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アルゴナウティカ②

「ヤエ! どこにいるのですかヤエ!」



 クドウ様との会話を打ち切り、ヤエを探しに出た私は城の中庭で息を切らせながら膝に手をついた。



「まったく、風みたいな子なんだから。ああいや、年上だったかしら」



 もっと彼のアルゴナウティカに目を通しておくべきだったと後悔をしたが、どうせ書かれている内容は見たままだろう。

 常におどおどして向上心はなく、あるがままの環境を受け入れる。



 そもそも彼も少しは言い返せばいいのにどうして言われるがままなのだろうか。



 もう少し英雄様としての自覚を持ってほしいと思うのだけれど、今の環境では無理な話かと私は今朝から一体何度したかわからないため息を吐く。



「ん?」



 そうして私が項垂れていると前方から見知った顔が歩んでくる。

 私の銀色の髪とは違い、真っ黒で艶のある腰まで伸びた髪を結ったポニーテールを振りながら彼女が手を振ってくれる。



「おはよう。それで姫? どうか、した? 朝なのに、疲れた顔」



「……ツキコ、ええおはようございます。朝からちょっと色々ありまして。ところでツキコ、ヤエを見ませんでしたか?」



 ワタツミ ツキコ。彼女もまた英雄で、ベルゼンに来た英雄で私が最も信用している人間である。



「夜永ちゃん? うん、見た、よ。あっちで、船を漕いで、た?」



「船?」



「こっくりこっくり、眠ってた」



「本当、良い度胸していますね」



 いつの間にか姿をくらました挙げ句眠っているとは、これでも一応この国の重鎮である私を前にしてもあのマイペースさ。少しお説教をするべきと私はツキコが指差した場所まで歩みを進める。



「……」



 そこではヤエが、まるで周りに敵などいないという風な無防備な寝顔を晒しながら、ベンチで幼い寝息を立てていた。

 お説教をしようと思っていたけれど、こんな顔を見てしまうとどうにも力が抜けて思考が停止してしまう。



「姫――スピカ、顔、赤いよ」



「気のせいです」



 私は頭を振り、この無邪気にも気持ち良さげに風に体を委ねる英雄の柔らかな頬に手を伸ばした。



「んぅ」



「っ!」



「スピカ、顔」



「気のせいです!」



 ヤエの頬を摘み、大きく息を吸った私はそのまま勢いよく彼の頬を引っ張った。



「いふぁいいふぁいいふぁい」



「起きてください、あなたは一体どれだけ眠るつもりですか?」



「ふぁぅあ? あ、おはようござます姫さま」



「その頭をひっぱたけばさっきもその挨拶をしたことを思い出すのでしょうか?」



 とろけた顔のヤエに呆れながらも私は彼にハンカチを手渡し、口から垂れているよだれを拭うように言う。



「持って、帰る、の?」



「ここが私の家ですけれど?」



 どこか引き気味のツキコは後で説教するとして、私は未だ呆けているヤエの手を握ると笑顔でおはようございますと声を上げる。



「はい、おはようございます姫さま、月子さんもおはようございます」



「ん、おはよう夜永ちゃん」



 起き上がったヤエの隣に私は腰を下ろすと、半目で彼を睨む。



「あなたのアルゴナウティカにはお寝坊とも書かれているのでしょうね」



「寝る子は、育つんだ、よ」



 一体どこが育つのかとヤエをまじまじ見てみるのだけれど、ぽてんとした締りのない顔、顎ほどまである長いもみあげ、襟首まで伸びた少しカールがかったツキコと同じ黒髪、髪型と幼い顔つきも相まって少女のようにも見える彼の育つ箇所といえば。



 私は彼らの世界で言うアホ毛と呼ばれる天にまで元気よく伸びているヤエの髪を掴んだ。



「これ育つとどうなるのですか?」



「もう1人、夜永ちゃんが、生まれる」



「ヤエ、たくさん寝ましょう」



 手乗りサイズほどのヤエなら隠れて飼えるでしょうか。もちろん今のサイズでも十分ですが。と、どうにも姫らしくない思考に行き着いてしまった私は頭を振って思考の大半を締めていたいかがわしい妄想を振り払い、彼の首筋に手を添え、どの首輪が似合うかを一考する。



「もぉ、姫さまも月子さんも、僕もう25ですよ、これ以上育ちませんって」



 苦笑いを浮かべたヤエに私は肩を落とすのだけれど、どうにも聞き逃せない言葉に「え?」と彼に目を向ける。



「え、二十代? それで?」



「……年、上?」



 珍しくツキコが驚いた表情を浮かべている。

 彼女の驚きはもっともだ。確かに年上だと記憶はしていた。しかしそれでも17くらいでツキコと同じくらいだと思っていた。

 25では私と10も離れていることになる。



「え、アルゴナウティカにもそう書かれていますか? 全然記憶にないのですが」



 いや、今の状況と同じで脳が受け入れることを拒否したのではないか。私はそう予想し、うなずき納得してみる。

 しかしやはり受け入れがたい現実なのか思考が違和感を覚えている。



「……姫さまも月子さんもひどいですよ。性格は元からです。というかそのアルゴナウティカって個人情報筒抜けでちょっと恥ずかしいです」



「ああすみません、あまりのことについ」



 私はヤエに謝罪をすると彼の言うアルゴナウティカについて一考する。



「まあそれはしょうがないですよ。アルゴナウティカは一種の通行手形みたいなもので、その人が英雄としてふさわしいかどうか確認する役割もありますから」



「この世界に、来た人は、みんなあれを、持って、召喚、される、の?」



「ええ、アルゴナウティカが英雄の証でもありますから。そういえばヤエはこの世界に来た瞬間にアルゴナウティカを熟読し始めましたよね? 他の英雄様たちが戸惑っている中ただ1人周りを気にも留めずに読み始めていて少し驚きましたよ」



「へ? あ、ああうん、まあ見たこともない本だったので」



 意外と読書家なのだろうかと知らない一面を知ることができ、多少嬉しく思いながら私は肩をすくめて見せて彼に手を差し出す。



「さっ、そろそろ城内に戻りましょう。これ以上あなたを1人にするとまた問題が起きそうですから、今日も私の仕事を手伝ってください。ツキコもいいですか?」



「うん」



「え、えっと僕は」



「拒否権はありません。さあ一緒に行きましょう」



 少し強引かもしれませんが、私はヤエの手を引き、自室へと向かう。

 その再横目に写った彼はどうにも呆れたようにため息を吐きながらも、最後には諦めたように微笑んでくれるのでした。

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