49―4 石頭と逃避行 その4
「退治? できやしませんよ。神さんは神さんですからなあ」
おばあさんはカラカラと笑ったが、不思議とバカにされている気分にはならなかった。
俺の不知をなじるつもりはなく、ただ事実を述べているだけ、という印象だ。
しかし退治できないとなると困る。俺はこれからずっと謎の「神様」に怯えなければならないのか。頭が痛くなってきた。
「じゃあ俺は泣き寝入りってことですか?」
「いえいえ、なんぼでもやりようはあります。そうですなあ、どんな形を好むかはお兄さん次第ですが」
「とりあえず、一番痛くなさそうなやつをお願いします」
「そんなら初めに言うたまま、お兄さんの住んどるところを離れておけばよろしいです。いずれは神さんも『薄れ』ていきますから」
「薄れる? 神様がいなくなるわけじゃないんですか?」
「察しがええですな。しかしまあ……見えず、聞こえず、触れられず。おまけに臭いも味もなけりゃ存在しとらんのと同じです」
「はあ……でもやっぱ気になるというか」
「根っこから解決する方法もあります。その場合、お兄さんは5回ほど死にかけることになりますが」
「すみませんでした。死にかけない方で大丈夫です」
おばあさん曰く、これまで通り他の人の家を渡り歩いていればそのうち俺と神様との「繋がり」は切れるらしい。
台風や地震に対峙する時と同じように、しっかり避難することが肝要だそうだ。
そして椿の持つ「気」が充満すれば俺はまた元の部屋で暮らせる、とも。
先々のことはわかったが……目下の悩みは、宿が無いことだ。
「お困りのようですな」
「ええ、実は他に頼れる人があまりいなくて」
「そんなら良子と一緒に過ごすとええです。私としても都合が良いですし」
「えっ、いいんですか? 良子さんと夜を過ごすなんて」
「ちゃんと嫁にもらってくれはるなら多少のオイタは構いやしませんよ」
そう言っておばあさんはまたカラカラと笑った。
これはおばあさんが俺と浅井先生の関係を認めてくれたとかそんな甘い話じゃなく、「無責任なことをしたらどうなるかわかっているな?」という恫喝に近いものだろう。
正体不明の「神様」も怖いが、このおばあさんも大概だ。浅井先生の前であんまり鼻の下を伸ばさないよう注意しないと……
おばあさんとの電話が終わり、ようやく朝食を取る余裕ができた。
俺の電話が終わるまでリーちゃんは待っていてくれたらしい。もうパンも冷めているだろうに……
「悪いなリーちゃん、早く食べたかったろ」
「いえ、猫舌ゆえに冷めるのを待っていたところです」
「本当にかわいい猫だなキミは」
「そうでしょう。飼ってもいいんですよ」
リーちゃんは撫でろと言わんばかりに小さい頭を押しつけてきた。
右手に食パン、左手にリーちゃんの頭部を抱えて朝食を取る。
まだ眠気はあったが、腹が膨れると少し気力が湧いてきた。
大学の四限が終わり、これからバイトへと向かう。薄情な諸星は放っておいて、今日は浅井先生と一緒に帰路につく予定だ。
浅井先生と過ごせるのは嬉しいが、色々相談したいこともあるし、楽しい帰り道とはならなさそうだ。
「待たせたわね、武永先生。うーん……思ってたよりひどい顔色ね」
「はは……昨日は色々あったからな。おばあさんのお陰で少し気持ちは楽になったが」
「それなら良いのだけれど……」
浅井先生は心配そうに俺の立ち姿を四方八方からキョロキョロと見分した。
周りの学生から不審な目で見られるので程々にしてほしいのだが、彼女なりの優しさだと思うと無下にはできない。
「本当に大丈夫? ご飯食べれた? 熱とかない?」
「そんな大層なもんでもないよ。強いて言うなら寝不足がちょっとつらいな」
「あら……武永先生が心配だから私がついててあげたいけれど、私の実家に来ても落ち着かないわよね」
