49―1 石頭と逃避行 その1
「一週間? 無理に決まってんだろ」
諸星の返事はつれないものだった。無二の友人の決死の願いを袖にするとは、まったくイカした奴だ。
「そこを何とか」
「今日は構わねえけどなあ。明日はミカちゃんが来るし、明後日はミクちゃんと飲みに行くし、その次はリカちゃんと……」
「お前……もはや病気だろそれ」
「かもなあ。俺も武永みたいに健康健全な人間でありたかったぜ」
ヘラヘラ笑いながら諸星はそばを啜った。思い返せば諸星の家に連泊したことはない。サークルや勉強で忙しいかもしれないと気を遣っていたのだが、そんな理由で忙しかったとは……
ともかくこれは痛い誤算だ。明日から俺は宿無しか…… 最悪大学に寝袋を持参してもいいんだが、深夜まで他に人がいるかどうか定かではないし。
「明日から泊まるところないんだけど……どうすっかな」
「そんなもん別の知り合いに泊めてもらえばいいだろ。なあ?」
「わたしもそれがいいと思います」
「リーちゃん!? いつの間に……」
突然後ろから聞こえてきた声に思わず箸を落とす。まだ定食を食べきれていないというのに……
「ずっとナガさんの後ろにいましたよ」
「椿みたいなことやめてくれ」
「気づいてくれないなんてひどい人。これはお仕置きが必要ですね」
「再現度の高さよ」
「それはそうとナガさん、お困りのようですね。ここはわたしが一肌……いや二肌か三肌ほど脱ぎましょう」
「脱ぎすぎだろ。もう皮膚まで脱いでない?」
「皮下組織が見えるかギリギリのところですね」
「人体模型かな?」
とりあえずリーちゃんのおふさげには付き合ってみたが、彼女が真に言いたいことはわかっていた。
要するに「困ってるなら自分の家に来い」ということらしい。なかなか男気がある。
しかしリーちゃんは見た目が幼すぎるし、俺が家に押しかけるとなんかヤバい見映えにならないか? 大学生同士だしセーフなんだろうけど。
「変に意識すんなよ武永、キモいぞお」
「うるせえな。俺はお前と違って紳士なんだよ」
「紳士ねえ。でもリーちゃんに色目を使うのは立派なロリコンだよなあ」
「ナガさんがロリコン紳士でもわたしは受け入れますよ」
「気持ちは嬉しいけど、まず俺はロリコンじゃないんだよリーちゃん……」
冗談はさておき、リーちゃんの提案は有り難いものだった。
一人で過ごしても構わないならホテルなりネットカフェなりで夜を過ごしてもいいのだが、やはり「誰かと一緒に過ごすべし」という条件がネックになる。
リーちゃんの家に泊まることでそれをクリアできるのは大きい。
「そうか、武永とリーちゃんもついに一線を越えるわけか」
「俺はそんなつもりじゃ……」
「お前なあ……若い男女が二人きりで泊まるったらやることは一つだろ」
「そうですね、組んずほぐれつの『アレ』をする他あり得ないですね」
「リーちゃん意味わかってて言ってる?」
「もちろん。ジェンガ、ですよね?」
「うん、なんか安心したわ……」
「まあ崩れた方が負けみたいなところあるしなあ」
「お前が言うと卑猥に聞こえるからやめろ」
良い友人たちのお陰でひとまず数日は凌げそうだ。
学部やバイト先の同性を頼るのも考えたが、心霊に取り憑かれかけてる俺を受け入れてくれるほど親しい人間はさすがにいない。
しかし諸星やリーちゃんは心霊的なものは大丈夫なのだろうか。
念のため二人に再確認すると、
「女の幽霊だろ? 頑張れば抱けんことはない」と諸星。
「うちには瀬戸内海から直輸入した塩があるのでたぶん大丈夫です」とリーちゃん。
まったく頼もしい奴らだ……
諸星の住む部屋は相変わらずとっ散らかっていた。
ゴミが多いというわけじゃないが、服やら整髪料やら楽譜やらが乱雑に放置されている状態である。
以前片付けを手伝ったこともあるが、二週間後には元通りになっていたので、それ以来諦めることにした。
「で、なんで君もいるんだ」
「リハーサルということで」
やけにリーちゃんがついてくるなと思っていたら、そのまま何も言わずヌルッと諸星の家に上がり込んできた。
いま彼女はソファに寝そべり、まるで家主のごとく堂々とくつろいでいる。
「いいじゃねえか武永。道連れは多い方がいいだろ」
「不吉な言い方すんなよ……それとリーちゃんは何なの、そのポーズ」
目を離した隙にリーちゃんは立ち上がり、両腕を強調する謎の体勢を取っていた。
「モストマスキュラーです」
「ごめん全然わからん」
「ボディビルのポージングですが」
「なんでその細腕でやろうと思ったんだ……」
「頼りになるところを見せようかと」
やり方はともかくリーちゃんなりに俺の緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。
まあ、リーちゃんと諸星がいる時点でもう怖い気分などほとんどなくなっているのだが……
「家主の俺は当然ベッド寝るけど、リーちゃんはソファで寝るかあ?」
「そうなると俺は床か……別にいいんだが」
「ナガさんもソファに来ますか?」
「いや、さすがに二人は寝れんだろう」
「ナガさんの上でわたしが寝れば解決では」
「人を敷き布団扱いするなよ……」
「それならわたしが掛け布団になりましょう」
「結果的には同じじゃねえか」
リーちゃんを腹の上に乗せて安眠できる気はしなかったので、諸星の家にあった寝袋を借りて床で寝ることにした。
「武永ぁ。怖くてなって泣くのはいいが……漏らすなよ」
「うるせえ。マジで漏らしてやろうか」
「なるほど、幽霊には聖水で対抗すると。合理的ですね」
「俺の尿にそんな効用はないと思うが……」
他愛ない話を続けているうちに誰からともなく眠り始め、気づけば朝になっていた。
まだ諸星とリーちゃんは眠っているが、何事もなく朝を迎えられたようだ。
とりあえず椿に電話してみて、何事もなかったか訊ねてみるか?
まあ椿のことだから大して心配する必要もないような……
スマホの画面をつけると、知らないIDからメッセージが来ていた。
また椿の新しいアカウントだろうか。アイツ、俺がブロックする度にアカウント作り直してんだよなあ……
アプリを開くと、「繧?k縺輔↑縺」というアカウント名からメッセージが来ていることがわかった。
文字化か? このタイミングで不気味だな……
そして本文に書いてあったのは……
「マダ オワッテ イナイ」




