29―3 想い人と演奏会 その3
酔い潰れた椿と浅井先生を安全に帰す方法、ねえ……
二人を担いで帰ることができれば一番手っ取り早いが、俺はそこまで剛力じゃない。途中で力尽きて立ち往生するのは目に見えてる。
タクシーを呼んで大学の最寄り駅の六甲まで行くか? いや、浅井先生は実家に帰してやらないと親御さんも心配するだろう。それにタクシー代だっていくらかかるやら。
ここで朝まで過ごすのも一つの手だが、明日も大学に行かないとだしな……特に明日は出席点の配分が高い講義があるし。
ダメだ、どの手段も選べそうにない。
うーん……あんまりやりたくはないが、現実的には増援を呼ぶのが一番いいんだろう。しかしこんな時間にわざわざ来てくれる人なんて……
諸星とリーちゃんはおそらく演奏会後の打ち上げを行っているところか。そんな二人を呼びつけるのはさすがに気が引けるな。そもそも演奏会で疲れているだろうし。
いや、待て。一人だけいるか、来てくれそうな友達。
「悪いな村瀬、こんな時間に」
「お安いご用さ。しかし二人ともひどい有り様だね」
村瀬はいつものロリータ服ではなく、激安量販店で売っていそうなジャージで現れた。酔っぱらいに大事な服を汚されても困るだろうし、順当な選択ではあるのだが、村瀬の派手な金髪と濃いめのメイクのせいでなんとなくヤンキーのように見える。
「眠り姫が二人もいるなんて、なかなか込み入った童話だね」
「面目ない。俺も割と酔ってたからな……」
「まあ、誰かを責めても始まらないか。電車があるうちに帰ろう」
「オイ、椿起きろ。帰るぞ」
「ふぇ……? やっとお持ち帰りしてくれるんですか?」
「お前のお望み通り持ち帰ってやるよ。俺じゃなくて村瀬がな」
「えぇーやだやだ先輩がいいー」
いつの間にか村瀬が来ていたことに疑問を持たないほど、椿はしこたま酔っぱらっているらしい。コイツ、俺の前で何回倒れれば気が済むんだ……いい加減見殺しにしてもいい気がする。
うだうだ文句を言う椿を抱き起こし、村瀬はそのまま店の入り口へ向かう。二人の体格は同じくらいなので、やや歩きづらそうだ。
一方浅井先生はすやすやと寝息を立てていた。俺が抱きかかえても起きてるのか寝てるのか怪しいくらいで、色々な意味で心配になる。
俺がもっとスケベな男だったら今ごろ悲惨なことになってるだろうに……
それだけ信頼してくれているということなのかもしれないが。
浅井先生はスレンダーな体型ではあるが、結構身長が高いので重量感もそれなりにある。
気になる女性と密着しているこの状況は役得かもしれないが、実際のところ身体的なキツさの方が勝っていた。
村瀬が来る前に会計は済ませておいたので、俺も浅井先生の肩を抱きながらへろへろと店外へ出る。
椿は相変わらず「先輩がいい~」などと喚いていたが、どうやら村瀬を押しのけるほどの体力も残っていないらしく、貧相な身体を村瀬に預けていた。
「つくづく悪いな村瀬、厄介者押しつけたみたいで」
「構わないさ。前にも言った、椿ちゃんのようなタイプの子が好みって話、あながち嘘でもないしね」
「マジかよ……今の状況でカミングアウトされると困るんだが」
「キミこそ。その女性……浅井良子さんだったか、彼女を抱えて鼻の下を伸ばしてるじゃないか」
「うん……お互い見なかったことにしよう」
「それがいいね」
椿も浅井先生もうとうとしながらではあるが、どうにか歩いてくれたので駅に着くことができた。ホームのベンチに二人を座らせ、電車が来るのを待つ。
今はもう23時。六甲までの電車はあるが、浅井先生の家まで行く電車はまだあるのだろうか。仮に彼女を家まで送れたとして、その後俺が帰れなくなるような……
「どうした、武永くん。何か心配事か」
「浅井先生の実家は宝塚にあるんだけど、どうすればいいかなって……」
「ふむ……」
村瀬は一思案した後、浅井先生の鞄をゴソゴソと探りスマートフォンを取り出した。そのまま浅井先生の指を拝借してスマートフォンの認証を解除する。
「村瀬、お前何を……」
「まあ見てなよ」
村瀬はどうやら浅井先生のスマートフォンを使って誰かに電話をかけているようだ。何をするつもりだろうか。
おほん、と咳をした後、村瀬は一気呵成に話し出す。
「ああ、こんばんは。お母様ですか。良子さんの友人の村瀬姫子と申します。良子さんはどうも疲れていて、お酒を飲んだ後眠くなってしまったようで……今晩は私の家に泊まってもらいますから、ご心配なく。いえいえ、私はまったく構いませんので。では」
淀みなく話し終えた村瀬は、親指を一本立ててニヤリと笑った。男の俺が連絡するよりよっぽど話がスムーズに収まって、浅井先生自身としても助かったことだろう。
村瀬、意外と気が利くんだな。初めて会った時はとんでもないやつだと思ったものだが、どうやら俺は彼女を誤解していたのかもしれない。
「村瀬、お前実は結構しっかりしてるんだな」
「だろう? 保護者対応も教師の勤めだからね」
「どこでそんなスキルを……」
「言ってなかったか? ボクは家庭教師のバイトをやってるんだ。週3でね」
「ロリィタ服でか?」
「まさか。あれは大学でしか着ないよ」
大学でも着るなよ……と言いかけたが村瀬の得意満面の笑みに水を注したくなかったので黙っておくことにした。
それから電車が来て、眠る二人をよそに村瀬と話しているうちに六甲に着いた。もうすぐ日付が変わる。俺もさっさとシャワー浴びて寝たいが……
「さて、眠り姫をどうするか考えないとね」
「うーん……椿の家に二人とも寝かせとくかなあ」
「大丈夫かそれは? 夜中にどちらかが目覚めたらパニックになりそうだが」
「それは確かに……」
「キミがついててやるべきだろう。二人が起きた時に経緯を説明してやらないと」
村瀬の言うことも一理ある。寝ぼけた椿が夢かと勘違いして浅井先生を刺殺しかねないしな……冗談抜きで。
ただ、俺一人で酔っぱらい二人の看護をするのも実のところ心細い。女性なら寝る前に化粧落としたりとか色々やらなきゃならんだろう。その辺までカバーできる自信はないのだが……
「武永くん……なんだいその目は」
「神様仏様村瀬様」
「はあ……わかったよ、ボクも一肌脱ごう。今度ケーキでもおごってくれよ。なるべく高いやつで」
「助かります」
結局、その夜は椿の家で四人雑魚寝をすることになった。
案の上目を覚ました椿が錯乱して「えっ! ついに私、先輩と……!? いやでも他に人がいる! まさか四人で!?」などと騒ぎだしたので、俺と村瀬の二人がかりで黙らせて事なきを得た。
その後浅井先生まで同じテンションで騒ぎだしたのには参ったが……
こういう大学生らしい遊び方もたまには悪くはないか、なんて村瀬と二人で笑いあった。
ちなみに、全員講義には遅刻した。




