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34 奇人と災害

 今日は諸星が休みだということで、またリーちゃんが派遣されてきた。喧騒の絶えない食堂で、二人のんびりとB定食をつつく。

 「諸星がいる時に来てもいいのでは?」と訊くと、「わたしはナガさんと会う口実が欲しいだけですよ」と真顔で返されて不覚にも照れてしまった。異性としての好意かはわからないが、好かれて嫌なはずもなく。

 俺もたいがい単純な人間なんだろう。


「先輩、また浮気ですか? それもこんな幼い子と……未成年者略取ですね」


「うわ出た」


「そうですよ、児童ナントカ法のうんたら条例第N条に反してます。これは死刑ですね」


「色々ツッコミたいんだけど、リーちゃんそっちの味方すんのか……」


「椿の姐さんに逆らっても良いことはありませんから」


「よくわかってるわね莉依ちゃん、聞き分けのいい子は嫌いじゃないの」


「そうでしょうそうでしょう。なのでこの従僕にもナガさんの愛人としての権利を……」


「それはダメ」


「そうですか」


 特にしょげた様子もなくリーちゃんは味噌汁を啜った。

 いつの間に椿が現れたのかはわからないが、いつものことなので気にしないこととする。


 しかし、この二人の関係性もいまいちよくわからない。とりあえずは不戦協定を結んでいるようだが、隙あらば互いの寝首を掻こうとしている風にも思える。

 少なくとも表面上はリーちゃんが服従しているように見えるが……


「リーちゃん気をつけろよ、コイツは一旦タガが外れると何をするかわからんからな」


「人を狂人か何かみたいに言わないでください。私はいつでも正気です」


「いや……正気で人を拷問する方が怖いんだが」


「拷問の一つや二つくらい乙女の嗜みですよ。ねえ、莉依ちゃん?」


「まったく仰る通りで。仰る通りすぎてオーシャンブルーになりますね」


 リーちゃんはスマホで瀬戸内海の画像を眺めながらどうでも良さそうに答えた。こんな雑に生返事する従僕いるか?

 しかし椿はそれに腹を立てるでもなく持参した弁当箱を広げた。


「今日はミートローフを作ってきました。先輩も食べますか? 食べますよね? 食べてください」


「三段活用をやめろ。まあもらえるもんはもらうけどさ……お前料理は上手いし」


「良妻賢母を目指してますから」


「悪妻険母の間違いだろ」


「確かに美味しいですね。塩気が程よくご飯が進みます」


 俺が箸をつけるより前にリーちゃんがミートローフに手を伸ばした。見方によっては椿への宣戦布告とも思える行為だ。

 しかしやはり椿は腹を立てない様子である。どころかリーちゃんの奔放さを見て優しく目を細める始末だ。


「なんかお前リーちゃんにだけ甘くない?」


「私、妹が欲しかったんですよ。一人っ子ですから」


「トチ狂ってリーちゃんを誘拐とかすんなよ……」


「養ってあげたい気持ちも無くはないですね、正直なところ」


「一家に1台竜田川莉依、今ならタンブラーもついてきます」


「家電かな?」


 折角なので俺もミートローフを頂戴すると、確かになかなか旨い。料理に限らず椿は何かと器用ではある。本人も「花嫁修行は欠かせませんから」と誇らしそうだ。性格が破綻していなければいいお嫁さんになれただろうに。

 リーちゃんへの態度を見ても、自分より弱い(と認識した)人間に対しては結構寛容みたいだし……


「リーちゃんを甘やかしたいのはわかるが、お前サークルには後輩とかいないのか?」


「いないことはないですが……サークルにはあんまり行ってませんから」


「姐さんは園芸サークルでしたっけ」


「そうそう。合法と思しき草花が栽培されてて、みんなご機嫌に草を炊いてるの」


「大丈夫? そのサークル摘発されない?」


「法改正が起きない限りはセーフかと」


 俺の知ってる園芸と違う……まあその辺は深く詮索しない方が良さそうだ。共犯者と思われても困るし。


「ただ、なんとなく入りづらいんですよね、部室。私があんまり顔出さないせいですが」


「あー、お前友達とかいなさそうだもんな」


「友達くらいいますよ!」


「へー意外だな、どんな友達なんだ?」


「マゾヒストとギャンブル中毒と酒クズです」


「うん……聞かない方が良かった」


「全員結婚式に呼びましょうね」


「地獄絵図じゃん……」


 いつの間にか食事を終えたリーちゃんは、ぼんやり俺たちの会話を聞いていたが、ふと思い付いたように口を開いた。


「椿の姐さんはナガさんと結婚するつもりなんですね」


「ええ。当たり前じゃない」


「ではもしわたしがナガさんと結婚したらどうしますか?」


「は?」


 一瞬で空気が冷たくなる。椿は指先一つ動かしていないが、それでも思わずのけ反ってしまうような圧迫感。刺すような視線がリーちゃんの首元に向けられる。


「仮定の話ですよ」


「面白い冗談ね。溺死か轢死、どっちがお好みかしら」


「落ち着けって椿! リーちゃんも変なこと訊くなよ?な?」


 瞬間冷却された場の雰囲気を何とか温めようとするが、一度凍った空気はそう簡単には融けない。

 椿の射殺すような眼力を前に、リーちゃんは涼しい顔をしている。こっちは凍傷になりそうな気分なんだが……


「いくら莉依ちゃんでも下手な言動は許さないわよ。私はいつでも見張っている。いつも、いつでも、いつまでも」


「程々に気を付けます」


「程々じゃなく死ぬ気で注意なさい。まったく、油断も隙もない」


 和解、と呼ぶにはわだかまりが大きすぎるが、一旦椿は落ち着いたようだ。

 気分を害したのか、椿はスッと立ち上がりまた姿を眩ます。

 おそらくどこかで俺たちの挙動を見張っているのだろう。とことん不気味なやつだ。


「それにしてもリーちゃんは度胸があるな、あの迫力に平然としてるとは」


「死ぬかと思いました」


「なんで煽ったんだよ……」


 よく見るとリーちゃんは小刻みに震えていた。表情に出ないだけで彼女なりに怯えていたらしい。

 なぜわざわざ虎の尾を踏みにいったのかは謎だが……


「椿には服従するんじゃなかったのか?」


「わたしにも譲れないことがありますので。何かこう……姐さんをうまいこと丸め込む方法とかありませんかね」


「そんな方法があるなら俺が聞きてえよ」


「ですね。お互い死なない程度に予防保全をやっていきましょう」


「災害みたいな扱いだな……」


 食堂を出てリーちゃんと別れるまでの間、じっとりとまとわりつく悪寒が背中を離れなかった。

 椿のやつ、あんな屈折した性格で本当に友達とかいるのか……?

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