アルゴナウティカ③
「スピカ、あの英雄は今日も魔物を一体も倒せなかったそうだぞ」
「そのようですね、ヤエには私からもう少し頑張るようにと言っておきます」
夕食時、お父様が呆れたように言い放ちましたが、私は食事を取る手を止めずにそう言い返した。
「スピカ、お前があの英雄に肩入れする真意はわからんが、これでは英雄ではなく穀潰しだ。城の兵士でさえ弱い魔物程度なら倒して帰ってくるぞ」
「ヤエにはヤエの良いところがあります。穀潰しなんて、あんまりな言い草ではないですか?」
しかし。と続けようとするお父様の言葉を聞き流し、私は口元を拭うとこれ以上話すことはないと告げる。
「スピカ、今この世界は200年前の英雄の加護を終え、魔物が力をつける時期に突入してしまった。役立たずを囲っている余裕はどの国にもないんだ」
役立たずとの評価に私はむっと顔を浮かべてみるけれど、お父様の言っていることも理解できないわけではない。
200年前、英雄たちは数十年の時をかけ、活性化した魔物たちを鎮めた。
この世界では200年周期で魔物たちが活性化する紅い月の時が来る。
英雄様たちはその魔物たちと戦うために召喚される。
英雄様たちの権威は凄まじいものだが、永遠ではなく200年に近づくに連れ、魔物たちが活性化してしまう。それがこの世界で、誰も彼もが英雄様を焦がれている理由。
そんな重大な役割を担っているからか、なんの力も持たないヤエが疎まれてしまうのも当然というのもわかる。
しかし、しかし――私は首を横に振る。
「勝手に呼び出しておいて、勝手に期待して、勝手に見限るなんて随分と身勝手だと私は思います。せめてヤエが1人でもこの世界で生き抜けるくらいになるまで面倒を見るのが私たち王族の責任ではないですか?」
「……」
お父様が口を閉ざし、バツの悪そうに私から目をそらした。
そう、英雄顕現とは拒否権が存在しない一方通行の約束。
ヤエもツキコも、突然この世界に呼ばれ、帰る方法がないことを知った上でこの国にとどまってくれている。
ここで放り出してしまうのはあまりにも身勝手だ。
「お父様、英雄様に焦がれるのは仕方のないことですが、灰になってしまっては恋い焦がれることもできなくなってしまいます。私は、この世界もこの国も、変わらず愛していたいのです」
私はそれだけお父様に告げると、席を立ち堂々とした足取りを心がけて扉を開け放った。
背後からお父様の声が聞こえるけれど、立ち止まらない。振り返らない。
私は私の意志で動くことを決意しました。