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35―3 ヤンデレと酒クズ その3

「まだっすか武永さーん」


「出てきてくださーい」


 ああ、外から鬼たちの声が聞こえる。俺を食らわんと舌なめずりする悪鬼どもの声が。

 いっそ警察にでも通報するか?いや……この状況をどう説明すればアイツらを罪に問えるのかわからん。そもそも酒は俺が勝手に飲んだだけだし。

 奴らはまだ俺に害をなしていない。未遂であれば対抗手段が無いってのは法治国家のつらいところだ。


「いつまでもこもってんじゃねえっすよ! いい加減出てきたらどうなんすか!」


 モアちゃんのダミ声が聞こえてくる。もう明るいキャラを繕う気も無いらしい。その汚い声は人というよりやはり悪鬼羅刹のたぐいに思える。

 しかし鬼ってのは昔からなんで酒と縁があるんだろうな。安酒の銘柄でも「鬼」と名のつく商品は色々あるが……


 酒に酔い、赤ら顔で暴れる人間を「鬼」と呼んで忌避してきたのが人間の歴史なのだろうか。

 そう、この世には鬼なんていない。存在するのは底無しの悪意を持った人間だけだ……


 いや何ワケわからんこと考えてんだ俺。

 酔っているからか無益な思考ばかりが頭をよぎる。なんで便所で史学考証してるんだ俺は。

 考えろ……打開策に繋がりそうな何かを……


 そう言えば、「鬼に追われてトイレに逃げ込む」ってどっかで見たシチュエーションな気がする。

 何だっけ……


 ああ、あれだ。『三枚のお札』か。青森かどっかの昔話。鬼婆に追い詰められた小坊主がお札を使って逃げ切る話だったか。

 でも俺には魔法のお札なんて……


 何気なくポケットを探ってみると、固い感触があった。

 あれ? もしかして俺、持ってんじゃないか? 「魔法のお札」。








「出てこいって言ってんすけど!」


「わかってる、今行くからちょっと待ってろ」


「もう待ちくたびれましたよ先輩。これはちゃんと償ってもらわないといけませんね」


「わかってる、今行くからちょっと待ってろ」


「今っていつっすか? 何秒後?」


「わかってる、今行くからちょっと待ってろ」






 すでに俺はトイレの窓から脱出しているのだが、アイツらがそれに気づくのには時間がかかるだろう。

 なぜなら俺の声は未だトイレの中から聞こえているからだ。スマホの録音機能が俺の命を救うことになるなんて、思ってもみなかった。


 昔話に出てくる魔法のお札とはきっとスマホのことだったのだろう。

 昔は「自動で声が発せられるお札なんてありえないだろ」と子どもながら思っていたものだが、科学の発展は常に我々の想像を飛び越えていく。

 ありがとうスマートフォン。ありがとうアッ○ル社。


 自分がいた場所が三階のトイレであったことを思い出した時は一瞬絶望しかけたが、外にちょうど飛び移れる木があって命拾いした。

 今頃アイツらは俺のスマホと楽しくおしゃべりしているのだろう。ざまあ見ろアホどもが。俺はこのまま優雅に木を伝い降り、どこかに身を隠す。

 スマホや鞄は酔いが覚めてから取り戻しにいこう。まず体調を万全に整えねば。


 よし、この木は結構デコボコしているし、慎重にいけば何とか降りられそうだ。なるべく下を見ないようにして、ボルダリングの要領で……


「あら、先輩。お猿さんの真似ですか?」


 椿が男子トイレの窓からニュッと顔を出す。コイツ! 結局入ってきたのかよ!

 驚いた俺はとっさに右手を離し、バランスを失って……


「あ……」











 次に目覚めた時、真っ白い天井が目に入った。頭、腰、右肘から手首まで、他にも細々と全身のあちこちが痛む。

 痛みが強くなるにつれ、記憶が戻ってきた。そうか、俺は木を降りる最中で落っこちたのか……


「あら、お目覚めですね。先輩」


「てめえ……よくツラ見せられたな」


 椿は果物ナイフで切り分けられたリンゴをもてあそんでいた。リンゴはすでに半分なくなっており、おそらく俺へのお見舞いをつまみ食いしていたのだろう。

 どこまでもふざけた奴だ。一発ガツンとお見舞いしてやりたい。やりたい、が……相手は武器を持っているし、俺は満身創痍。

 憤懣やるかたなし。


「クソッ、お前らのせいで酷い目に遭った」


「私はともかくモアちゃんは責めないであげてください。あの子は純粋に先輩と飲みたかっただけなんですよ」


「借金取りみたいに急き立ててたけど」


「まあ、多少酒癖が悪いのは事実ですが……それにしても先輩があんな無茶するなんて」


 冷静になって考えてみれば、俺も酔っていて疑心暗鬼になりすぎた部分はあるかもしれない。

 そもそもいくら木があったからって、酔った状態で三階から降りようなんて無謀もいいところだ。

 それに何が「三枚のお札」だ。我ながら思い出すと恥ずかしい。


 ただ、俺に落ち度があるにしても、椿を無罪放免にするというのも納得いかない。


「元はと言えばお前が普段から俺を脅かすからこんなことに……」


「ですね。私も反省はしています」


 意外にも椿は頭を垂れて謝罪の態度を示した。もっと言い訳に走るかと思ったが……何のつもりだ。


「ハッ、謝って済むかよ。こっちは大怪我してんだぞ」


「せめてもの償いとして私の身体を……」


「よし、全快したらお前を殴る。全力で」


「冗談です。そう怒らないでくださいよ」


「怒るに決まってんだろ。こんな身体じゃレポートも提出できないだろうし……」


「そう言われると思って作ってきましたよ、レポート」


「は?」


 椿は自分の鞄からA4の用紙数枚を取り出し、ベッド脇の机上に置いた。

 氏名・学籍番号とも俺の名義で書いてある。大学生活において禁忌とされる「代筆」というやつだ。


「でもこれ教育学部の講義だぞ。文学部のお前が書いたところで……」


 内容を否定するつもりで読み込んでいくと、なかなかよくできているようだ。レジュメを読み込むだけではなく、講義内容をそれなりに理解していないとここまでのものは書けない。


「もしかしてお前、この講義受けてた?」


「知らなかったんですか?いつも先輩の後ろにいたのに」


「でも履修登録者にお前の名前なかったような……」


「それはそうでしょう。私は先輩の後ろ姿を眺めるためだけに講義に出ていたんです。単位のためではなく」


「えっ、何それ気持ち悪……」


 しかし今回は椿の気色悪さが功を奏したようだ。

 レポートさえ出せば単位は確保できるだろうし、最悪の事態を回避できたのは事実である。まあ、意地でも礼は言いたくないが……


「褒めてくれてもいいんですよ」


「褒めない。絶対に褒めない。誤字脱字を見つけて罵倒してやる」


「先輩、モラハラって知ってますか?」


「お前がいつもやってるやつな」







 結局、椿の代筆したレポートのお陰か、その講義では「優」の成績をもらえることになった。

 いっそ悪い成績だったら椿を責めることもできたのに……チクショウ。



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