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39―2 ロリィタとロクデナシ その2

「さっき姫ちゃんの顔ジッと見てたら思い出したんだよ。前もどっかで見たなー、と思ってたんだが」


「ふん……そのまま忘れていれば良かったものを……」


 なんだか知らんが村瀬と諸星は昔一度会ったことがあるらしい。

 しかし村瀬の態度を見るに、会った時の印象はあまり良くなかったのだろう。どういう出会い方をしたのか、なんとなく予想はつくが……


「姫ちゃんにちょっと声かけたら全力で逃げられてなあ。あれは面食らったな」


「怪しい人間に声をかけられたら逃げるだろう、誰だって」


 もう食事はとっくに終わっているが、諸星のペースに乗せられ、村瀬は未だ席を立とうとしない。


「しかし姫ちゃん、あの時は地味な見た目だったよなー。美人の片鱗はあったけどさ」


「うるさい」


 村瀬のひじ打ちが諸星の脇腹に刺さる。「うっ」と鈍い声が聞こえたが、やはり同情する気になれなかった。


「キミのせいでボクはしばらく男性が怖かったんだぞ。大学に入ってから初めて声をかけてきたのがナンパ男だなんて、トラウマになるだろうが、まったく」


 やはり諸星が余計なことをしていたのか。しかもこれに関して村瀬はまったく悪くない。今回ばかりは諸星に注意しておくべきだろう。


「諸星、たぶんこれはお前が悪いんだから謝っとけよ。お前のことだから反省はしてないだろうけど……」


「んー……あの時は俺も口説き方下手だったしな。悪かったよ、迷惑かけて」


 なんだか謝るポイントが違う気がするし、今さら謝罪しても過去には戻れないが、何も言わないよりはマシだろう。

 あとは村瀬の気持ち次第だが……


「ま、まあ……お陰で男性に警戒心を持つ必要性もわかったし、悪いことばっかりでもなかったかな……」


 意外にも村瀬は大人しいものだった。諸星があまりに素直に頭を下げてくるから拍子抜けしたのかもしれない。

 村瀬はプライドが高い人間だが、だからこそ下手に出る相手を苛めることができないというのもあろう。


「もしかして村瀬のロリィタ服ってナンパ避け的な意図もあるのか?」


「それもあるな。実際このファッションになってからボクに声をかけてくる男はほとんどいないよ。まあ、同性も声をかけてくれなくなったが……」


 村瀬は自嘲気味に笑った。間接的とはいえ、諸星のせいでぼっちになったと考えれば村瀬が諸星を恨むのも仕方ないかもしれない。


「そうかあ……俺のせいで姫ちゃんの大学生活が地味になっちまったわけだ。そりゃ責任取らなきゃ」


「責任って……慰謝料でもくれるのかい?」


「もっといいもんをやるよ。俺と付き合」


「断る」


「ヒャヒャヒャ! まだ言い終わってねえんだがなあ」


 食い気味に拒否されたにもかかわらず、諸星は愉快そうに笑っている。一切へこたれる気配が無い。

 女にモテるにはこのぐらい打たれ強くないとダメなんだろうな……その点だけは諸星を見習いたいところだ。


「じゃあ姫ちゃんはどんな男ならいいんだ?」


 また諸星が無神経なことを聞き始めた。他の女性相手ならともかく、村瀬はその辺りがデリケートなので気まずくなりそうだ。

 不自然にならないように止めに入るか……


「オイ諸星……」


「まあまあ武永くん、ちょっとした戯れになら付き合ってやってもいい」


 案外村瀬は乗り気な様子だった。彼女も実は友達と恋バナ的なやつをしたかったのかもしれない。

 軽い咳払いを皮切りに、村瀬の演説が始まる。


「そうだな……やはり誠実な人がいい。キミのようにチャラチャラしているよりは、多少堅物でも真面目な方がいいね。あとは夢に向かって努力していることだな。それから、ボクの短気さをそれとなく諌めてくれると助かる」


 何気に注文多くない? と思ったが余計なことは言わない方が良さそうだ。

 村瀬の表情を見る限り、彼女は大真面目に理想を騙っている様子だった。

 浅井先生と仲良いところを見るに、村瀬が真面目な人間を好きなのは事実だろうし。


「なるほどなあ」


 諸星は目を瞑って頷いている。何かに納得しているように見えるが……


「要するにあれだ。姫ちゃんは武永みたいな奴がタイプってわけか」


「はぁ?」


 村瀬は憮然とした表情でなぜかこちらを睨む。俺は何もしてないのだが……

 諸星め、また余計なことを。


「武永くんは確かにさっきの条件には当てはまるが……それはそれだ。だいたいボクは……」


「女の子の方が好き、ってか?」


 しん、と場の空気が止まった。

 俺自身も呆気に取られ、驚いた顔で硬直する村瀬とニヤついた表情の諸星を交互に見比べることしかできなかった。


「武永くん、キミまさか余計なことを……」


 ようやく村瀬が口を開く。またしても俺を睨みながら。


「いやいや俺は何も言ってねえぞ!こんな口の軽そうな奴に言うわけねえだろ!諸星、お前どこでそのことを……」


「別に誰かから聞いたわけじゃないが……わかるんだよ。色んな女の子に声かけてると」


 諸星はしたり顔で語る。なんか偉そうでちょっとイラッときたが、今はコイツに構ってる場合じゃない。

 心配なのは村瀬の方だ。あまり動揺していなければいいが。


「大丈夫か、村瀬?」


「ああ、大丈夫だ大丈夫。ボクはどう見ても大丈夫だろう。大丈夫に見えないか? これだけ大丈夫だというのに」


 明らかに大丈夫じゃない奴の台詞だった。「大丈夫」という言葉でここまで不安になったのは初めての経験だ。

 しかしよく知らない奴に容易く秘密を暴かれるなんて、村瀬じゃなくても動揺するに決まっている。


「それで……何の目的かな。ボクを脅しても大した物は出てこないぞ」


「ひでーなあ。物騒な話がしたいわけじゃねえんだよ。ただ、フェアじゃないと思っただけだ」


「フェア?」


「俺は姫ちゃんが女の子を好きだって勘づいてるのに、それを隠すのはなんかズルいような気がしてな」


「別にキミがボクに義理立てする理由なんて……」


「姫ちゃんは武永の友達だろ? だったら俺にとっても友達みたいなもんだ。ツレに隠し事とかしたくねえタイプなの、俺は」


 諸星は少しバツが悪そうに呟いた。前から知っていたが、やはりコイツは真面目な話をするのが苦手なタイプらしい。

 とっくに冷めきったラーメンのスープを少し啜る諸星の姿は、人見知りする子どものように見えた。


「そうか……諸星くん、ボクはキミを誤解していたのかもしれないな……」


 村瀬も少し気恥ずかしそうにロリィタ服の裾をいじっている。普段の気の強さはもはや見る影も無かった。

 しおらしくしていたら結構可愛いんだけどな、村瀬も。


「俺は見た目ほど悪い奴じゃねえのよ。わかってくれたか?」


「ああ、これからは仲良く……」


「ところでさ、姫ちゃんもやっぱ可愛い子見たらムラムラすんの? それってどんな感覚? いや俺、前から気になっててさあ」


「……」


 村瀬は無言で諸星の頭をトレーで殴り、黙ったまま食器を片付けに去っていった。

 やはりこの二人を仲良くさせるのは俺には無理なのかもしれない……


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