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44―2 石頭とそれぞれの家庭環境 その2

「姫のお父上の写真はあるんでしょうか」


 ようやくリーちゃんが身を起こし、村瀬の立つ方へ向き直った。

 起き上がったと言っても、まだ半身は俺に預けたまま座っているのだが……椿に見つかっても知らんぞ。


「む。莉依ちゃんの頼みなら……と言いたいがどうも気恥ずかしいね」


 気持ちはわかる。たとえ親との仲が良好でも、何となく自分の親を人に見せるのは恥ずかしいものだ。

 ただ、正直に言えば俺も村瀬の父を見てみたいとは思う。ロリィタファッション好きのオジサン……どんな風体の人なんだろうか。

 それにそんな面白そうなものを諸星が見逃すとは思えない。


「……」


 諸星は腕組みをして黙っている。好奇心で余計なことに首を突っ込みたがるコイツにしては珍しい。

 何か思うところでもあるのだろうか。


「どうしたんだよ諸星、お前らしくもない」


 リーちゃんと話す村瀬に聞こえないよう、コッソリ諸星に耳打ちする。


「いや、もし仮に姫ちゃんの親父さんが禿げて太ったオッサンだったら困るだろ」


「そうか……お前も気遣いを覚えたか」


「ああ、まさに気遣いだな。そんなもん見せられたら、俺はその場で吹き出しちまうからなあ。あと絶対ことあるごとに笑いのネタにしてしまいそう」


「うん……見ない方が良さそうだ」


 諸星とひそひそ話をしているうちに、村瀬はいつの間にかリーちゃんに自分のスマホを見せていた。リーちゃんが「おー」と感心の声を上げる。


「姫、これだけ立派なご尊父ならナガさんたちにも見せてあげてはどうですか?」


「そうかい? ふふっ、莉依ちゃんがそう言うなら仕方ないなあ」


 リーちゃんに誉められて得意になった村瀬が、こちらにスマホの画面を向ける。

 そこに写っていたのは、いつものロリィタ服を着た村瀬と、高級なスーツにロマンスグレーが映える壮年男性だった。


「すっげえイケメンじゃん。イケオジっつった方が良いか」


「ふふふ、そうかい。父を誉められるのは少し照れるね」


 考えてみれば、村瀬自身がかなりの美人なので父親が美形でもまったく不思議ではない。

 照れるどころか誇らしそうな村瀬がちょっとウザいが、まあ自慢したくなる気持ちはわかる。


「折角なのでうちの浩一郎も見てください」


 今度はリーちゃんがスマホを見せてくる。そこに写っていたのは、真顔で妙なポーズを取るリーちゃんと、少し背の低い優しそうなオジサンだった。

 たぶんこの人がリーちゃんの父親なんだろうけど……


「普通だな」


「普通だね」


「普通すぎるだろ」


「そうでしょう」


 何故かリーちゃんは誇らしげだった。本人が喜んでいるなら別にいいんだが……






「しかし姫ちゃんの親父さんは高そうな服着てんなあ」


「ああ、一応経営者だからね。見栄でもそれなりの格好はしていないとダメらしいんだ」


「うえ、ってことは姫ちゃん社長令嬢なのかよ」


「特段裕福というわけでもないがね」


「なるほど。姫の父上はやはり王なのですね」


「いやいや、そんな大したものでは」


 口では謙遜してみせているが、村瀬は身内が誉められた気分がいいらしい。どうもさっきから口元がニヤケている。

 村瀬のそういうわかりやすい性格は嫌いじゃないんだが。


「ちなみに浩一郎の年収は600万です」


「やっぱり普通だ……」


「なのでナガさん、うちの実家に来る時は緊張しなくて大丈夫ですよ」


「ああ、うん……行く予定はないけど……」


「そう言わずに。広島はいいところですよ。鹿もいますし」


「もうちょっとマシなアピールポイントない?」


「『くわい』の生産量が日本一です」


「そっか……縁起物だしな、くわい……」







「ところで諸星くん、キミのご家族はどんな人たちなんだい?」


「おっ、姫ちゃん。ようやく俺に興味持ってくれたか」


「キミ自身に興味は無いが、どんな風に育てばキミのような人になるのかは気になるね」


「参ったなあ。俺そんな立派な人間に見えちゃってたか」


「誉めてるわけじゃあないんだが……」


 俺も諸星とはそれなりに付き合いが長いが、そう言えばコイツがどんな家庭で育ってきたのかあまり知らない。

 幼い頃からヴァイオリンを習っていたり、時々海外に行ったりと立派なお家だとは想像しているが、言われてみると詳細が気になってくる。


「俺の話はいいだろお。それより武永の話に戻ってだな……」


「ズルいぞ諸星、お前だけ」


「そうですよ、我々は恥部を晒しました。次はボシさんの番です」


 自ら見せつけたお父さんを恥部扱いはひどいな……とは言え、リーちゃんの主張も一理ある。

 みんなそれなりにバックボーンをさらけ出した中で、一人だけ秘密主義というのもつまらないものだ。


「はあーっ……あんま家族の話すんの好きじゃねえんだけどなあ」


 長いため息をついた後、諸星はポツリポツリと話し始めた。


「まあ見当はついてんだろうけど、うちの家は結構デカい。親父は製薬企業の重役。兄貴は東大で姉貴はどこぞの医学部。いわゆるエリート一家ってやつだな」


「立派な経歴じゃねえか。何も隠すことなんて……」


「そうだなあ。ご立派な兄姉と比べられて育ってきた俺には眩しすぎるくらいだ」


「……」


「いい大学に行くのが当然で、努力しようが苦労しようが誰かから誉められるわけでもない。むしろ、トップに行けなきゃ落伍者同然って価値観だったなあ。うちの家は」


「いや……自分で言うのも何だが、うちの大学だってそれなりの偏差値じゃあ……」


「ま、あの人らから見たらダメなんだろうよ、それでも。俺は一家の鼻つまみ者ってわけ」


 諸星はいつものようにヘラヘラと笑ってみせたが、その表情には少しだけ違和感があった。

 俺の考えすぎかもしれないが、諸星の丸眼鏡の奥、奴の瞳に少し暗い影が差したように見えたのだ。


「他人様の家庭にケチをつけるべきじゃあないが……あんまり愉快ではなさそうだね」


「だろ? つまんねえの、うちの家は」


「なるほど、ボシさんが女好きになったのは厳しい家でしつけられた反動なんですね」


「いやー、それがそうでもねえんだよな」


「と言いますと?」


「別に男女交際を咎められたことはねえさ。成果さえ出してれば文句は言われねえ。もっと言えば、成果を出してなくても何も言われねえ」


「それなら……自由でいいのかもな」


「甘いな武永。『何も言われない』ってのは比喩じゃねえんだ。文字通り『何も言われない』」


 ……どういう意味だろう。諸星の真意が掴めない。


「要するに、テストの点数が悪けりゃ口も利いてもらえねえし、トップクラスの大学に行かなきゃ『いないもの』とされる。最後に親父と話したのはいつだっけか……大学入ってから話した覚えはねえなあ。ヒャヒャヒャ」


「諸星……」


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