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44―1 石頭とそれぞれの家庭環境 その1

 大学の中庭。木陰のベンチに座っていると、木の上からスルスルと白い蛇が降りてきた。

 その小さな頭に触れてやると、蛇はくすぐったそうに身をひねった。


 最近ではちょくちょく白蛇が姿を見せに来る。おそらく、蛇を通じて千佳も俺の姿を見ているのだろう。


 実家で千佳と別れる際、「会えないのは寂しいから蛇を時々遣わせてもいいか」と尋ねられたのだ。

 蛇は怖かったが無下に断るのも悪い気がしたので、条件付きで蛇の使用を許可することとなった。


 最初こそ不気味で距離を置いていたが、慣れてみると可愛いものだ。

 人と違って話はできないが、黙って寄り添ってもらえるのも悪くない。実家で犬を飼っていた経験のせいか、俺は自分が思っている以上に動物好きなのかもしれないな。


「どうもナガさん。光合成ですか?」


「おわっ!? なんだリーちゃんか……」


 リーちゃんが姿を見せるなり、白蛇は素早く枝葉の影に隠れた。

 白い蛇を連れている変人だと噂されたくなかったので、あまり人前では蛇を出さないよう千佳には頼んでいるのだ。


「ボシさんを見かけませんでしたか。少し用事がありまして」


「いや、見てないな。待ち合わせでもしてたのか?」


「はい。『木陰のいい感じのベンチの下で待ち合わせ』と言っていたのですが、そこにはナガさんがいました。ニアミスですね」


「待ち合わせ場所漠然としすぎじゃない?」


 それにニアミスって言葉の使い方合ってたっけ……と考えていると、リーちゃんは俺の隣に腰かけた。

 別に横に来られるのは構わないんだが、妙に距離が近い。


「諸星を探すんじゃなかったのか?」


「『果報は寝て待て』とも言いますし」


「座るどころか寝るつもりなのか君は」


「膝枕してくれてもいいんですよ」


「頼む側の台詞じゃない」


 などと言い合っているうちに、リーちゃんは本当に横になり、小さな頭を俺の太ももに乗せてきた。そのまま無表情で俺の顔を見上げてくる。

 何だこの状況。育児か?


「おー、リーちゃん。やっぱりここにいたか」


 物陰から諸星のデカい図体がぬるりと現れる。

 なんでここがわかったんだ。俺が知らないだけで『木陰のいい感じのベンチ』は共通認識なのか?


「武永も一緒か。なんか久しぶりに会った気がすんぞ」


「二日ぶりだけどな……」


「しかしリーちゃん、ゴキゲンな体勢だな」


「そうでしょう。この席は譲りませんよ」


「ヒャヒャヒャ! そりゃ残念」


 諸星が来てもリーちゃんは俺の膝の上から動くつもりは無いらしい。仮にも先輩の前でそんなだらけてていいのか?

