アガペー①
「ああもう、おっもいなぁ!」
私は仕事で使うナタと家で使う包丁が入った麻袋に悪態を吐いてみるのだけれど、誰が反応してくれるわけでもなく、ただの独り言として風に溶けて天へと昇っていく。
「――わっ、とと」
途端に強風、私は崩れそうになる体のバランスをなんとか維持し、倒れないことに安堵の息を吐いた。
「って、あれ?」
しかしふと、倒れかけたことと強風によって閉じてしまっていた目を開くと、そこには見たこともない、それどころか見慣れない格好をした綺麗な女性が、地面に敷布を敷いて座っていた。
太ももを覗かせるどこか扇情的な半分が半透明のスカート、全体的に色味が紫の服装で、頭には大きな三角帽子、口元を扇で覆いながらも見たこともない管を口に咥えて煙を吐き出していた。
見とれてしまう。
しかしそれ以上に、危険な香りがするその女性から私は咄嗟に目をそらした。
「もし……」
目をそらしたのもつかの間、女性が声をかけてきた。
私は顔を引つらせて彼女と視線を合わせたのだけれど、やはり飲み込まれてしまいそうな真っ直ぐな瞳と吸い寄せられるかのような白い肌、そして何もかも蕩けてしまうかのような甘い香り。
「大丈夫ですか?」
「はっ」
けれど、彼女からの問いかけでなんとか意識を手繰り寄せた私は苦笑いで彼女に会釈し、用件を尋ねる。
「えっと、なにかご用ですか?」
「ええすみません、あなたがたくさんの刃物を持っていたものですから」
「え? ああ、仕事で使うので」
なぜ刃物? 極度な刃物好きか、この中に何か曰く付きな刃物でも混じっていたのだろうかと思案してみるのだけれど、どうにもそういう雰囲気ではなく、彼女が荷物の中から砥石などを取り出したことで、ここで商売をするつもりなんだと察することが出来た。
「お姉さん、鍛冶屋さんなんですか?」
「ええ、これでも王都の方で名を轟かせていましたのよ。とはいえ、今の本職はこちらですが」
「カード?」
女性がどこからか丸いテーブルを取り出したかと思うとそこにカードを広げた。
彼女はカードに手のひらを向け、どうぞと促してくるのだけれど、何がどうぞなのかわからない私は首を傾げる。
しかし彼女が何も言わないために、私はおっかなびっくりといった風にカードを一枚手に取り、それを女性に手渡す。
「ふむふむ、なるほどなるほど」
「え、え〜っと?」
「ああごめんなさい。このカードには、あなたがとても深い愛情を持っていることを啓示していますわ」
私は呆けた顔を浮かべてしまう。
突然私には愛があると言われ、どう反応したら良いのかわからない。
「ですが、この愛には困難が付いて回る。あなたは誰にも分け隔てなく愛を与えられるというのに、その道は荊棘だと」
危険だと思った。
これ以上彼女に近づかれてはいけないと脳が警鐘を鳴らした。
「あなたは神でしか成し遂げられない無償の愛を人々に与えているというのに、こんな世界であるせいで、それが人々に届くことはない。いや、こんな世界だからこそ、あなたの愛は強く強く輝いている」
けれどその言葉はどれも私の心に染み込んで広がっていく物ばかりで、私は彼女の声に夢中になっていた。
「あなたには今悩みがある。その無償で与えてしまう愛に陰りが見えている」
その言葉に私がうなずくと彼女はふっと微笑み、ウインクをしてカードをテーブルに置いて管を口に咥えて息を吸い始めた。
「と、これが私の本職です。占いを生業としているのですが、どうだったでしょうか?」
ケロンとした大人らしくも茶目っ気のある顔で言い放った彼女に私はずっこける。
「そ、そこで止めちゃうんですかぁ?」
扇で口元を覆いながら笑う彼女につられ、つい私も笑ってしまうのだった。