39―1 ロリィタとロクデナシ その1
これまで諸星がいない日は一人で昼飯を食べていたのだが、村瀬と出会ってからは彼女と食べることも多くなった。
こういう言い方をするとまるで村瀬を穴埋めに使っているようだが、「諸星がいない日に」というのは彼女自身の希望である。
どうも村瀬は諸星を苦手としているらしい。その気持ちはわからないでもないが……
何の因果か奴とつるむことになって久しいものの、俺だって元々チャラい男は得意じゃない。
まあ、アレで根は悪い男じゃないんだが、誤解されやすいタイプではある。
何なら本人が誤解されることを楽しんでいる節があるから始末に負えない。
「よお武永と姫ちゃん。仲良くランチかあ」
「あれ? 諸星、今日は三限からじゃなかったのか?」
「ちょっとサークルの用事でな。俺もご一緒させてもらうぜ」
村瀬の顔色を伺うと、彼女は著しく不服そうだったが、声に出して拒みはしなかった。
当然諸星は空気を読んだりしない。座っている村瀬の顔を覗きこんでヘラヘラと笑う。
「どうした姫ちゃん、難しい顔して。可愛い顔が台無しだぞ」
「うるさい。話しかけるな。ボクはキミが嫌いだ」
「そうかあ。俺は姫ちゃんのこと好きだけどなあ」
「武永くん、彼を箸で突き刺してもいいと思うかね?」
「箸が汚れるからやめとけ……」
席には俺と村瀬が向かい合って座っていたのだが、諸星はわざわざ彼女の隣に腰をかけた。
村瀬は大きく音を立てて椅子を動かし、諸星から露骨に距離を取る。
「嫌われてるねえ。俺なんかした?」
「自分の胸に訊いてみるがいい。女の敵め」
村瀬は諸星と逆側に半身をひねり、不機嫌な顔で俺を睨んだ。どうやら諸星を視界にすら入れたくないらしい。
村瀬が誰を嫌おうと構わないが、八つ当たりで俺を睨むのは勘弁してほしい。
「お前がちょっかいかけた女の子の中に、村瀬の知り合いでもいたんじゃねえのか?」
「誰だろなあ。心当たりが多すぎてわからん」
村瀬の刺々しい態度を物ともせず、諸星は呑気にラーメンを啜り始めた。罵倒されてもここに居座るつもりらしい。
村瀬もまだ食事を食べ終えておらず、他に席も空いていないためか黙って昼食の続きを取り始めた。
気まずい。俺は何も悪いことをしていないのに、なんだか妙に居心地が悪い。
どちらも癖のある人物だが、俺にとって友人ではある。なるべくなら仲良くしてほしいが……
「そ、そうだ諸星! 今日はどんな用事だったんだ?」
「んー? パート練習があっただけだよ。次の演奏会は結構先なんだが、また難曲をやるんでな」
どうも諸星はサークルが忙しいらしい。充実してるのはいいことなんだが、コイツは就職とかどうするつもりなんだろ。
もう三回生だし、いい加減就活とか始めた方がいいのでは。まあ、俺も教員採用試験についてまだそんなに詳しく調べてないんだが……
「なあ、諸星は就活って……」
少し考え事をしていた俺が顔を上げると、諸星は村瀬の向いている方にコッソリ回り込んで彼女の顔を覗きこんでいた。
俺が諸星を制止しようとした瞬間、村瀬の正拳が奴の腹をえぐる。
「ぐっ……容赦ねえな」
「ボクは謝らんぞ。こっちだって驚いてむせそうになったんだ」
「胃からラーメン出そう……」
諸星はヨロヨロと元の席に戻る。何がしたかったんだコイツ。
村瀬も少しやり過ぎたと思ったのか、少し申し訳なさそうな顔をしていた。
うーん、どっちの味方もしづらいだけに対処に困る……
「まったく、彼の無礼さはどうにかならんのか。武永くん」
村瀬は何とか強気を取り戻してポツリとこぼす。
「いや俺に言われても……」
実際、諸星の軽薄さは教育や戒めでどうにかなる類いの物とは思えなかった。そういう風にしか生きられないのだろう。
「まったく、少しは武永くんの平凡さを見習ったらどうだ。堅実、質朴、実直、地味。慎みというのは美徳だからね」
派手な格好をしている村瀬がそれを言うのは説得力がないし、地味って言われたのはちょっと腹立つが、諸星がもう少し落ち着いた方がいいのは事実ではある。
まあ、大人しい諸星など想像できそうにないが……
「いやいや俺だって平凡な人間だろ」
「どこが……」
「ちょっと楽器が弾けて、少し英語が話せて、女にモテることを除けば平凡な男だぜ? 俺は」
「村瀬、コイツ踏んじまえ」
「御意に」
村瀬の厚底ブーツが諸星のスニーカーを潰す。見ているだけで痛そうだが、不思議と同情心は湧いてこなかった……うん、不思議でもないな。自業自得だし。
「痛ってえ……なんだよお前ら息ぴったりじゃねえか。もう付き合っちまえば?」
諸星は踏まれた足をさすりながらヘラヘラと笑った。反省の色はまったく見えない。諸星らしい反応ではあるが。
「うるさい。しゃべるな。麺を喉に詰まらせろ」
「ひゃー怖い怖い」
「懲りないなお前……というか諸星、お前リーちゃんを応援するんじゃなかったのか?」
「俺はみんなに幸せになってほしいんだわ。リーちゃんも、椿ちゃんも、浅井さんも、姫ちゃんも」
「色々ツッコミたいけど……とりあえず全員の面倒見るのは大変そうだな……」
色々と寄り道をしていたせいか、二人ともまだ食事は終わらない。昼休みの時間もまだ残ってるし、しばらくはこの諍いを見守らないといけないようだ。
もちろん俺が逃げ出すという選択肢もあるが、後で刃傷沙汰にでもなったら責任感じるしな。
「しっかし姫ちゃんは俺に厳しいねえ。女の子にそんな酷いことした記憶は無いんだがなあ」
「本当に覚えていないのか。呆れた男だ」
なんだか知らんが村瀬は相当におかんむりのようだ。
しかし知り合いが諸星に誑かされたからといって、そこまで毛嫌いするものか?
そりゃあ諸星はロクデナシだけど、なんだかんだ学内の評判も悪くはないから無茶なことはしていないと信じているが。
あるいは村瀬の思い込み、勘違いや行き違いの類いでもあったのだろうか。
そもそも、もっと明確に引っ掛かる部分があった。
村瀬って、あんまり友達いなかったんじゃ……
「ああ、もしかしてあれか?」
諸星は何かを思い出したようだ。その反応を受けて村瀬が目を見開く。
「一回生の頃かな……姫ちゃんがロリィタ服着るようになる前に俺が声かけたやつ?」
「覚えてたのか!?」




