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42―1 ヤンデレと白蛇 その1

 朝、大学へ向かうため部屋から外に出ると、白い蛇がいた。


 蛇自体なら大学の付近でも何度か見かけたことはあるが、何せここはマンションの廊下だ。生活拠点に危険生物が現れて平気でいられる人間は少ない。

 それに、これまで白い蛇なんて見たことも無いのでなおさら面食らってしまう。

 その鱗は真っ白というわけではなく、いくらか黄色みがかっていた。不気味ではあるが、少し神々しいようにも見える。


 心臓がドクドクと音をたてる。こういう時、蛇をあんまり注視しない方がいいのか? 刺激してはいけないことはわかるが、どのレベルが「刺激」なんだ?もし噛まれたとして、白蛇って毒とか持ってるのか?

 狼狽する俺とは対照的に、蛇はとぐろを巻いてじっと動かないでいる。獲物を狙う目つき……とかではなさそうだ。

 もしかすると、突然壁から人間が現れてヘビも驚いているのかもしれない。 


 幸い、蛇が立っている(座っている?)場所は出口の反対側なので無視して逃げることはできた。

 ドアはしっかり閉めてきたし、部屋に入ってくることはないよな。しめ縄くらいの太さはあったから、そんな狭い隙間は通れないだろうし。


 マンションの建物外から蛇のいた廊下を眺めてみるが、角度の問題で蛇の姿は見えない。あの不気味な生き物はまだ同じ場所にいるのだろうか。

 なんとなく落ち着かない気持ちではあるが、とにかく大学に行かなくては。


 大学への道を歩きながら、以前椿の語った話を思い出した。人を多く殺す生き物ランキング、その3位が蛇だったような……

 立ち止まってスマホで調べてみると、年間何万人もの人が蛇に殺されているらしい。この現代社会において、だ。だんだん背筋が寒くなってきた。


 死因はほとんどが毒のようだ。流石に絞め殺される人はそうそういないらしい。B級映画に出てくる特大アナコンダじゃあるまいし、人間を補食する大蛇なんてそういないだろう。

 さっき見た白蛇もなかなか大きかったが、結構細身だったしまさか力負けすることはあるまい……たぶん。

 まあ、蛇がずっとマンションに留まる理由も無いだろうし、二度と会うことは無いように思う。誰かと会話するための、話の種ができたと考えておこう。








「蛇?」


「そう、白い蛇。そこそこデカくてビックリしちまったよ」


「武永先生は蛇苦手なの? 怖い?」


「あ、いや、怖いとかじゃなく。ほら、珍しいもの見ると人に話したくなるだろ。それだけだよハハハ……」


 浅井先生が相手だから思わず見栄を張ってしまった。朝は自分でも恥ずかしいくらいビビり倒していたのだが。

 授業の終わった机をウェットシートで拭いているため、浅井先生からは俺のダサい作り笑いは見えていないはずだ。


「危険なものに対して怖いという感情を持つのは正常よ。むしろ、強がってそういう生き物を軽視してしまう方がよっぽど危ない」


「……」


 俺の強がりはどうやら不評だった。くっ、格好つけない方が良かったか……


「なんて、おばあちゃんの受け売りだけどね」


 浅井先生は照れくさそうに笑った。どうやら失望されたわけではなかったらしい。

 今朝俺が取った「とりあえず逃げる」という行動はやはり正しかったのだろう。情けない男だと思われるかと危惧していたが……


「あーっ、また先生たちおしゃべりしてる!」


「ミナ、まだ帰ってなかったのか」


「別にいいじゃん。それより、やっぱり先生たち付き合ってるの?」


「つ、付き合ってるとかじゃないわよ! 武永先生とはそういう関係ではないの……今のところ」


「んー? なんか怪しいなー?」


「付き合うなんてそんな……私たちは仲の良いお友達で……あっ、でも……将来のことはわからないし……」


 赤面してモゴモゴと話す浅井先生は可愛らしいのだが、こちらまで恥ずかしくなってくるのであんまりからかうのはやめてほしい。


 小学生とはいえ、年頃の女の子というのはゴシップが好きなものなんだろう。ミナは浅井先生をつつきながらケラケラと笑う。


「それで、先生たち何の話してたの? デートの約束?」


「どうでもいい話だよ。俺の家の前に蛇が出たとか」


「ふーん、本当にどうでもいいね!」


「うるせえ。早く帰りな」


「だってまだお母さん迎えに来てないもーん」


「いや、そこの入口にお母さんいるだろ……」


「あっ、本当だ!」


 ミナはわざとらしく自分の母親を指差し、ダラダラと荷物をまとめ始めた。慕ってくれるのは有り難いが、もうちょっとこう、先生としての威厳を保つべきなのだろうか?


「あっ、蛇で思い出したんだけど」


 荷物を片付ける手を止め、ミナが振り返る。早く帰ってくれないと俺も帰れないんだが……まあ話くらいは聞いてやるか。


「隣のクラスの子がアオダイショウ? とかに噛まれてすごく血が出たって。なんで男の子って蛇にちょっかい出すんだろね」


 不穏な台詞を残し、ミナは母の元へ去っていった。片手間に支度をしていたにもかかわらず、忘れ物は無さそうだ。


 それにしても「ちょっかい」か。もしかして俺も昔蛇に余計なことをしたとかで、何か恨まれているとか?

 でも小さい頃に生物を苛めたような記憶はあんまり無いしなあ。そういうイタズラをしようものなら親にこっぴどく叱られたし、そもそも蛇と遭遇した記憶なんて……


「武永先生? まだ帰らないの?」


 浅井先生に声をかけられ、我に帰った。彼女はすでにバッグを抱え、帰る準備は万端のようだ。


「ああ、待たせて悪い。俺もすぐに出るよ」


 急いで荷物を鞄に突っ込み、浅井先生の待つ講師出入口へ向かう。彼女は一足先にドアから外へ出ていたようだ。塾長に軽く挨拶し、俺もドアを開く。

 すると、そこには青ざめた顔の浅井先生が立っていた。


「武永先生、これって……」


 彼女の指さす方を見ると、今朝見た白蛇がとぐろを巻いていた。

 蛍光灯の明かりを受けて光るそいつは、待ち構えていたかのように、じっとこちらを見つめている。


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