「それはそうかもな。何かいい方法はないかね……」
前に椿と過ごしたみたいにファミレスで夜を明かすのも一つの手だが、できれば今日は横になって眠れる場所がいい。
そうなると……
「ねえ、武永先生。一つ提案があるのだけれど」
「奇遇だな。俺も考えてたことがある。おそらく同じ案だろうけど……」
「まったく、キミたちは困るとすぐボクのところに来るんだな」
「悪いな村瀬。お前だけが頼りなんだ」
「ええ、姫子ちゃんの寛容さに甘えてばかりで申し訳ないわね」
「ボクだって忙しいんだけどな。まあ、どうしてもと言うから仕方なしにだな……」
ブツブツと言いながらも、村瀬の声色は弾んでいた。
頼んでもいないのに夕飯の用意までしてくれている。
皮肉ではなく本当に、良い性格をしていると思う。もうちょっと素直ならもっと色んな人に好かれそうなものだが。
「リゾット? これ姫子ちゃんが作ったの? すごいわね!」
「意外と簡単なものだよ。お米や具材をケチャップで炒めて、コンソメスープで炊くだけだから」
「うまいな。カフェとかで出てきそうな本格的な味だ」
「そ、そうかい? ふふ、実はボクもこいつには結構が自信があってね……」
浅井先生と俺から代わる代わる誉められて村瀬はゴキゲンなようだ。
俺たちは助けてもらえるし、村瀬は気分がいいし、win-winの関係というやつだろう。
まあ、お世辞抜きにしても村瀬のリゾットはなかなかのクオリティであった。
彼女特有の凝り性が良い方向に影響しているのだろう。
ロリィタ的なものへの執着も、その筋の人から見れば立派な「こだわり」なのかもしれない。
男友達を女装させるのは流石にやりすぎだと思うが……
「さてお腹も膨れたところで、武永くんの可愛い写真をお披露目しようかな」
「バカ……! お前、浅井先生がいるのに何考えてんだよ!」
「何なに? 気になるわね」
「ほら興味持っちゃっただろ! どうすんだよ村瀬オイ!」
「ちょっとくらい構わないだろう。きっと良子ちゃんも気に入るはずだ」
「あんなもん見られるくらいならまだ全裸を見せる方がマシなんだよ!」
「えっ、武永先生……全裸より恥ずかしい格好してたの?」
「ほら話がこじれ始めただろうが!」
「これは困ったね……誤解を解くためにもキミのチャーミングな姿を見てもらわないと」
「なんでそんな見せたがるんだよ!」
「布教しなければ衆徒は増えんだろうが」
「増やすな!」
村瀬とあれこれ言い合い、それを浅井先生が不思議そうに見守っている間に夜は更けていった。
もう寝る時間だ。村瀬と浅井先生はベッド、俺は床で眠ることにする。
寝袋のようなものはなかったが、村瀬の部屋のカーペットはやたらとフカフカなので寝心地は悪くなさそうだ。
「どうだ武永くん。羨ましいだろう」
村瀬は浅井先生の腰に手をあて、ぐっと引き寄せた。
ひゃっ、と嬌声をあげる浅井先生が愛らしい。
ベッドの上で美女二人が身を寄せ合う、かなり扇情的な光景だ。男として否が応でも反応してしまう。
「ふざけてないで寝ろよ村瀬」
「ふふ、強がっても耳が赤いな武永くん。やはり可愛らしい」
「うるせえな……俺のこと何だと思ってんだよ」
「いい友人だと思っているが?」
「お前の友人観、何気に歪んでるよな……」
いつまでも村瀬と遊んでいるわけにもいかないので電気を消す。
浅井先生とお泊まりというドギマギしそうなシチュエーションだが、村瀬のお陰で落ち着いて夜を過ごせそうだ。
助かったような、少し残念なような……
うつらうつらと意識が薄まりかけてきた頃、ドンドンドン! と激しいノックの音で心臓が跳ね起きた。
少し間を置いて、再びドンドンドンドン! とドアを乱打する音。
この大音量……明らかにこの部屋のドアを叩いてる音だ。
「ふぅん……来たようだね」




