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42―3 ヤンデレと白蛇 その3

「なんでお前が家の中にいるんだよ! だって、蛇はさっき追い払ったのに……」


「蛇? ああ。もしかして先輩、私が蛇に化けてるとでも思ってたんですか?」


「……」


「ぷっ、ハハ、アハハ……! 人が蛇に化けるなんてあるわけないでしょう。お伽噺やファンタジーじゃあるまいし」


 椿は心底おかしそうに声を上げて笑った。コイツは蛇とは関係なかったのか……妙な勘違いをしていた自分が恥ずかしい。

 椿が超常的な力を持っていないと知って、安心したような拍子抜けしたような……

 まあ、コイツの場合特別な力がなくても十分厄介なのだが。


 じりじりと迫ってくる椿を押し返そうとして、奴の肩を押すと違和感に気づいた。何かがおかしい。本来肩にあるはずのものが無い。やけにスベスベしているというか……


 暗闇に目が慣れるにつれて、疑惑が確認に変わる。椿の全身を下から上まで視認すると、やはり「そう」としか思えない。

 暗がりにぼんやり浮かぶ、不気味な肌色。




 コイツ、服を着ていない!




「な、なんでお前……どうしたんだよ、服……」


「ああ、邪魔かと思って」


 事も無げに椿は言い放ち、すっとこちらに身を預けてきた。その異様さに思わず身が竦み、突き飛ばすこともできない。

 椿の低い体温が俺の熱を奪っていく。


「や、やっぱりお前が白蛇だったのか? 蛇に化けて部屋に侵入するために服が邪魔で、とか……」


「なんでそうなるんですか?」


「だってお前、そうでもないと全裸になる意味がわからないだろ」


「ふふふ、面白い想像ですね……でも私たちが蛇になるのはこれからですよ」


 椿は俺の耳元で気色悪い囁きをしながら身を絡ませてくる。怖気で全身があわ立つ。こんなことなら蛇に絡みつかれる方がまだマシかもしれない。


「離せちくしょう! 人を呼ぶぞ……!」


「どうぞ呼んでみてください。駆けつけた人が服を着た男と全裸の女を見て、どちらを加害者だと思いますかね?」


「お前が俺にストーカーしてるのは公然の事実だろ……! 証言者ならいくらでもいるぞっ……」


「ストーカーの腹いせに先輩から襲われた、とかそういうストーリーを私が紡げばどう転びますかねえ。どっちが有罪になるか試してみますか? 麻季ちゃんほどじゃないですが、私も賭け事嫌いじゃないんですよ」


 チッ……椿らしい卑劣なやり口だ。俺がこんなリスクの高い賭けには乗らないとわかっていて仕掛けてきている。

 今すぐ突き飛ばしてやりたいが、手も足も絡みつけられて、少しでも動こうものなら転んでしまいそうだ。


「ま、待て。じゃあ結局あの蛇は何だったんだよ」


「さあ? でもあの蛇のせいで、ここ最近先輩に近づきにくくて困りましたよ。まったく迷惑な話です」


「やっぱりお前、蛇にビビってんじゃねえかよ……」


「別に怖くはないですけど……万が一噛まれて死んだら先輩に会えなくなるじゃないですか」


 なんてことだ。あの白蛇はむしろ俺を守っていてくれたんじゃないか。それを追っ払ってしまったのか、俺は。

 もう少し慎重に、蛇の意図を汲み取ってやることができていたら……

 悔やんでも仕方ないか。これは蛇を邪険に扱った俺への罰なのかもしれないな。


「さあ、蛇のように求め合いましょう。蛇の交尾は何時間、何十時間と続くらしいですよ。愛を感じますね、うふふ……」


 絡まりつく椿の抱擁がさらにキツくなる。不愉快で仕方ないが、もう俺は抵抗する気力をなくしていた。

 ここでうまく逃げおおせたところで、同じようなシチュエーションにハメられることはこの先何度もあるだろう。

 そうなればもう「遅かれ早かれ」だ。椿の思い通りになるのは癪だが、いい加減疲れてきていた。

 もうどうでもいい。どうにでもなれ。







(諦めちゃダメ)


 俺が全身の力を抜き、椿に身体をもたせかけた時、頭の中でそんな声が響いた。

 誰の声だろう。全然思い出せないが、どこかで聞いたことがあるような……


「痛っ! 痛い痛いいたいいたい」


 突然椿の束縛が解け、バランスを崩した俺も倒れかける。その拍子に電灯のスイッチを押してしまったのか、突然視界が明るく開けた。


 目の前には全裸で暴れる椿と、その左腕に噛みついた……白い蛇。


「何なんですか! 離せ! 離して!」


 必死になって左腕を振り回す椿と、意地でも離れるまいと食らいつく蛇。暴れ狂う長髪の女とその動きに合わせて踊る蛇の姿は、まるで奇怪な宗教的儀式のようだった。


 一人と一匹の死闘を呆気に取られて眺めていたが、ついに決着がついたのか、蛇は振り落とされて地面に叩きつけられた。


「殺してやる……邪魔ばっかりして……」


 まだ動けずにいる蛇の頭を椿の足が踏み抜こうとする。いかに軟体の生き物といえど、頭蓋を潰されては一溜りもないだろう。


「させるか、オラァ!」


 立ち上がった俺が椿に体当たりを食らわすと、奴の細い身体はいともたやすく吹き飛んだ。

 蛇を踏むため片足を上げていたのが災いしたのだろう、椿はしたたかに身体を床へとぶつける。服を着ていない分そのダメージは大きいはずだ。


 気勢を取り戻した蛇が俺の足へすり寄ってきた。その出で立ちは、まるで長年連れ添った相棒のようだった。まさか爬虫類にここまで安心させられることがあろうとは。


 全裸でうずくまる椿を前にファイティングポーズを取る。こうなったらとことんやってやる。2対1の戦いは卑怯な気もするが、最初に不意打ちを食らったのはこちらの方なのだ。正々堂々戦ってやる義理もない。


 そして椿が静かに身を起こす。こちらもビクッと反応してしまったが、どうやら飛びかかってくる気配は無い。それどころか床に置いてあった椿のものであろう服を着直しはじめた。


「もう最悪……私は純粋な気持ちを叶えたいだけなのに……なんで邪魔ばっかり……」


 葬式帰りのような黒いワンピースを着終えた椿は、ブツブツと呟きながら玄関へと歩き始めた。その不気味さに思わず身を避けてしまう。

 左腕から滴る血が床にポツリポツリと跡を残す。


「オイ、椿……!」


 俺が声をかけた時には、もう椿はドアを開けて半分外に出ていた。そのままガチャリ、とドアの閉まる音がする。







 臨戦態勢が解けて、足の力が抜けた。そのままフラフラとベッドにたどり着き、身体を横たえる。

 まったく、妙なことが続いたものだ。出処不明の蛇に怯えて、突然椿に襲われ、そうかと思えば蛇に助けられ……

 鶴だけじゃなく蛇も恩返しとかするのだろうか。でも蛇を助けた記憶なんて無いし……


 そうだ。蛇は? 蛇はどこに行ったんだ?

 リビングの明かりをつけて部屋中探しても蛇の姿は見当たらない。

 よくよく部屋を検分すると、ベランダの小窓が開いていた。なるほど、ここから出入りしていたのか。

 しかし現れるのも消えるのも突然だったな。


 結局何だったんだろう、あの白蛇は。せめて礼くらいは言いたかったが……


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