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31―3 ヤンデレと影 その3

「武永先生! 起きて!」


「先輩! 先輩!」


 なんだか部屋が眩しくて騒がしい。あれ、俺いつの間に寝てたんだろ。

 それに、床が冷たい。ここは……俺の部屋の廊下か?

 状況が判断できない。明かりのついた廊下。横に倒れている牛乳パック。当惑した表情の椿と浅井先生。


 頭を整理しないと。えーっと、昨晩は牛乳盗みの犯人を見つけようとして、椿と浅井先生に泊まってもらって。

 交替の時間になりそうだったから、浅井先生を起こそうとして。でも俺はそのまま寝てしまって。

 で、いま牛乳パックが廊下に倒れているということは……


「侵入者がわかったのか!」


 椿はうつむいて静かに首を振った。その奥で浅井先生が心配そうな顔をしている。


「侵入者なんていなかったんですよ。初めから」


「えっ、それはどういう……」


「落ち着いて聞いてくださいね。夜な夜な牛乳を飲んでいたのは、先輩。あなた自身です」


 椿の言っている意味はわからなかったが、冗談でないことは雰囲気が物語っていた。

 しかし理解が追いつかない。俺が? なんで? どうやって?


「何言ってるんだ? だって、俺が寝てる間に牛乳が……」


「そうです。先輩が寝てる間に、です。その通りなんですよ」


「訳がわからない。ちゃんと説明してくれ」


「武永先生、夢遊病って知ってる?」


「夢遊病……」


 聞いたことがあるような……何だっけ、寝てる間にフラフラ歩いたりする症状のことだったような。

 自分には縁遠い話だと思っていたし、今だって半信半疑なくらいだ。


「いや、そういう病気ってストレスとかが原因なんじゃねえの? 椿の存在以外に大したストレスなんか無いんだけどなあ」


「あら、私は唯一無二の存在なんですね。嬉しい」


「ごめん、今ツッコむ気力ないから……」


「残念至極です。それはさておき、他にも夢遊病の誘因になるものはありますよ。たとえば……」


 椿はおもむろに冷蔵庫を開け、中にある酒缶を取り出して一本一本並べ始めた。「アルコール度数9%」と書かれたカラフルな缶が床を埋めていく。自分の恥部を晒されたようで何となく気恥ずかしい。


「ちょっと武永先生、この量は……しかも9%って」


「あー、その……業務スーパーの特売で安かったから一気買いしたんだよ。でも買いすぎて冷蔵庫が狭くなったから毎日消費してて」


 もしかして、これが原因なのだろうか。酩酊状態のまま寝たつもりで、実は半分ぐらい起きてて、喉が渇いたから牛乳を飲んで……

 何とも馬鹿らしい話だ。犯人がまさか自分だなんて。


「はぁ……心配して損したかも」


「まあまあ、先輩の身に何もなくて良かったじゃないですか」


 椿は半分あくびをしながら、浅井先生の肩をポンと叩いた。浅井先生が呆れ返り、椿がそれを宥めるという珍しい展開である。まあ、今回は俺が愚かだっただけの話なので、失望されても仕方ないのだが……


「とりあえず先輩はしばらくお酒は控えましょう。酒缶は私と浅井さんで没収します」


「そうね……夢遊病で転んで事故でも起きても困るし」


「あと予後が心配なので私が先輩の家にしばらく泊まります」


「流れで無茶をねじ込んでくるな」


「そうね……私もご一緒しようかしら」


「何? 浅井先生まで寝ぼけてんの?」


 泊まりでの監視は丁重に却下して、酒缶は二人が持って帰ることとなった。

 それにしても拍子抜けだ。自分で寝ぼけて牛乳を飲んでいただけとは……幽霊でもいるのかと思って少しビビっていた自分が情けない。


「じゃあ私たちは帰りますので、また大学で」


「まだ外は暗いみたいだし、私はもう少し残ろうかな」


「は? 浅井さんは私の家に来てもらいますよ。着替えだってないでしょうが」


「そう? ありがとね、本庄さん」


「別に、貴女のためではないです。先輩と貴女を二人きりしたくないんですよ」


「それでも、ありがと」


「腹立つ女ですねえ」

 

 椿はわざとトゲのある言い方をして、浅井先生から目を逸らした。仇敵に礼を言われてどうリアクションしていいのかわからないのだろう。コイツにもなかなか人間らしいところがあるんだな。





 事件が解決して安心したのか、昨日の朝のやり取りを思い出した。

 椿のアホはとんでもないものを盗んでいたのだ。牛乳問題を解決してくれたのは有り難いが、それとこれとは話が別である。ここでしっかり追及してやらねば。


「オイ椿、お前昨日の朝ふざけたこと言ってたよな?」


「昨日の、朝ですか? 何のことでしょう?」


 椿は荷物をまとめる手を止め、こちらに向き直った。

 今回は逃げ出さなかっただけマシだが、あくまでシラを切るつもりらしい。往生際の悪い奴だ。


「お前なあ……自分でパンツ盗んだって白状してただろうが」


「えっ!? なんでパンツ盗んだこと知ってるんですか!?」


「だから昨日の朝お前と会った時に……」


「だって昨日の午前は私、大学にいませんでしたよ?」


「は?」


 意味がわからない。どういうことだ?だって、俺はあの時椿と会って。幽霊みたいに青白い顔の椿がヘラヘラ笑ってて。


「お、お前なあ。ごまかしたいからって意味わからん嘘つくなよ」


「いえ嘘じゃないですよ。先輩のパンツは今持ってるのでお返ししますが、本当に昨日の朝は先輩に会ってないんですよ」


「なんで今持ってんの!? いや、それはともかく、じゃあ俺が昨日会ったのは誰なんだよ!」


「いや、私に聞かれても……なんかこっちまで怖くなってきたんですが」


 どうやら椿は本当に昨日の出来事を知らないらしい。盗みを認めている状態で、これ以上嘘をつく必要もないだろう。

 しかしそうなると、俺はあの時椿の形をした誰、いや「何」と出会ったんだろうか……?

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