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⑦ ヤンデレと進路選択

 今日の三限は休講。特にやることもなかった俺は、空き教室でパソコンを広げ、ぼんやりと将来のことを考えていた。

 教員になるための単位は取ってきたが、聞けば教育学部の先輩でも民間企業に就職した人も多いようだ。もちろん教職はやりがいのある仕事ではあろうが、休みもなかなか取れず、夜遅くまで働くこともままあるらしい。

 いっそバイトの経験を活かして塾講師になるのも良いかもしれないが、塾長の姿を見てるとあれも大変そうだからなあ。数十人の塾生の成績と進路を把握し、適切な課題を考えながらバイト連中の指揮を執り、うーん……俺にできる気がしない。

 しかし民間企業ならどこに受かる?教科書出版にも興味はあるが、狭き門だろうしなあ。というか就活とかって何から始めればいいんだ?全然わからん。


「先輩、難しい顔してどうしたんですか?」


「うおっ! なんだ椿か……」


「あなたの椿ですよ」


「いらん。代替品を要求する」


「あら手厳しい」


 コイツは悩みなさそうでいいなあ。人をストーカーするくらいしか趣味は無さそうだが、それで満足して生きてるっぽいし。


「私に何かお手伝いできることはありますか?」


「自分の進路について悩んでただけだ。お前には関係無い話だろ」


「そうですね。先輩がどんな進路を選んでも私はついていきますから」


「本当めげないなお前……」


 いつもならパソコンを畳んでさっさと逃げ出していたところだが、少し行動パターンを変えてみるか。あれこれ考えすぎてどん詰まりになっていたので、不快な刺激でも今は有り難い。


「椿は将来なりたい職業とかあんのか?」


「それはもちろん先輩のお嫁さんですよ」


「真面目に答えろ」


「私はいつも真面目ですが……とは言え、先輩が専業主婦をご所望でないなら、私は公務員にでもなろうかと」


 いやいや待て。こんな倫理観ゼロの公務員がいてたまるか。すぐ懲戒食らってクビになるだろ。

 とは言え、公務員か。その発想は俺にはなかった。うちの大学から文科省に就いた卒業生も結構いるのでは? 案外アリな選択かもしれない。


「公務員って言っても色々あるだろ。市役所か?まさか裁判官とか言い出さないよな」


「うーん……税関か、管制官か、看守か、どれがいいんでしょうねえ」


「監視一択かよ! 怖えよ!」


「得意なことを仕事にすべきだって、よく言うじゃないですか」


 椿の言うことも一理ある。「やりたいこと」と「できること」が一致しているとは限らないし、「できること」を仕事にするというのは悪くない選択に思える。

 意外とまともなこと言うんだなコイツ。しかし得意なことか。俺の得意なこと……正直あんまり思いつかない。


「なあ、俺の得意なことって何だと思う?」


「うーん……なんでしょうね?」


「毎日監視しててわかんねえのかよ!」


「いえ、その……ここで私が不用意に答えを言えば、先輩はそれに囚われてしまうと思うんです。答えはご自分で見つけられるのが一番だと思いますよ」


「おお、それもそうか……」


 マジでどうしたんだコイツ。今日まともなことしか言ってなくない? 逆に怖いんだけど。椿のストーキングを受けて一年以上経つが、俺はコイツのことを何も知らない。案外、気持ち悪いだけの人間でもないのでは?


「先輩は好きなように生きるといいですよ。もし困った時は、私が養って差し上げますね」


 椿はゆっくりと目を細め、おぞましい表情で笑った。幼い頃に読んだ、妖怪図鑑の化け狐を思い出す。

 なるほど、コイツ俺を路頭に迷わせてその弱みにつけこみたいだけか……感心して損したな。


「あー、お陰でやる気出たわ。絶対まともに就職する。そんでお前から逃げる」


「ふふ、勇ましくて素敵ですね。遠慮せずいつでも落ちてきてくださいね、私が受け止めてあげますから」


 バカにしやがって。椿を睨んではみるが、まるで応えている様子はない。それどころか、俺の視線を受けて少し嬉しそうだ。能天気、とはまた違う超然とした態度がどうにも癪に障る。

 そのまましばらく沈黙が続いた後、キーン、コーン、カーン、と三限終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。四限の教室は遠くないが、早めに行って席を確保しないと。

 俺がいそいそとパソコンを畳み、荷物を片付けている間も、椿はずっとそこに立っていた。まるで獲物の消耗を待つ獣のように、じっと。

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