38―3 ヤンデレと友情 その3
さっきから麻季ちゃんが微動だにしない。この状況から俺を倒す筋道を考えているのか? もしくは土壇場になって強運を発揮するタイプなのかも……
こちらも黙って麻季ちゃんの動向に備えていると、彼女は俯いたまま静かに身体を震わせ始めた。痙攣というほど細かい動きではない。もっとランダムで、もっと粗雑な……
「うぅっ……ぐす……どうして、私はいつも……」
うわあ、泣き始めちゃったよ……
「私は雑魚……私はカス……今すぐ消え去りたい……」
すげえ卑屈だぞこの子……散々警戒してたのに、見た目通りの性格じゃねえか。この子も椿も何がしたかったんだ?
そもそもこんな状態じゃ勝負も続けられそうにないし。
俺がひたすら困惑していると椿が寄ってきて俺に耳打ちをしてきた。麻季ちゃんは泣き通しでこちらに気づく気配は無い。
「あの……先輩、わざと負けてもらえませんか? 私に免じて」
「でもお前……」
「この前助けたこと、帳消しにしてあげますから」
「いや、しかしだな」
「先輩が浅井さんの足首をいつもいやらしい目で見てることも黙っててあげます」
「告げ口するつもりだったのかよ! っていうか見てねえし! そんなには!」
「とにかく私を信じてください」
お前相手だから信じられないんだよ、とは思ったが、助けてもらった借りをチャラにできるのは好機だ。
なぜ椿が麻季ちゃんをそこまで勝たせたいのかはわからないが、俺としても泣いてる女の子相手に勝ったところで罪悪感を覚えるだけだしな。
「しょうがねえな……無茶な『お願い』だけはさせんなよ」
「約束します」
「ほら麻季ちゃん、まだ勝負は終わってないわよ?」
「でも負けそうだし……」
「逆に考えましょう? ここから逆転できればすごく気分がいいと思わない?」
「それはそう、だけど……」
「それに先輩の顔を見て? 主人公に一蹴されるモブの顔してない?」
「そうだね……椿ちゃんに悪いと思って言わなかったけど、なんか地味というか、華が無い人だし……」
なんだろう、すげえ腹立つな……こっちが優勢なのにこんな見下されることあるか?不快だし椿を裏切ってケチョンケチョンにしてやろうか。
「先輩、それじゃ勝負を再開しましょう。くれぐれも全力でお願いしますね?」
この場合の「全力」は「全力で手を抜け」という意味だろう。
仕方ない、乗りかかった船だ。接待ブラックジャックといきますか。
ブラックジャックでわざと負けるのはさほど難しいことではなかった。意図して21をオーバーしたり、敢えて低めの点数で勝負したり。連続で負けては怪しまれるかとも思ったが、勝って気分のよくなった麻季ちゃんの前では杞憂だったようだ。
見る見る間に俺のチップが奪われていく。
「あれ……武永先輩、さっきまでのはまぐれですか……」
「そこは追加で引いちゃダメでは……またオーバーしますよ……?」
「手加減してくれてるんですか? 優しいなあ、武永先輩……」
めちゃめちゃ煽ってくるなコイツ……すごい腹立つけど我慢だ、我慢しろ俺。
わざと負けるのにも少し時間はかかったが、ちゃんと椿との約束は果たせた。これで椿に助けられたこともチャラだ。
ただ心配なのが、俺が麻季ちゃんのお願いを聞かなければいけないこと。ここに来て椿が裏切ったりしないよな?
だんだん不安になってきた。
「私のお願いですが……い、言っても構いませんか、武永先輩」
「お、おう。理不尽なやつはやめてくれよ」
「あの、また、私と遊んでくれますか?」
何が来るかと身構えていた俺は、思わず脱力してしまった。
それだけ? 本当にそれだけか? そんなことのために椿は骨を折っていたのか……何か裏がある、とか?
「こうやって遊ぶだけなら別にいいんだが、それだけでいいのか?」
「はい……椿ちゃんは弱すぎて私も勝負に飽きてたので、新しい相手がほしくて」
椿の方を見ると奴は渋い顔をしていた。たぶん、アイツも散々わざと負けてあげたのだろう。そのうえで「弱い」呼ばわりされるとそりゃ複雑な表情にもなる。わかるよ。
「あっ、でもでも。また武永先輩が負けたら落ち込むでしょうし、次は手加減してあげますね……」
……今度は本気で叩きのめしてやろうかな。
後日、またぞろ椿が絡んできたので気になっていたことを尋ねてみる。
「お前さあ、なんであんなややこしい子の面倒見てんの?」
「麻季ちゃんのことですか? あの子は可哀想な子なんですよ」
椿曰く、麻季ちゃんの家は躾が非常に厳しく、ギャンブルどころかほとんどの娯楽が禁止されていたそうだ。友達と遊ぶこともままならず、気づけばあんな弱気な性格になっていた、と。
大学生になって一人暮らしを始めた麻季ちゃんは、どんな遊びをすればいいかわからなかった。色々調べているうちに乗馬を習っていた(貴族か?)ことを思い出し、競馬場に脚を運んだらしい。
もちろんレースの知識も無くボロ負けしたようだが、競馬場で一人泣いている少女を見かねた親切なオジサンたちが麻季ちゃんに次のレースで勝てそうな馬を教えてくれた。
果たせるかな、次のレースで麻季ちゃんは大当たりを掴んだ。掴んでしまった。そこからギャンブルにのめり込むまでは一瞬だったようだ。
「別にお前や俺が遊んでやったところでギャンブル中毒が治るわけでもないだろ」
「それはそうなんですが、とりあえず昼間から競馬場に行くのは阻止しないとあの子留年しちゃいますし」
どうも麻季ちゃんは思っていたより重症らしい。依存症の専門機関に相談した方がいいのでは、とも思ったが、まず本人に自覚なさそうだしなあ。
「事情はわかったが、別にお前が麻季ちゃんを助けてやる義理は無いんじゃないか?」
「わかってませんね先輩、あの子には私がいないとダメなんです。私がついててあげないと……」
「共依存じゃねえか。もうお前麻季ちゃんと付き合えよ」
「いえ、あの子は精神が幼児ですから……私たちの娘だと思って可愛がってあげましょうねえ」
「はあ? なんで俺が……」
待てよ。麻季ちゃんのことを介護してやれば、椿に恩を売れるチャンスでは?
椿の倫理観はめちゃくちゃだが、一応貸し借りの概念はあるっぽいし。
それに椿から命を狙われるような機会も減るだろう……たぶん。
正直に言えば、麻季ちゃんに一度関わった以上、放っておくのは後味が悪いという気持ちも少しはある。
「しょうがねえな。遊んでやるのはたまにだぞ」
「それでこそ私の旦那様。愛してますよ」
「うるさい。気持ち悪い。寄るな」
また面倒事が増えてしまったが……まあ、椿を御する手札が増えたということにしておくか。




