アルゴナウティカ①
「おい御剣! 俺は焼きそばパン買ってこいって言ったよな? なんで小麦粉とソース買ってきてんだよ」
「自家製かと」
「麺からかよ!」
今日も朝から聖騎士の英雄であるクドウ アキヒサ様の声が城中に響き渡っている。
最近では彼のそんな声で目覚める人が多いことから彼の声を入れた目覚まし時計を作ろうと企てている者がいるとかいないとか。
私は毎朝繰り広げられている彼らのやり取りを横目に、はふと息を吐いた。
よくもまあ飽きずに続けられると関心すらするが、そもそも200年以来の英雄顕現、もう少し英雄同士仲良くしてほしいと頭を抱えざるを得ない。
呆れた顔でクドウ様ともう1人……この国の悩みの種と言われている彼を見つめる。
「あ、姫さまおはようございます」
おどおどとした雰囲気で彼、ミツルギ ヤエが二へと力ない笑みで頭を下げて私に挨拶をした。
「へ? って――これはこれはスピカ様、今朝もご機嫌麗しゅう」
「慣れない挨拶は結構です。それで今日はどうしたのですか? 朝からそれほどの大声を上げるのはいくら英雄様といえ品がないのでは?」
「は? あ、いえ、しかしこのバカ――こいつが言われたことも出来なくてですね。だから叱っていたわけで」
まるで悪事を母親に見つけられた子どものように、目をそらしながらまくし立てる様はどうにも英雄には程遠く、私は深いため息を吐かずにはいられなかった。
「『英雄たちの軌跡 (アルゴナウティカ)』のとおりですね。クドウ様は英雄としての素質はありますが、自身より劣る人に対し厳しい面を見せる。と。だいぶ柔らかく書かれていましたが、所謂弱い者いじめも平気でするということですよね」
私の言葉にクドウ様が舌打ちをした。
少しは隠してほしいのですが、相当癪に障ったようで私を睨みつけながらヤエを指差した。
「お言葉ですが姫様、このバカは俺たちの使いっパシリ程度しか出来ることがないんです。それはわざわざ俺が使ってやってるんですよ。弱いものいじめとは人聞きが悪い。俺がこうして使ってやってなきゃこのバカはこの国から追放されていますよ」
確かに彼の言うとおりではある。
前回の英雄顕現から200年が経った今年、この国王都・ベルゼン、私が姫と呼ばれるこの国でも英雄顕現が行なわれた。
英雄顕現には王族の血が必要とされており、私ことスピカ=アルマキア・ベルゼンの血も彼らを召喚するために使われた。
その儀式は英雄を他世界から召喚するもので、5人の英雄顕現に成功したベルゼンは大いに湧いた。しかも顕れた英雄様の4人が召喚の際に世界から与えられる『世界に寄り添う宝 (ギフト)』が強力というおまけ付き。
目の前にいるクドウ様は『聖騎士』というギフトで、1200年ほど前の大戦で人々を守った光の力を持っている。
故に彼はこの国の王、つまり私のお父様に大層気に入られており、彼のどんな言葉にもお父様は頷いてしまう。
しかしそれとは正反対に彼、ヤエは家庭用の包丁を研ぐ程度の力しか持っておらず、そのギフトは鍛冶屋と呼ばれるあまり役に立たない部類のギフトを所持している。
そのためにお父様もヤエをはれもの扱いし、クドウ様を含めた英雄様の3人も彼を小間使いのように扱う。
私はそんな状況を良しとしておらず、英雄様には皆手を取り合って世界をより良い方向に導いてほしいと思っている。
「他にやり方はあるでしょう? そもそも同じ立場なのに使ってやっているとは英雄様の言葉とは思えません」
「は? 同じ立場? 冗談でしょう、俺とこのバ……いやあいつどこいった?」
「え?」
クドウ様の視線を追い、先程までヤエがいた場所に目を向けるけれどそこに彼の姿はなく、私は顔を引つらせて頭を抱えるのだった。