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43―2 白蛇と帰郷 その2

「ウチのこと、覚えてない?」


 ツインテールの女の子は俺の目をじっと見据えながら、問いを投げかけてきた。

 昔の知り合いだろうか? でも、こんな鋭い雰囲気の女の子なんて会った覚えがないんだが……

 しかし、もし過去に会った人だとすれば、覚えていないのは失礼な話だろう。何とか思い出せないものか。

 わざわざ俺の実家にいるし、母親も知っている子だから、絶対に会ったことはあるんだろうけど……


「あの時とは見た目も違うし、しょうがないか」


 俺が自分の記憶を辿っている最中、その少女はぽつりと呟いた。

 見た目が違う? ずっと昔、小さい頃に会ったことがあるとか?

 でも幼い頃俺が会ったことがある人は、姉の友人とか自分より年上の人が多かったような。


 何とか過去の記憶を思い出そうと、少女の顔をじっと見つめる。

 鋭い眼光、どこか体温を感じさせない白い肌、人をたやすく寄せ付けないような冴えた雰囲気。

 ダメだ。こんな独特の雰囲気の子を忘れるとは思えない。


「そんなにじっと見られたら、恥ずかしい」


「あっ、わ、悪い……」


「嫌じゃないけど」


 少女は、照れ隠しのように八重歯を見せて笑った。よく見ると頬が少し紅潮しているようにも思える。白い肌に薄くさした桃色が綺麗だ。

 雰囲気が特異であっても、中身は普通に年頃の娘さんらしい。


 待てよ。白い肌に鋭い眼光、噛みつかれると痛そうな八重歯……ああ、もしかしてこの子は……


「君は、ひょっとしてあの時の白蛇か?」


「いや、ウチは蛇じゃないけど……」


 違った。いきなり他人を蛇と思い込むとか、俺完全に頭おかしい人じゃねえか。めちゃくちゃ恥ずかしいなオイ。


 俺が羞恥心に身悶えしているのをよそに、少女は自分の通学鞄をゴソゴソと探り始めた。


「これ、見覚えない?」


 少女が取り出したのは、小さな宝石箱。座っている彼女のそばに近づき、箱の中身を見ると、そこには薄汚れた安っぽい指輪が入っていた。

 この指輪に俺は見覚えがあった。元は俺の姉の所有物で、いらなくなったものを俺が譲り受けて、そして……


「お前、もしかしてあの千佳か! 昔、俺が家庭教師みたいなことしてた!」


「やっと思い出してくれた」


 千佳は目を細めて嬉しそうにはにかんだ。なかなか思い出せなかったが、笑った顔はよく見ると当時の面影がある。そう言えば昔の千佳も八重歯が生えていたような。


 しかし俺の知っている千佳は日焼けしたショートカットの小学生で、性格だってもっと溌剌としていて、とにかく今の彼女が同一人物だとは到底思えなかった。

 それこそ、俺がもて余していたチャチな指輪を欲しがるくらいに幼くて、純朴で。


「ずっと会いたかったんだ、お(にい)に」


 宝石箱から顔を上げると、すぐ目の前に千佳の綺麗な顔があった。

 家庭教師をしていた頃からすれば、お互いずいぶんと大人になったものだ。もう立派に、異性だと思えるくらいに。


 まずい。俺には浅井先生がいるというのに、何だか妙に心臓がこそばゆい。

 それに千佳の雰囲気。俺より3つも年下のはずなのに、妙に妖艶なオーラがあるというか。

 千佳は膝を動かし、軽くにじり寄ってくる。二人の距離はもうほとんどない……


「ほ、本当に久しぶりだな千佳! 元気にしてたか?」


 思わず後ずさってしまったが、千佳は気を悪くするでもなく満足そうに微笑んでいる。彼女が何を考えているのかイマイチ掴めないが、俺に会えて嬉しいというのは本心らしい。


 実を言うと、会えて嬉しいという気持ちは俺も同じだ。

 俺が中二の頃、半年ほど千佳を相手に家庭教師の真似事をしていた。俺自身は優秀な教師ではなかったが、少なくとも千佳は素直で熱心な生徒だった。

 短い期間ではあったが、あの時の楽しい記憶が俺を教職という進路へ向かわせたのだと今ならわかる。


「すごく久しぶり。でもウチはお兄のこと忘れたことなかった」


「そうか……しかし、あの時千佳は急に来なくなったよな。うちの母親も詳しいこと教えてくれなかったし」


「色々あったから」


「色々、か。もう会うこともないかと思ってたから、会えて嬉しいよ」


「お兄も嬉しいんだ。そう。そうなの」


 千佳はもじもじと自分のツインテールを触っている。

 自分の目の前に座る綺麗な女の子が千佳だとは未だに信じられないが、こうして再び会えたことはお世辞じゃなく本当に嬉しかった。

 

「ウチ、不安だった。昔と変わった自分が、お兄に受け入れてもらえるかなって」


「まあ……驚いたのは事実だよ。本当に別人みたいに見えたし」


「ウチのこと見て、どう思った?」


「何と言うか……すごく綺麗になったな」


「本当に?」


 俺の目を見つめたまま、再び千佳はにじり寄ってくる。近い。何なんだこの距離感。

 なんとなく逃げねばならない気もするのだが、彼女の黒目を見ているとどうにも動けなくなってしまうのだ。威圧感や畏縮とは違う、もっと蠱惑的な……




 その時、シャッとふすまが開いた。


「あら、先輩の親戚の方ですか? おかしいなあ、先輩には妹も年下の親戚もいなかったはずなのに……」


 反射的に後ろに身を倒し、千佳と距離を取る。今の、見られてないよな? さっきの雰囲気が椿にバレたらどんな拷問を受けることになるか。


 三人分のお茶を机に並べた椿は、立ったまま舐めるような目つきで千佳の様子を探る。


「初めまして、お嬢さん。私は宗介さんの婚約者で、本庄椿と申します」


「嘘つき」


 俺が椿にツッコミを入れるより早く、千佳はピシャリと言ってのけた。


 椿は一瞬驚いた顔を見せたが、それでもすぐ平静を取り戻し、立ったまま千佳を見下ろした。

 睨みあう二人の間にヒリついた雰囲気が流れる。


「へえ……どうして嘘だと思ったんですか?」


「ウチは知ってる。アナタはお兄のストーカーでしょ。それに何より」


「何より?」


「お兄の婚約者は、ウチだから」


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