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43―3 白蛇と帰郷 その3

「貴女が婚約者? ふふ、面白くない冗談ね」


 椿は千佳の発言を鼻で笑った。

 俺だって初耳だしな、そんなこと。法律的なことはよくわからないが、婚約者って勝手に決まってるものじゃないよな? 許嫁とかだったらあり得るのか?


「よく覚えて帰りなさい。先輩の婚約者はこの私、本庄椿よ」


「いや、お前でもないんだが……」


「先輩は黙っててください」


「当事者なのに!?」


 椿と千佳はお互いを視線で殺そうとせんばかりに睨みあっている。

 間に座っている俺は、とにかく居心地が悪く二人を交互に見ることしかできなかった。


 しかしよく考えると、椿とここまで真正面からぶつかる子は初めてかもしれないな。

 浅井先生はケンカとかする性格じゃないし、リーちゃんは(から)()で攻めるタイプだし。

 まだ恋人すらいないのに修羅場になるとは……貴重な経験ではあるが、素直には喜べない。


「ちょっと綺麗な顔してるからって調子に乗って……ポッと出の小娘が」


「アナタこそ何なの。お兄に拒まれ続けてるくせに」


「照れ隠しって言葉を知らない? ま、子どもには少し早かったかしら。大人の関係は複雑なの」


 子どもって言っても椿と千佳の年齢は二つしか変わらないんだが……

 俺がいま紛争地帯に首を突っ込んでもロクなことにはならないだろうし、黙ってるけどさ。


「貴女が婚約者だなんて、つまらない法螺(ほら)はやめてちょうだい。私の調査によれば、先輩は高校生の頃に一瞬恋人がいた以外に女っ気なしなんだから」


「お前なんで知ってんだよ……」


「ああ気にしないでくださいね。先輩が過去の女に未練があったとて、全部忘れさせてあげますから。私以外見えなくしてあげますよ。たとえ目を潰してでも」


 歪んだ顔で俺に笑いかける椿の目は、ドブのように黒く濁っていた。

 この感じ、何度か見たことがある。「スイッチ」が入ってる時の椿だ。

 こうなった時のコイツは武力行使も辞さない。厄介なことになったな……


「ウチの前でお兄に手出しさせるわけないでしょ」


「そう? なら貴女から排除するべきね。二度と生意気な口が利けないよう、しっかり教育してあげるわ」


「別にウチはどうなってもいいけど、アナタといるとお兄が不幸になる。排除されるべきはどっちか教えてあげる」


「えーっと……千佳、なんかキャラおかしくない?」


「安心してね、お兄のことは私が命に代えても守るから」


 いや重いんだが……どうやら千佳は俺に好意を持ってくれているらしいが、方向性が違うだけで椿並みのヤンデレじゃないか? この子。

 ああ神様、ヤンデレに好かれる才能なんかいらないから、もう少しマシなやつを授けてくれよ……


「嘘をつく舌はちょんぎってあげましょうね。大丈夫、すぐに止血すれば命には関わらないものよ」


「詐欺師ほど人を嘘つき呼ばわりする。後ろ暗いことがあるからこそ、自らの罪を他人になすりつけたがるもの」


「言わせておけば……!」


 千佳に掴みかかろうとする椿を全身で制止するが、俺に抱きつかれても収まらないほど椿は興奮していた。

 ダメだ。力押しじゃこの勢いは止めきれない。どうにか椿を落ち着かせないと。

 振り返ると千佳は長い舌を出して椿を挑発してるし、泥沼化は必至だ。


「待てって椿! 千佳の話は俺も初めて聞いたぐらいだから、何か勘違いがあるのかもしれん!」


「ああ、やっぱりこの子の『吹かし(ふかし)』だったんですね。先輩がこんな大事なこと私に黙ってるはずないし……」


「嘘じゃない。お兄も忘れてるだけ」


 千佳もなかなか強情で、俺の言い分を聞いても主張を曲げそうにない。

 クソッ、何でもいい。とにかくこの場をやり過ごさないと。


「離してください先輩。このガキに常識ってやつをわからせてやらないと……」


「落ち着けってば! そんな事実があったならうちの母親が知ってるはずだから! な、話を聞きに行こう!」


 おそらく千佳の勘違いだろうし、母から正確な情報を聞いてみよう。それで誤解はとけるはずだ。









「ああ、あったわね。そんな話」


 別室でテレビを見つつカレーせんべいを食べていた母は、振り返ってポツリと言った。


「え? マジで? 俺聞いてないけど……」


「当時はアンタも千佳ちゃんも子どもだったし、私だって半信半疑だったからねえ。そもそも加々美(かがみ)さん家とうちじゃ格も違うし」


 「加々美」というのは千佳の名字だ。千佳が大きな神社の娘だとは知っていたし、俺もまさか自分が婚約相手に選ばれるとは想定すらしていなかった。

 結婚相手の家柄とか重視するようなお育ちだから、そもそもうちが家庭教師先として抜擢されたことすら不思議だったのに。

 そりゃ俺も勉強は苦手じゃなかったが、探せばもっと選択肢はあっただろうに……


「千佳ちゃんもすぐ本家に戻っちゃったから、私も今の今まで忘れてたわ。テヘ」


「笑ってる場合か」


 知っていたことだが、まったく大雑把な母親だ……そういう話があるなら俺に言ってくれれば良かったのに。


 いや、よく考えれば聞いていない方が良かったか? 当時中学生の俺がそんな事実を知れば当惑し、千佳との仲もギクシャクしていただろう。

 今回ばかりは母のだらしなさに救われた形かもしれない。


「今はウチの親も認めてくれてるし。あとはおばさんが許可してくれれば二人は晴れて夫婦になれる」


「は? 何を言ってるの。お義母様(かあさま)は私を受け入れてくださったのよ。貴女の入る余地は無いわ」


 俺の母の前だからか、さすがに椿も暴れたりはしなかったが、何かの手違いでまた暴発しそうな雰囲気はあった。

 目前の脅威は依然として不変。漂う緊張感に息が詰まりそうだ。


「うーん、そうねえ……椿ちゃんはいい子だけど、断るのも加々美さんに悪いしねえ……」


 こじれた事態に母も当惑しているらしい。腕を組んでうんうんと唸っている。

 多少強引でもいいから、丸く収めてくれれば有り難いが……


「まあ……結婚するのは宗介だし、本人が決めたらいいんじゃないかしら」


 クソッ、面倒くさくなって逃げたな。我が母ながらちゃっかりしてやがる。


「それでどっちを選ぶんですか? 私? それとも私?」


「お兄。ウチはお兄のこと信じてるよ」


 ああちくしょう。なんて答えればいいんだ……


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