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31―2 ヤンデレと影 その2

「うわあ出たーっ!!」


「えっ、なになにどうしたの?」


 俺の叫び声に驚いて、浅井先生が尻餅をつく。そして玄関先には……不機嫌そうな表情の亡霊、もとい椿が立っていた。


「何なんですか人をバケモノみたいに……」


「なんだ椿か……」


 椿の顔を見て安心する日が来るなんて、思ってもみなかった。亡霊のようなオーラを持つ椿でも、本物の亡霊ほど怖くはないものだ。

 さきほど取り乱してしまったことを取り繕うために咳を一つして、椿の方へ向き直る。


「紛らわしいんだよお前は、マジモンの幽霊かと思うだろ」


「こんな愛らしい見た目のお化けなんていませんよ、やだなあ」


「おぞましいことを言うな。それより何しに来たんだよ」


「何してるはこっちの台詞ですよ、また先輩の家に上がり込んで……(さか)りのついた雌犬かしら」


 椿は浅井先生に軽蔑の視線を送る。浅井先生は頬を染めながら「盛りだなんて……でも男女だし間違いがあってもしょうがないわよね」などとボソボソ独り言を呟いている。

 状況が混沌としてきたが、とりあえず椿は大人しくさせた方が良さそうだ。


「違うんだよ。浅井先生には牛乳盗みの犯人を探してもらおうと思ってな」


「ふぅん……牛乳盗みですか」


 椿は元々細い目をさらに細めて俺の表情を探る。どうも俺の言葉を信用していないようだ。まったく……今朝も話をしたというのに疑り深いやつだ。


「朝になると牛乳が減ってておかしいんだって。お前も盗んでないみたいだし」


「私が盗むわけないじゃないですか。牛乳は好きじゃないんですよ」


「まあ、お前が牛乳好きだったらなんかイメージと違うしな」


「私は牛乳好きよ、武永先生」


「そうか……」


 浅井先生の謎アピールに、チッと舌打ちをしながら椿は部屋に上がり込んできた。

 意味ありげに冷蔵庫を開け閉めしては、首をかしげている。


「なんだ? まさか、犯人がわかったとか?」


「いえ、わかったわけじゃないですが……それより先輩、牛乳は毎日減ってるんですか?」


「わからんけど、毎日一杯ずつぐらい減ってるペースだな」


「そうですか」


 椿は無駄に長い髪をくるくると弄びながら、静かに目を瞑っている。人の癖というのは、じっくり考え事をしている時に出てくるものだ。

 コイツは卑劣だが頭のキレは悪くない。もしかしするとこの難問を解く妙案を出してくれるのかもしれない。


「一晩、先輩の部屋に私が泊まるというのはどうでしょう」


「却下で」


「なんでですか!」


「いや、なんかお前の私欲が入ってそうだし」


「ひどい……折角真面目に考えたのに……」


 俺の即答に椿は肩を落とし、目に見えてしょぼくれている。もしかしたら下心抜きの提案だったのかもしれない。

 まあ、幽霊と二人きりよりはマシかもしれないが、椿と二人きりというのも身の危険を感じるので仕方ない。


「なるほど……本庄さんの案も悪くなさそうね。どうかしら、武永先生と本庄さんと私で交替しながら夜通し見張るというのは」


「まあ、浅井先生がそう言うなら……」


「私が提案した時と反応が違う!」


「あーあー、悪かったよ」


 ブーブー不平を言う椿を宥めつつ、とりあえず今晩は三人で俺の部屋に泊まることとなった。

 一人で寝るのは心もとなかったので、ありがたい道連れだ。


「でも浅井先生、親御さんは許してくれるのか?」


「そうねえ、姫子ちゃんの家に泊まるとでも言っておけば大丈夫だと思うけど」


 姫子ちゃん……ああ、村瀬か。いつの間にか浅井先生と村瀬は仲良くなったんだろうか。そう言えばこの前みんなで雑魚寝した時になんか話してた記憶はあるが。


「先輩、冷蔵庫にロクな食材がないんですが」


「そういやそうだな。ピザでも頼むかな」


「ごめんなさい武永先生、私いま持ち合わせがあまりなくて」


「あー、いいよいいよ。協力代としてピザくらいおごるから」


「先輩、私あれ食べたいです。エビがめちゃくちゃ乗ってるやつ」


「ここぞとばかりにお前は……」


「フライドチキンも追加してもらっていいかしら……」


「アンタもかよ!?」







 椿と浅井先生のお陰で財布は寂しいことになったが、ともあれ腹は膨れた。それぞれシャワーも浴びて、後は交替で寝ずの番をするだけだ。

 侵入者に悟られないよう電気は消しておき、一人が起きている間、残りの二人はベッドと床でそれぞれ軽い睡眠を取る。交替する時間も決めたし、あとは夜が更けるのを待つだけだ。


「浅井さんは先にベッドで寝ておいてください。私は床で構いませんので」


「そう? 悪いわね」


「ふふふふふ、これで邪魔者は消えましたよ」


「耳元で囁くな気色悪い。それよりお前も寝てろよ」


「先輩が抱き枕になってくれたら寝れる気がするんですがねえ」


「永眠させてやろうかコイツ……」


 意外にも椿はそれ以上ちょっかいをかけてこず、10分もすると静かに寝息を立て始めた。浅井先生も起きている気配がなく、リビングが静かな闇に包まれる。

 俺の住むマンションはよくある造りで、玄関から入ってすぐの廊下にキッチンや冷蔵庫置き場があり、奥がリビングになっている。

 廊下とリビングの間にはドアがあるものの、冷蔵庫が開けば光が漏れるためすぐにわかるはずだ。


 息を殺して侵入者を待つ……が、一時間経っても二時間経っても怪しい気配は現れなかった。


 そろそろ交替の時間だ。いい加減浅井先生を起こして、番を代わってもらわないとな。

 それにしても妙に眠い。最近牛乳盗みが気になって落ち着いて寝れなかったからかな。他に人がいると安心するなあ。

 やっぱり眠い。浅井先生を、起こさないと。


 ああ。

 意識が……

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