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38―1 ヤンデレと友情 その1

 最近椿が鬱陶しい。

 いや、鬱陶しいのはいつものことなのだが、最近は「私、命の恩人ですよ?」みたいな態度が露骨でウザい。何回か命を狙われたことを考えると差し引きマイナスなくらいだが、コイツにまともな勘定が通用するはずもなく。

 とにかく借りを返せと催促してくるのだ。


「本当にちょっとしたお返しでいいんですよ?先輩の家に一週間泊まる権利とか……」


「拷問じゃねえか」


「そうですね、ドキドキしすぎて胸が苦しくなりますもんね」


「解釈がポジティブすぎる」


「物でもいいんですよ? 契約書とか誓約書とか」


「不穏なので却下」


「莉依ちゃんは律儀にお返しくれたのになあ……」


「へえ、何もらったんだ?」


「お礼のお手紙ですね」


「幼稚園児かな?」


 ひたすらまとわりついてくる椿を追い払っていると、急に椿が黙って遠くを見つめ始めた。

 何だか知らんが逃げるチャンスだ。そう思って駆け出そうとした瞬間、椿に襟首を掴まれる。なかなか都合よくはいかないものだ。


 そのまましばらく静止していると。


「あっ、椿ちゃん……」


 大人しそうなメガネの女の子が椿に話しかけてきた。






「あ、私、花巻(はなまき)麻季(まき)って言います……椿ちゃんの友達で、経営学部の二回生の……」


 椿に自己紹介をさせられた少女は、メガネにおさげの三つ編みと、見るからに真面目そうな女の子だった。


 おそらくこの子は、三人いる椿の友人の一人で「ギャンブル中毒」か「マゾヒスト」のどちらかだろう。

 なんかやけにオドオドしてるし、「マゾヒスト」の方かな?なんとなくだが。


「麻季ちゃんは今から帰り?」


「そうなの。今から仁川(にがわ)にでも行こうかなって……」


 帰り? まだ昼間だぞ? 今日は午後から休講だったりするのかな……


「単位は大丈夫そう?」


「うん、今日の三限はあと二回まで休めるから……」


 俺の聞き間違いかな……なんかキナ臭くなってきた。俺が言えた義理ではないが、講義ってのはギリギリの出席率で通過するものじゃないだろ。


「ところでその人が武永先輩……?」


「そう、私の旦那様」


「すぐバレる嘘をつくな」


「うーん……」


 麻季ちゃんは品定めするような目で俺の全身をジロジロと検分した。

 あまり気分はよくないが、意図がわからない以上は咎めようとも思えない。


「強そうな人だね」


 強そう? どこが? 俺は平凡な大学生で、体格も普通、鍛えてもいないのだが。まさか俺の中に武道家としての才能が眠っているとかそういう……


「あー、先輩。麻季ちゃんの相手してあげてもらっていいですか?」


「相手って、俺はこれから講義が……」


「それなら講義が終わった後にでも。A202の空き教室で待ってますから、逃げないでくださいね」


 そう言い残して椿と麻季ちゃんは去っていってしまった。俺は「相手をすること」について一度も了承していないのだが、なんか強引に決められた感がある。しかし今日はバイトが無いから逃げる口実もないんだよな。


 そもそも「相手」って何のことだろう。もし麻季ちゃんが「マゾヒスト」だったら、俺はサディスト役で初対面の女の子を痛めつけることになるのでは?

 俺にそんな過激な趣味は無いし、大学構内でバイオレンスを繰り広げるなんて、停学になりかねない。

 この前あったモアちゃんの件でも懲りたし、今日は回避一択だな。三限の講義が終わり次第走って逃げよう。






「そう来ると思ってましたよ」


 講義が終わり、誰よりも早く教室を抜け出た俺はあっさり椿に捕まった。


「なんでそこまでして俺と麻季ちゃんを引き合わせたいんだよ」


「私の友達とも長い付き合いになるでしょうし、顔見知りになっておくべきで……」


 椿が話し終わる前に、全速力で駆け出す。前のモアちゃんの時みたいに個室に連れ込まれたらこっちが圧倒的に不利だ。

 椿は妙に脚が早いし逃げ切れる自信はないが、とにかく大学から抜け出さないと。路上で争っていれば誰かが警察に通報してくれるかもしれないし。


「あっ、先輩! 止まって!」


「誰が止まるかアホが!このままっ……!」


 俺が一瞬振り向いて椿に叫ぶと同時に、身体に鈍い衝撃が走った。

 痛え。この感触、壁じゃないな。クソッ、誰かにぶつかったか……

 尻餅をついたままで衝突した相手を見ると、血の気が引いた。


「うぅ……痛い……」


 痛みにうずくまる麻季ちゃんの肩を持ち、椿は醜怪な笑みを見せた。


「あーあーあー、先輩。だから止まれって言ったのに」


 麻季ちゃんは転んだ拍子に打撲傷を受けたのか、肘をさすりながらグスグスと泣いている。


「ひどいですねえ、罪の無い子にケガさせるなんて。誠意ある謝罪が必要ですねえ」






 結局、椿に半ば連行されるような形でA202教室の前まで来た。コイツに軟禁されるのはこれで何回目だろう。毎度毎度捕まる俺も大概アホなのかもしれないが……


 どんな拷問器具が置いてあるかとビクビクしながら部屋に入ってみると、机の上に置いてあったのは1セットのトランプのみ。

 そうか、麻季ちゃんは「マゾヒスト」の方じゃなく「ギャンブル狂い」の方だったか。


 一瞬安心しかけたが、これはこれで厄介だ。ギャンブルで負けたら無茶な条件を吹っ掛けられる危険性がある。

 今から逃げるのも一つの手だが、それはそれで不戦敗だって難癖つけられるかもしれないし……

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