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36―2 想い人と居酒屋デート その2

 俺と椿の仲が良いだって?そんなバカな。

 時々思うんだが浅井先生は着眼点がズレているというか……悪い人ではないんだけど、それゆえに物の見方が純粋すぎるような。


「椿はただのストーカーで、俺はその被害者ってだけだよ。仲が良いとかそんな……」


「それ! そういう物言い!」


「ん? なんか変だったか?」


「武永先生、本庄さんだったり諸星くんには結構キツい言い方するじゃない。それって、二人のことを信頼してないとできない態度だと思うの」


「いや、それはアイツらが横暴すぎるからで……」


 口では否定してみせたが、案外浅井先生の言い分は筋が通っているかもしれない。

 実際ちょっとした罵倒で椿や諸星が俺から離れていくとは考えがたいし……

 それを「信頼」と呼ぶかはともかくとして、ある種の繋がりが存在するのは事実だろう。

 腐れ縁とでも言うべきか。まあ椿に限ってはさっさと切れてくれた方がいい縁ではあるのだが。


「もう少し、私に対しても遠慮なく接してくれたら嬉しいな、とか思ったり思わなかったり……」


 照れくさそうに語尾がすぼまっていく浅井先生がかわいい。

 酒でほんの少し上気した顔も相まって、こう……胸にグッとくるというか……


 いかん、スケベなことを考えている場合ではない。

 浅井先生に対して遠慮しすぎな面も確かにあったし、反省はしないとな。

 色んな意味で、これからは彼女に対してもう少し踏み込んだ方が良いのかもしれない。


 それにしても意中の人を不安にさせるなんて我ながら何とも情けない。ここは一つ、男らしく俺の気持ちを伝えるべきだろう。


「わかった。あんまり伝わってなかったかもだけど、俺は本当に浅井先生のこと……」


「あいよー! クリームチーズいぶりがっこお待ち!」


「いやタイミング」


 クソッ、思わず前回と同じツッコミをしてしまった。

 モアちゃんは空気が読めないのか、わざと読んでないのか。いずれにしても厄介であることに変わりはないが。


「そもそも頼んでないんだけどこれ……」


「アタシからのサービスっす! まあ要らないならアタシがもらうっすよ」


「勤務中につまみ食いをするな」


 皿に手を伸ばすモアちゃんの手を制すると、悪戯を咎められた子どものように彼女は笑った。悪気がない分余計にタチが悪い。

 さすが椿の友人と言うべきか、一筋縄では御せない厄介さがある。


「真面目に働けよお前……」


「アタシはいつでもガチっすよ。ガチで働いてこれなんだから、もう仕方ないじゃないっすか」


「開き直ってんじゃねえよ……じゃあ注文するけど、ビール二つとえいひれ、あとポテトフライも頼む」


「了解っす! 秒で持ってくるっす!」


「ゆっくりでいいぞ。というかゆっくり来てくれ。頼むから」


「うっす!」


 はあ……やっとうるさいのを追い払えた。俺相手ならともかく、浅井先生にまで被害が及ばないように注意しないと。


「あの、武永先生……さっき何て言おうとしてたの?」


「あー、いや……それは……」


 クッ……出鼻をくじかれたせいで急に恥ずかしくなってきた。

 俺のこういうビビり気質がなかなか恋人ができない原因なんだろうな。ちくしょう、こんなことではまた諸星あたりに笑われてしまう。


 何より今日は椿がいないのだし、千載一遇のチャンスだ。どうにかここで浅井先生との距離を縮めておきたい。


「確かに俺は浅井先生に遠慮してた部分もあると思う。でもそれは浅井先生に遠慮してたとかそういうわけじゃないんだ」


「そうなの?」


「おう。むしろその真逆で、浅井先生との関係を大事にしてたからこそ……」


「はいビール二丁ほかお待ち!」


「マジで早いなオイ」


 モアちゃんは手際よくジョッキと皿を並べていく。その勢いに浅井先生ものけ反り気味だ。

 注文を受けてからすぐ品を持ってくるのは良いことなのだが、とにかく間が悪い。


「そりゃもうお二人の大事なデートっすから。不手際があっちゃいけないと思ったんす」


「その割に不手際連発してない?」


「手厳しいなあ、もう。ところで気になってたんすけど、マジな話オネーサンは武永さんとどんな関係なんすか?」


「えっと、その……バイトの同僚で……」


 いきなり本丸に突っ込むなよ……とは思ったが、答えは気になるところだ。

 俺はいったい、浅井先生にとっての何なんだろう。

 固唾を飲んで浅井先生の答えを待つ。


「私にとって、気が合うというか……相性がいい人だとは思ってて……」


「なるほど、身体の相性がいいと」


「もうお前黙れよ……」


「そんな怖い顔しなくても。折角のお酒が不味くなるっすよ?」


 モアちゃんはケラケラと笑いながらテーブルの上のえいひれをつまんだ。この接客態度でクビにならないのが不思議で仕方ない。


「何なの? バイト中に酔っぱらってんの?」


「そりゃ酒も飲まずにバイトなんかやってられねえっすよ!」


「もうやだこの子と話したくない……」




 結局、毎度絶妙なタイミングでモアちゃんの邪魔が入り、その日は浅井先生と深い話はできずじまいだった。

 しかもクリームチーズいぶりがっこの代金はしっかり請求されてたし……(サービスとは?)


 それに、浅井先生と二人で飲みに行った事実を椿が知ったらと思うと……

 モアちゃんはとんでもなく口が軽そうだし、ハッキリ言って不安しかない。







 だが意外なことに、椿からの追求は次の週もその次の週も無かった。

 てっきりモアちゃんが即日で椿に報告して、また酷い目に遭わされるかと覚悟していたのに。

 

 何故モアちゃんはあのデートを椿に密告しなかったのだろう。そんなことをぼんやり考えていると、ちょうど彼女の姿を購買で見かけた。

 折角だから訳を聞いてみるか。


「え? だって武永さんあの浅井ってオネーサン狙ってるんでしょ? ならつばっちに告げ口すんのは野暮でしょ」


「モアちゃん……俺はお前を誤解してたかもしれん」


「アハハ! アタシは義理堅いタイプの女なんで」


 ひたすら邪魔をしてくるからモアちゃんも椿の回し者かと思っていたが、彼女なりに気を遣ってくれていたようだ。

 あの余計な冗談も、俺たちの空気を和ますためにやってくれていたのかもしれない。

 深い話こそできなかったが、浅井先生もそこそこ楽しんでたようだし……


 やり方が正しいかはともかくとして、こちらを慮ってくれること自体は素直に有り難い。

 モアちゃんが右手に持つスルメから目を逸らしつつ、心の中で感謝を述べた。


「ところで武永さん、アタシ最近飲みたいビールがあるんすよねえ……ベルギー産のちょっとお高いやつ。アタシに恩のある人がおごってくれたりしないかなー……ってあれ!? どこ行くんすか武永さん!!」


 やっぱり酒クズは酒クズだったな……うん。

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