかったか。
職場で彼女を見かけて心を奪われ、さり気ないアプローチをせっせと繰り返し。
ようやく得た、"一緒にお昼を食べる権"。
その貴重なひと時を有効活用すべく、本日のテーマは"親身になってもっとお近づきになる"こと。
何か不安なことや困ったことがないか、さり気なく聞き出そうとしたら、思ってもみない返事が来た。
最近、夏らしく恐怖特集に晒されたニタさんの目下の悩みは、心霊現象。
――が、起こったら嫌だな、という事前恐怖らしい。「良ければお風呂、付き添うけど?」そう言いたい気持ちをぐっと押し殺す。
口に出したが最後、いきなり警戒されて、ジ・エンドだ。
そういうのは、もっと仲良くなってから……。
ともあれ、ニタさんの些細な心配事は取り除かなくては。
チラッ、とニタさんを見る。豊かなバストがテーブルに圧し掛からんばかり。前のめりになっている姿勢が実に、魅惑的。
お風呂ねぇ……。いいなぁ。まるっと見放題……じゃなくて。不届きな怪異だ。
でも。ま、無理だよな。ニタさんを害するとかさ。
思いつつ、ニタさんの背に視線を移す。
彼女の背には、純白の大きな翼が広がっている。大抵の人には視えない。というか、人間にはまず視えない。ニタさん自身も気づいてない。
透明な翼は、神々しい光の輪郭を放ちつつも、物質界にはカタチとして存在してないからだ。
翼はここではない、上位次元に在る。
当然、何にぶつかるわけでもなく、本人の自覚なしに、その力を聖なる方向へ放っている。
(ははっ、いくら付きまとっても、翼持ちに手出しなんて出来ないよな)
惹かれる気持ちは、分かるけど。
クスリと笑ったら、偶然、ニタさんの背後にいた、彼女をつけ狙う輩と目が合った。
顔カタチさえ判然としない黒い影が、苛立つように僕を見返したのが、わかった。
おっとォ……。
気付かないふりをし、さり気なく、あらぬ方へ目を遣るものの。
まずったかもしれない。
誰も視ることのできないはずの存在を、知覚してしまったことを、悟られた?
◇
そして、ニタさんと別れて、夜のことだった。
普通にシャワーを浴びていた。目を閉じて、頭を洗っていると。
微かに、浴室の空気が揺れた。
なんか来たな――……。
きっと昼間のアレ、だ。ニタさんを狙ってたヤツ。
彼女の霊威に阻まれて近づけないから、腹いせにこっちに寄り道か。
まるで気づかぬフリをして、次元の波長を相手に合わせる。
僕の背にある鋭い棘が、背後の影を貫いた。
"ギャアアアアアアアアアア"
断末魔が、異空に響く。生身の耳には聴こえない。浴室にはシャワーの水音のみ。
視えなかったんだろう?
黒が黒に紛れるように。
闇に隠してる、棘だらけの僕の黒翼。
シャワーで髪の泡を流しがてら、背後の残骸も排水溝に流す。薄墨のように容無いソレは、力なく水に溶けていく。
(ニタさんのいないところで倒しても、何の得点も稼げやしない)
いや、そもそも彼女には視えてないんだから、何も起こってないということにしかならない。
現実的には。
今度、イイカンジのバスソルトでもプレゼントしよう。
岩塩は、太古の海の結晶だ。
"塩だから、お祓い効果があるんじゃない?"とでも言いながら、ひとりお風呂のお守りがわりに渡して、ニタさんの気を惹くんだ!
……ニタさんのこと、好きなんだけどなぁ。
怖いのが苦手じゃ、僕の嫁には来てくれないかも知れないなぁ。
お読みいただきありがとうございました(^^)/
同キャラのシリーズはこちら https://ncode.syosetu.com/s4482g/
「シャンプーしてる時が怖い」 時々、耳にしますので、あなたの背にも視えない翼が広がっている、背後に隙無し、大丈夫! という対抗策のご提案です。
ホラーがね、苦手なのですよ。
"ホラーが苦手な私の、ホラー作品の読み方【※本作品には怖さ無しのはずですが、ダメだったらすみません】" https://ncode.syosetu.com/n1760hc/
という話を投稿したくらい、ホラーがダメなんです(;_;) 怖いのをどうにかしようと頻繁に妄想してます。そんな"怖いのニガテ"な同士に向けて。
※お塩 = 遥か昔、イザナギノミコトが黄泉からお戻りになった時、海で禊をされたことから、お塩は海のかわりと見なされ、ケガレを祓い浄める効果を持つ。という説があるそうです。
管澤捻さまに描いていただきましたヒロイン・ニタさんです♪
ふつくしい……!!