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47―4 ロリィタとマゾヒスト その4

 村瀬の言っている言葉の意味がわからない。俺がこのピンクのロリィタ服を着る? なぜ? なんのために? 着る? 切るとかじゃなく?


「すまん村瀬、俺の聞き間違えかな。まさかこの俺が、なんの変哲もない成人男性の俺が、ロリィタ服を着るわけじゃあるまいな?」


「そのまさかなんだよ。ボクはね、キミに似合うと思ってその服を用意したんだ」


 途端に嫌な汗が吹き出す。おそるおそる村瀬の目を見ると、その瞳はきれいに澄んでいた。酒を飲んでいるわけでも薬をキメているわけでもなさそうだ。

 コイツはいま正気で俺にロリィタ服を着せようとしている。


 特段ハンサムな顔ではなく、背が低いわけでも、身体が特別細いわけでもない、ただの男にロリィタ服を着せるだと? 似合うわけがないのに?

 わからない。そんなことをして何になるというのか。もしかして俺をからかっているだけなのか?


「冗談、だよな?」


「冗談やドッキリでLLサイズの服を買うと思うかね? 広げてみたまえ、きっとキミにピッタリのはずだ」


「いや、だって、そんなことして誰が得するんだよ……」


「ボクだが」


(わたくし)もでございます」


 なんてことだ。

 普段なら「お前は黙ってろよ」と伊坂に軽口の一つも言えたのだが、次の言葉が喉から出てこない。

 SMの衣装ならまだしも、女装って、いくらなんでもそれは……


「む、村瀬……さすがにそれはちょっと……」


「わかるよ。初めては誰だって怖い。でもね、キミはきっとやれる男だって信じてるよ」


「男だからこそできねえんだが」


「何を言うか。『メス堕ちは男にしかできないがゆえに最高に男らしい行為だ』という格言を知らないのかい?」


「知らねえよそんなトチ狂った格言」


「安心したまえ。ロリィタ服は骨格が隠しやすいから女装初心者にも易しいファッションなんだよ」


「女装自体が生易しくないんだが……?」


 村瀬も伊坂も期待するような目で俺のことを見ているが、そんな恥ずかしい格好してたまるか。

 情けない立ち回りばかりの俺にだってプライドというものがある。


「悪いが帰らせてもらう。女装をする約束なんてしてないんでな」


「えっ、武永くん……そんな殺生な」


「殺生なのはお前の方だろ。俺の尊厳を殺す気か」


「そうか……キミはそういう奴だったんだね」


 眉間に皺を寄せうつむいた村瀬から悲愴感が漂う。どうせお得意の演技だろう。俺は騙されんぞ。

 そりゃ村瀬との友情は大事だが、女装を要求するのは最早友情というよりただの劣情だろう。

 何事も越えてはならない一線というものがあるものだ。


「お待ちを、武永様」


「あん?」


 ひたすらしょぼくれる村瀬の脇から伊坂がにゅっと首を出した。

 一応俺のしもべって設定なのに、なんで村瀬側に立ってんだろコイツ。


「まさかお前、俺に説教するつもりじゃないよな? お前ごときに人倫を説かれたくはないが」


「滅相もございません。しかし主人が損をしないよう気を配るのも従僕の役目かと考えまして」


 損? 女装を断って俺に何の損があるというのだ。変態の言うことはよくわからん。


「ここで武永様が村瀬さんを裏切ることは簡単です。しかし、それで何が得られましょう。どうせなら、もう一稼ぎしてはいかがでしょうか」


「稼ぐって、何をだよ」


「信用でございます」


 したり顔でニヤリと笑う伊坂を見て、ようやくヤツの言わんとすることがわかった。


 確かに女装を求めてくる村瀬の要求は過大なものだ。

 そんな無茶を聞けば俺が村瀬に借りを返すどころか、村瀬に貸しを作ることになる。


 そう。伊坂は、だからこそやるべきだと言っているのだ。


 今回は首尾よく(?)危機を脱したが、またいつ困り事が起こるかはわからない。

 村瀬は実際いい友人なのだが、彼女がいつでも手を貸してくれるとは限らないものだ。

 もっと大きな難局を迎えた時に助けてもらうためには、いま村瀬の無理なお願いを聞いておくべきなのだろう。


 「信用とは貨幣である」と言ったのはウェーバーだったかフランクリンだったか。

 何にせよ、貸しを作っておくに越したことはない。助け合ってこその友達だ。


「ま、伊坂の言うことも一理あるか……それはともかくお前、やけに村瀬の肩を持つんだな」


「他意はございません……ロリィタ服の武永様に首を絞められたいなどと思ったわけではなく、純粋な善意でございます……」


「願望がダダ漏れなんだが?」


 やっぱり良からぬことを考えてやがったか……コイツそのうち俺のこと裏切るだろうな。


 まあいい。やると決めたからにはさっさと終わらせてしまおう。


「で、村瀬。俺はどこで着替えりゃいいんだ」


「本当に着てくれるのかい? 嗚呼、ボクは良い友達を持ったものだ。おっと、感動して思わずよだれが」


「感動して出る体液じゃないだろそれ……」


 おそるおそるロリィタ服を拾い上げ、村瀬に導かれるまま脱衣場へ移動する。

 洗面台の周りには異様な量の化粧品が所狭しと並んでおり、見るだけで眩暈がしそうだ。ウチの姉なんてポーチに収まる程度の品しか揃えていなかったというのに。

 単に村瀬の家が裕福だから、というだけではないのだろう。

 この光景だけでも彼女の執着にも似たこだわりを感じる。


「服の着方がわからなければヘルプを呼んでくれ。大丈夫、変なことはしないさ」


「すでに変な要求をされてるが……」


 ひとまず引き戸を閉め、脱衣場には俺一人になった。正面には全身を映せる大きな鏡。コイツのせいでどうにも落ち着かない。


 改めてロリィタ服を広げてみると、何やら布が何重にもなっていてよくわからん。

 このカーテンレースみたいなやつは何なんだろう。

 まあとりあえずそれっぽく着てみるか。






「おっ、武永くん早かったね……って何だいその姿は!? ドロワーズは!? パニエはどこにいったんだ!?」


「えっ、なんか変か?」


「変だよ! すべてが変だ! ……もういい! 伊坂くん、彼を脱がせてしまおう!」


「仰せの通りに」


 すごい形相で怒る村瀬に唖然としているうちに、いつの間にかどんどん服が脱がされていった。

 あっという間にパンツ一枚にされたのだが、村瀬も伊坂も照れるでもなく事務的に俺の身体を検分している。


「うーん……わかってはいたが女性とは骨格からして別の生き物だね。手首のつけ根や首元はフリルで隠せるとして、全体が……」


「重ね着をすればラインは誤魔化せるのではないでしょうか。しかし洋服の色味に比べると血色がよろしくないように思います。ここは私の粧具で……」


「助かるよ。さて、どこから手をつけていこうか……」


 俺の意思が置き去りで改造計画みたいなのが始まったんだが。

 あと俺しょっちゅう伊坂の前で裸になってんな……


「なあ村瀬、そんなにマジにならなくても……ほら、俺って別にイケメンでもないしさ……」


「わかるよ、誰だって己の可愛さに自信は持てないものだ。しかし案ずるな武永くん! ボクが責任持って可愛くしてやるからな!」


 ダメだ、まったく話が通じない……このままだとメスにされてしまうぞ、俺。



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