 寝そべった体勢のままリーちゃんは自らの鞄を探り、荷物の入ったビニール袋を取り出した。


「ボシさん、これお借りしてたやつです。ドヴォルザークのCD」


「おっ、聴いた? やっぱチェコ・フィルはいいだろお」


「仰る通りで。ボヘミアの草原が見えましたね」


「アンチェルの匠の技だよなあ」


 なんだかよくわからん会話が繰り広げられている……

 そういうマニアックな話はせめて俺の膝から降りてやってほしい。なんか疎外感あって寂しいし。


「ボシさん、ナガさんが寂しがってますよ」


「おっ、悪いな武永。お前のこともたっぷり可愛がってやるからなあ」


「いちいち言い方が気色悪いんだよお前は……」


 諸星が指をウネウネと動かしながら寄ってくる。俺の何を揉む気なんだコイツは……逃げたくてもリーちゃんがいるから動けないし。


「冗談はさておき、アレは何なんだ? 武永」


「アレ、って……何のことだよ」


「とぼけんなよ。そこの木に隠してるやつだよ」


「な、何を指してるのかわからんな……」


 知らぬ存ぜぬで通したいが、我ながら苦しい態度だと思う。おそらく諸星は樹上に潜む蛇に勘づいているだろうに。

 説明が色々と面倒なので何とか誤魔化したいところだが……


「ああ、最近ナガさんが連れてる蛇のことですか」


「えっ!? リーちゃん気づいてたのか!?」


「気づいてるも何も学内の人はだいたい知ってますよ。『本庄椿に狙われすぎてついにおかしくなったのか』ってもっぱらの噂です」


「あっ、うん……そうなんだ……」


 隠し通せてると思っていたので何だか妙に恥ずかしい。しかも知らん人たちにまで心配されてるみたいだし……






 とりあえず、諸星とリーちゃんには俺の実家であった一連の事件を話すことにした。


 蛇使いの一族だなんて突拍子の無い話を信じてもらえるとは思っていなかったが、その点は諸星もリーちゃんも特に気にかけていないようだった。

 それ以上に彼らの興味を惹いたのは、千佳の存在であった。


「そんな可愛い知り合いがいるなら俺にも紹介しろよなあ」


「お前だけは絶対に駄目だろ。相手は未成年だぞ」


「不埒なことはしねえからさあ」


「存在が不埒なんだよお前は」


 やはり諸星はこういう反応か。まったく、歩く猥褻物め……


「わたしも未成年ですよ」


「まあ見た目はな」


「実年齢もですが」


「妙に達観してるから若く見えないんだよ、リーちゃんは」


「何ですと。見てくださいこの妹力(いもうとぢから)を」


 よくわからないことを言いながらリーちゃんは俺の太ももに顔を埋めた。

 ベタベタに甘えるのが妹らしいということだろうか。妹がいないのでよくわからんが、実の妹はそんなことしないだろ、たぶん……


「だいたいなんですかその千佳って子は。妹キャラですか。わたしという妹がありながら、二人も妹を抱えるなんて……浮気ではないですか」


「どこからツッコめばいいのかわからんけど、妹は二人いてもいいだろ」


「一理ありますね」


「納得するのか……」







 諸星とリーちゃんの二人から質問責めに遭っていると、ふと見慣れたロリィタ服を見つけた。

 これは話題を変える好機かもしれない。声をかけてみるか。


「おーい、村瀬! こっちこっち!」


「ん? 武永くんか。って学内で何をしてるんだキミたちは」


 俺の膝の上に枕するリーちゃんを見て、村瀬は顔をしかめた。そりゃそうだ。俺も新手のプレイかと思ったしな。


「助けてください姫。見ての通りナガさんに襲われています」


 何をどう見たら俺が襲ってることになるんだろう。


「任せろ莉依ちゃん。お姉ちゃんがロリコンを退治してやるからな」


 村瀬は鞄から催涙スプレー的なものを取り出して構える。

 マジで? この状況で俺が怒られるの? なんか泣きそうになってきたんだが。


「冗談だよ武永くん。そう悲しそうな顔をするな。それで、何の話をしてたんだい?」


「武永の実家の話をな」


「へえ。親御さんは元気にしていたかい?」


「元気すぎてウザかったよ」


「コラコラ、親をそういう風に言うもんじゃないよ」


 くっ、変な格好の女に良識を説かれた……まあ、言ってることは正論なので反論するべくもないが。

 しかし村瀬は家族仲がいいのだろうか。妙な格好をしているし、複雑な家庭環境なのかもと思っていたが。


「村瀬は実家にはよく帰るのか?」


「まあ時々だね。神戸から岡山はそれなりの距離だから。親は帰ってこいとうるさいが」


「でもよお姫ちゃん、その格好で親から何か言われないのか?」


 諸星……訊きにくいことをぶっこんでくるな。コイツらしいと言えばらしいが。


「相変わらず無節操だなキミは。まあ、うちの親はむしろこういうフリフリの服が好きだからね。問題ないどころか喜ばれるよ」


「へえ……なかなかファンシーなお母さんなんだな」


「いや、母じゃなく父がな……」


 村瀬は恥ずかしそうに自らの頬を掻いた。

 ロリィタ服好きの村瀬父か……どんな雰囲気の人なんだろう。見たいような見たくないような……


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