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アルゴナウティカ⑤

「お父様! 一体これはどういうことですか!」



「どうもこうもない。これは我らの、そして民の総意だ」



 私は歯を噛み締めて鳴らし、お父様を睨みつける。



 今朝起きた私の耳に入り込んできた声は、ヤエを怒鳴るクドウ様の声ではなく、そのヤエがベルゼンを追放されるというものだった。



「スピカ、お前は昨日、自分が幸せになることがおこがましいと言ったが、私はそうは思わん。お前が幸せになってくれるのが一番の幸福なんだよ」



 どの口からそんな言葉が出るのか。

 クドウ様はあのような性格をしているが、英雄様としての力量はどの国の英雄様にも引けを取らないどころかトップクラスの実力を持っている。



 故にそんな英雄様が所属していることを他国に知らしめ、この戦いが終わってからの権利をいち早く手に入れようと画策しているだけなのが目に見えている。



 そんなものの道具に私はなる気はなく、お父様の前から飛び出して駆け出した。



 私の向かう先はヤエのもと。

 今から努力しても遅いかもしれない。しかし意思表示さえしてくれれば私が、私がなんとか出来るかもしれない。そんな決意で彼の下へ走っていると、エントランスに集まっている人影が見えた。



 1人はヤエ、1人はツキコ、残りはクドウ様を含めた英雄様だった。

 私はクドウ様に掴みかかりたくなる衝動を抑えながら彼らに近づいていく。




「スピ――姫」



「ああ、これは姫様、今日もご機嫌麗しゅう――」



「使い方が間違っています。それでクドウ様、これは一体どういうことでしょうか?」



 ツキコの隣に並び、私はクドウ様を睨みつける。

 しかし彼はまるでなんのことかわからないという風にわざとらしく首を傾げ、見下すような目でヤエに一瞥を投げた。



「姫様、そこの役立たずはついに追放されることになりましたよ。この国に、二度と立ち寄ることは許されないのです」



「……そんなにヤエが気に入りませんか」



「ええ、気に入りませんね。英雄としてこの世界に召喚されたのに、まるで世界のことなど何も考えていないかのような役立たずっぷり。気に入るほうがどうかしている」



 そんな彼を気に入っている人間を目の前によく言えたものだと口に出しかけるが、それを飲み込み、あくまでも冷静を心がける。



「人には得手不得手というものがあります。私は戦うばかりが英雄様とは思っていません」



「戦い以外でも役に立たないのですよそいつは」



「しかし――」



 私が声を荒げようとした刹那、隣でツキコに肩を叩かれているヤエの姿が目に入った。



「ツッキー、いつ渡せるかわからないけれど、お土産あったらどんな物がほしいです?」



「ツッキー、って、初めて呼ばれた、かも。お土産は、お茶が、いいかも」



「2人してなに和んでいますか?」



 緊張感も焦燥感も一切見せないヤエに私は額に力を込めて青筋を浮かべ、彼の頬を掴む。



「ヤエはこれで良いのですか!」



「姫さま……」



「今あなたが国の外に出て何が出来るのですか! お金はあるのですか? 目的地は? 他の国の場所は? 魔物が出てきたら一体どうするつもりですか!」



 つい声を荒げてしまう。

 ツキコが目を伏せる横で、クドウ様とほか英雄様が驚いた表情を浮かべているが、私はそれでも続ける。



「あなたは、力のない人間です。それは近くで見てきたから私が一番わかっています。だから――」



「姫さま、でももう決まったことですから」



「っ!」



 私の中で、何かが切れてしまった音がした。



「――のですか」



「ん?」



 あまりにも早い諦め、こうなってもしかたがないと反抗すらしない。

 裏を返せばそれは、その程度のことなのだと。

 彼にとって些細なことでしかないと。



「あなたにとって、私たち――私は! そこいらに転がる小石でしかないのですか!」



 気づきたくなかった。

 気が付かなければよかった。

 私がどれだけ願っていても、届ける先の耳が塞がっていては聞き入れてもらえない。

 ひっそりと咲く花を見ようとしなければ、美しい花も景色にすらならない。



 頬に流れる涙に構うこともせず、私は声を荒げた。



「スピカ、落ち着い、て」



「あなたは! あなたは……」



 ツキコに頭を抱えられ、涙を拭いながらまるで子どものように泣きじゃくる私に、ヤエが驚いた顔を浮かべていた。

 しかし、ふっと彼が微笑むとツキコとは反対側に顔を寄せて、吐息が耳にかかるほどの距離で口を開いた。



「工藤くんが言っていることは間違っていないからね。僕はこの世界がどうなろうが知ったこっちゃない」



「え?」



「世界を救うとか、そういうのは柄じゃないんだよ。ああそうだ姫さま、僕は明日この国を去る。明日になったら僕のアルゴナウティカを読むと良いよ。そう、僕の英雄譚を、ね」



「なにを言って――」



 どこか普段と違う雰囲気の彼がウインクをして私から離れた。



 そしてそのまま手を上げて去っていき、私はわけがわからないままその背中を見つめることしか出来なかった。

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