30 奇人と花言葉
リーちゃんから「18 01 13 05 14」という謎のメッセージが届いたのは昼前だったか。
三限の講義時間を丸々使ってその暗号を解こうとしたのだが、さっぱりわからない。
昔からこういうクイズみたいなのは苦手だった。たぶん俺は頭が固いのだろう。自分で認めるのは悔しいが……
答えが思いつかないままぼんやり過ごしていると、いつの間にか四限の教室に着いていて、すでに講義が始まっていた。
さて……数字が並んでいるということは複雑な数列か順列か。でもド文系の俺にそんな専門的な知識を要求するか?
加法減法乗法除法、どれを試してもヒントにもならない。そもそも数式なら「01」なんて表記にはしないか。
出てくる最大の数が「18」ってところに何か意図がありそうな気もするが、たまたま小さい数字が集まっただけなのかもしれない。
「せめてヒントをくれ」とメッセージを返してみたが、リーちゃんからの返事は無い。
少し考え方のアプローチを変えてみるか?
こういうクイズは出題者の意図を読むのがセオリーだと聞いたことがある。ここは一つ、リーちゃんの普段の言動から彼女の思考回路を読み取ってみるか……
この前彼女と会った時、どんな話をしたっけ?
「ナガさんは神を信じますか?」
「いきなりどうした……宗教勧誘か?」
「いえ、神学論争です」
「道端で論争しかけてくるやつ初めて見たわ……ポケモントレーナーかよ」
「確かにわたしもモンスターのトレーナーかもしれませんね。人は誰しも己の中に怪物を飼っていると言いますし」
「やかましいわ」
「それはそうと、ナガさんは神を信じますか?」
「それ聞いてどうすんだよ」
「参考にしようかと」
「何の参考になるんだ……」
「結婚するなら神前式か人前式かどっちがいいかなって」
「質問がまわりくどすぎる……そもそも付き合ってから考えることじゃないのか、そういうのって」
「わかりました。ではまずわたしとお付き合いしましょう」
「いやその発想は合理的なんだけどさ……なんかもうちょっと情緒というか……」
というやり取りが前にあったが……
ダメだ。リーちゃんが何を考えているのか余計にわからなくなった。
講義を半分聞き流しながら頭をひねらせていると、リーちゃんからまたメッセージが届いた。
「11 09 13 03 08 09」
いやだからわかんねえって! 謎が増えただけじゃねえか!
教室内で叫びたくなる気持ちを堪え、スマートフォンに映ったその数列を読み返す。
リーちゃんは変わり者だが、まったく意味の無い暗号を送ってるタイプではない……と思いたい。
きっと彼女とこれまで交わした会話の中に暗号を解く糸口があるはずだ。
「あんパンにはあんが入っていて、クリームパンにはクリームが入っています。この法則からいけば食パンには『食』が入っていないとおかしいと思いませんか?」
「チョロギって植物があるじゃないですか。えっ、まずチョロギを知らない、と。それはいけません。安佐北区では常識ですよ」
「あっ、ナガさん。スズメがいますよ、かわいいですね。まあスズメは近年ウイルスキャリアの可能性が指摘されがちですが……」
余計答えが遠のいた気がする。普段の会話の時点でまるで意味わからん。
いつもその場のノリでツッコんでるからそこまで意識してなかったが、改めて思い返すとひどいなこれ。
やっぱり暗号自体に解き方なんてなくて、リーちゃんの独自言語なんじゃないか?
いや、それでも言語ならなにがしかの規則があるはずだ。
そもそもこの問いを必死に考える意味があるのかはわからないが、なんとなくリーちゃんに呆れられたくなかった。たまには先輩としていいところを見せてやらねば貫目がつかない。
とは言ったものの手がかりなんて……
結局四限が終わっても謎が解けないまま、俺は一人教室に残っていた。今日がバイトのない日で良かった……いや、リーちゃんのことだからわざわざ俺がバイト休みの日を狙ったのだろう。
何気なく四限の講義で使われていたレジュメに目を通す。今日の講義内容は幼児期の言語発達に関するものだった。もっとも、教授の有り難いお話は半分も耳に入らなかったが……
幼児は得てして親との会話を通して、発話言語を習得していくものだが、文字言語の習得は教育機関に依る部分も大きい、ねえ。
幼稚園なんかだと「あいうえお かきくけこ」と五十音順に書かれた表があったような……
おっ、ちょうどレジュメに表が載っている。あいうえお表にABC表か、懐かしいな。
そこでようやくピンときた。なるほど、表ね。
「答えがわかった、どこに行けばいい?」とリーちゃんにメッセージを送ると、「12 01 14 19」と答えが返ってきた。
最後までそのスタンスでいくのか。まあ、タネがわかればどうということもないが。
「遅かったですねナガさん。覚悟の準備はいいですか?」
「覚悟ってほどのもんでもないだろ。ラーメンおごるだけなのに」
「金は命より重いと言いますし」
「それわかってて俺におごらせる気なのか……」
答えがわかってみれば何のことはない、リーちゃんはただラーメンをおごってほしかっただけなのだ。
リーちゃんが最初に送ってきた「18 01 13 05 14」という数字の列、これはアルファベットの並び順に対応していたのである。
アルファベットをAから順に数えると、18番目のアルファベットは「R」、1番目は「A」、13番目は「M」……
つまり「18 01 13 05 14」は「RAMEN」と読むことができる。(ちなみに「11 09 13 03 08 09」は「KIMCHI」)
まったく……ストレートに言ってくれりゃラーメンの一杯や二杯いつでもおごるんだがな。
「なんでわざわざこんな回りくどいことを……」
「情緒を大切にしろとナガさんに言われたので」
「ああ、うん……リーちゃんに情緒を求めた俺が間違ってたわ、すまん」
「む。聞き捨てなりませんね。理学部の与謝蕪村と呼ばれるわたしに情緒バトルを挑むつもりですか?」
「俺の負けでいいけど与謝蕪村には謝ろうな……」
その後リーちゃんにとんこつラーメンをおごると「なるほどなるほど」と何かに納得しながら旨そうにラーメンを啜っていた。
そして今回も大量のキムチを食べきれず半分以上俺に押し付けてきた。
傍若無人というか何というか……それでも憎く思えないのは俺が甘いせいか、彼女の魅力ゆえか。
後日、結局リーちゃんが何をしたかったのか諸星に訊いてみたところ「求愛行動なんじゃねえの? 健気だねえ」とニヤニヤ笑っていた。
求愛行動が複雑すぎる……面と向かって 「付き合いましょう」とは言えるのに、ただ会うだけのお誘いが素直にできないのか。だいぶ拗らせてんなあ、あの子も。
諸星と別れた後、ふとスマートフォンを見るとまたリーちゃんからメッセージが入っていた。
「16 05 20 21 14 09 01」
読み替えると「petunia」か。ペチュニアって花だよな?今度は花言葉も調べろってことか。
いちいち回りくどいこの感じ、ああ見えてリーちゃんは照れ屋なのかもしれない。言いたいことが素直に言えないタイプ。
うーん、面倒くさいような可愛らしいような。
さて、ペチュニアの花言葉は……
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