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47―2 ロリィタとマゾヒスト その2

 村瀬の立てた「作戦」では、伊坂の協力が必須になってくる。

 元々伊坂の蒔いた種である以上、嫌と言っても手伝ってもらわねばなるまい。

 まあ、極まったマゾヒストであるコイツに本心から「嫌」だと思える事象がこの世にあるかは疑問だが……


「私はこれからどこへ連れていかれるのでしょうか……拷問部屋ですか?」


「そんな場所国内にあんのか? 普通の家だよ。友達の住んでるマンション」


「なるほど、そこで私は殴る蹴るの暴行を……」


「受けない受けない。お前は俺を何だと思ってるんだ?」


「お優しい方です」


「お前の優しさの基準壊れてない?」


 伊坂と雑談をしているうちに村瀬の住むマンションにたどり着いた。

 さすが社長令嬢だけあって、築浅・駅近・セキュリティ万全の建物だ。

 俺の住んでる陽当たりの悪い地味なマンションとは大違いである。


 村瀬の部屋番号を呼び出すと、物々しい音とともにオートロック式の重い扉が開いた。

 中へ入り、エレベーターで8階まで上がる。


「その村瀬さん?という方はどういった人なのでしょう……」


「いい奴だよ。ちょっと変だけど」


「私や椿さんよりもですか?」


「お前自分が変人だって自覚あったのか」


「ええ、誇りを持って自称できます」


「他に誇れることとかないのかよ……」


「ありませんが何か……?」


「胸を張って言うな」


 8階に着き、802号室を目指す。それにしてもデカいマンションだ。学生が住むにはいささか贅沢すぎる気もする。


 部屋の前で再びインターホンを鳴らすとドアが開かれ、甘い香りとともに村瀬が姿を見せた。


「よく来たね。武永くんと、えー……さらちゃん、だったか」


「いえ、そんな……もっと他人行儀に伊坂と呼んでください」


「ああ、うん……噂通りの子だね」


 村瀬に招かれて彼女の部屋に入ると、予想通りメルヘンチックな空間が広がっていた。

 やたらレースの多いカーテン類に、いずれも淡い色合いの家具類。

 何よりベッドの上に天蓋があるとか意味がわからん。貴族なのか?


「ずいぶん趣味のいい部屋だな」


「そうだろう? この椅子なんかはフランスのアンティークなんだが……」


 ダメだ、皮肉も通じそうにない。まあ俺の好みでないだけで、これはこれで完成された一つの世界なのだろう。あまりからかうものでもないか。


「確かにハイカラでございますね。こんなおとぎ話のような空間で痛めつけられるなんて、初めての経験で胸が高鳴ります」


「いや、ボクにそんな趣味はないが……」


「えっ、そうなのですか?」


「武永くん、この子にはちゃんと趣旨を説明したのか?」


「説明したうえでコレなんだよ。察してくれ」


「ボクが言うのも何だが……キミの周りには『こういう』人しかいないのか?」


 村瀬は呆れながらも、ソファーに腰かけるよう勧めてきた。テーブルには三人分の紅茶。

 俺たちが来るのを見越して用意してくれていたのだろう。

 花を沸かしたような甘い香りが鼻をくすぐる。


「それにしても、なんでわざわざ家に招いてくれたんだ? 俺の家でも良かったろうに」


「キミの家だといつ椿くんが現れるかわからんだろう」


「それもそうだな」


「あとキミの家は狭いしな」


「うるせえ」


 改めて周りを見渡すと、まるで自分が絵本の中に紛れ込んだような奇妙な気分になった。

 いま自分の座っているソファーも淡いピンクで、どこか現実感が無い。


 幸い紅茶は渋みが少なく飲みやすかったので、ようやく気分が落ち着いてきた。

 セイロンティーだろうか、スッキリとした味わいがある。


「しかし、本当にボクの計画に従っていいのか? 正直なところを良子ちゃんに話せばわかってくれると思うが……」


「わかってくれるからこそダメなんだよ。俺が嫌々伊坂を虐めてることが露見すれば、浅井先生は俺の気持ちを案じて止めさせようとするだろうし。変な心配かけたくないんだよ」


「なるほど、キミらしいね」


「ご立派にございます……」


「主にお前のせいなんだが自覚あるのか?」


「ええ、反省の証としてそこのベッドで私を窒息刑にしてくださっても構いません……むしろそうしてくださらないと、私頭がどうにかなりそうで……」


「既にどうにかなってるだろ」


 伊坂の戯言は無視するとして、浅井先生を欺くためには色々準備が必要だ。

 そのためにわざわざ三人集まったのだ。手順を整えていかないと。


「ところで伊坂くん、殴られることはその……そんなに『イイ』のか?」


「最初はズドンと痛みが来るのですが、その山を越えるとじわりじわりと多幸感が膨らんでくるのです……もちろんこれは殴る側にも言えることで、罪悪感を越えた先に見える景色があるようです」


「なるほど、興味深いな……」


「そうでございましょう……村瀬さんもお一つ、いかがでしょう。私の腹部はいつでも空いておりますので」


「まあ気が向いたらね」


 なんでちょっと仲良くなってるんだコイツら。

 変人同士惹かれあうものがあるのだろうか。まあ険悪になられるよりはまだマシだから構わないんだが……








 

 作戦当日。俺たちが浅井先生を待ち受ける場所は学生会館の三階、モアちゃんと初めて邂逅した部屋だ。この部屋には何かと縁があるな。

 

 コンコン、と短いノックの音。どうやら村瀬が到着したらしい。

 勝算があるとは言え、一か八かの賭けだ。背中を汗が伝う。しかし、ここで怯えては台無しだ。

 ハッタリをかます時は堂々と。以前諸星がしたり顔でそんなことを言っていたような……




 部屋のドアが開かれ、浅井先生が姿を現した。

 即座に彼女と目が合う。



 部屋の中にはボンテージ姿で仁王立ちする俺と、和装のまま縛られ床に転がされた伊坂。

 周りには大小様々のSM器具が並べてある。ムチに猿ぐつわ、蝋燭に首輪にギャグボール。手枷足枷、謎の錠前。(いずれも伊坂の私物だ)


 明らかに異様な空間を目の当たりにし、浅井先生は目を丸くしたまま硬直している。

 当たり前だ。いきなりSMの現場を見せつけられて困惑しない人間などいない。


 だが、これでいい。ひとまず第一段階は成功だ。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定も展開も好みど真ん中だしなにより会話の空気感が最高にいい [一言] 応援しています
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