兼愛無私
愛とは不変なものである。
誰が言った言葉だろうか。
否、誰もそんなことは言っていないのだろう。
誰も彼もが抱く願望が普遍的なものになっただけ。
あいは変わらずそう在ってほしい。
これはエゴだろうか。それとも傲慢さ故か。
僕にその判断を下すことは出来ない。
僕はタバコに火を点すと、煉瓦造りの家々が並ぶ村に目をやった。
王国を出てどれだけの時間が経っただろうか。
王国の外はとてもとても正常だった。
手に持ったカードを人差し指と中指で挟み、カードに記載された文章に度々出てくる愛という言葉について思考した。
この世界で愛を語るというのはきっと愚かしいことなのだろう。
英雄に焦がれ、そして訪れる安寧を夢見る。
人々の目に映っているのは独りよがりの未来だけで、一人以上が前提にある愛など見向きもしていないのだろう。
しかし、しかしだ。
僕は手に持ったカードに目をやり、そこに浮かび上がった文章を見て喉を鳴らして笑う。
ああ、なんということだ。
魔物に怯え、英雄に依存し、明日転がるかもしれない自身の頭に思いを馳せる人々が暮らすこの世界で――。
僕は村の外に転がっているボロボロになった頭蓋骨を蹴り上げる。
心底愉快だ。
何という僥倖か。
英雄という役割には興味はない。
しかし人々を救うという蕩ける蜜のようなそれには惹かれるものがある。
こんな世界で愛を語るのか。
そのカード……『可視化された未来 (コード・アカシック)』は村へと足を運ぶことを強要した。
そう、強要だ。
こんなにも素敵で愉快な詩を前に僕は足を止めることは出来ない。
ここから始めよう。
今日も明日もここからが始まり。
この世界に来て久々に胸が高鳴る。
『ちびっこジャックが
部屋の隅っこで
愛を抱えて
両手を愛に突っ込むと
中からくるみを
ほじくって
愛していますと
囁くぞ』
何という『持つべきものの愛 (アガペー)』か。
僕はスキップしたい衝動にかられながらも、心を落ち着かせるために深呼吸を繰り返し、数回の呼吸の後、この世界からの贈り物を口にする。
「『祝福を歌う幾つもの奇跡 (ナーサリーライム)』」
僕は祝福された衣をまとい、その村へと足を踏み入れた。