27 ヤンデレとハーレム
大学からの帰り道、ふと不穏な気配を感じて振り返ると電柱の陰に椿の姿が見えた。
アイツがコソコソしているのはいつものことだが、一度目に入るとどうにも気になってしまうので、嫌々ながら声をかけてみる。
「今日は何の用だよ」
「お疲れ様です先輩。あの痛い服の人いませんよね?どっかに隠れてて騙し討ちとかそういうのはナシですよ」
椿は半身を電柱に隠したまま応答する。長い髪と白いワンピースのせいで、その姿は電柱に張り付く地縛霊のように見えた。
「村瀬なら今日はいないけど……お前がそんなにビビるなんて珍しいな」
「別にビビってませんが?あの人が苦手なだけです」
言葉とは裏腹に椿は不安そうにキョロキョロと周りを見回しながら俺に近寄ってきた。
そのまま何故か抱きつこうとしてくるので両手で押し返す。
「苦手なのは別にいいんだが、村瀬がその……同性に好意を寄せるタイプだってことは黙っててくれよ」
「別に言いふらしやしませんよ。報復が怖いですしね」
椿は場合によって大胆だったり臆病だったりと触れ幅が大きいが、今回は「臆病」の方が勝ったようだ。
とりあえず村瀬との約束は果たせそうで良かった。
俺の横に並んで話しながらも、椿は執拗に手を繋ごうとしてくる。
ハエたたきの要領で手をビシッとはたいてやると、赤くなった自らの手を嬉しそうに眺めており不気味である。
いい加減大学のセクハラ相談窓口とか行こうかな……
「しかし意外だな。椿なら同性愛の一つや二つ気にしないかと思ったが」
「別に同性とか異性とかの問題じゃないです。先輩以外の人間から口説かれるのが不気味で不快なだけですよ。あっ、先輩からの愛の囁きはいつでも歓迎ですが」
「耳元で念仏でも囁けばお前も成仏してくれるか?」
「そうですねえ、折角ですし試してみたらいいんじゃないですか? ほら早くさあ早く」
椿の耳が迫ってきて気色悪いので押し返す。やけに今日は肉体的接触が多いな。発情期か?
「それにしても先輩の周りには女の子が増えましたねえ。今時ハーレムなんて、ベタすぎて飽き飽きしますよ」
「いや、浅井先生はともかくリーちゃんと村瀬はそういうのじゃないと思うんだが」
「わかっていませんねえ、先輩は。少なくとも莉依ちゃんは立派なメスですよ。先輩の変人を集めるフェロモンにとっくにやられてます」
「フェロモンねえ……」
「こうして私が先輩に惹きつけられるのはフェロモンのせいでもあるんですよ。つまり先輩が悪いのです」
そういって椿はまた身を寄せてきたので、太ももに軽く膝蹴りを入れてやる。
コイツ、また意味わからん理屈で自分の横暴な振る舞いを正当化するつもりか。とことん面倒なやつだ。
それにしても「ハーレム」ねえ……俺だっていっぱしの青少年だ。そういうものに憧れる気持ちも無いではない。
でも俺の現状は、そんな理想化されたものじゃないように感じる。「思ってたのと違う」というやつだ。
ハーレムってこう、もっと主人公がいい目に遇ったりするものじゃないのか。
俺はと言えば椿に粘着され、浅井先生に翻弄され、リーちゃんにおちょくられ、村瀬に平凡だと罵られ……こんな情けないハーレム主人公がいてたまるか。
「いいですね、先輩。いい感じに卑屈になってきてますよ」
「だから心を読むな」
「そうやって自尊心が削られ、すがるものがなくなった時に私がそっと手を差し伸べる。そして先輩は私から離れられなくなる、と。完璧なシナリオです。アカデミー賞確定ですね」
「すべての映画関係者に謝れ。だいたい他の三人はともかくお前はマジで悪質だからな。意地でもハーレムとしてカウントしたくないんだよ」
「私だけ特別枠ですか? 嬉しいですねえ、うふふ」
「ウッザ……」
ハーレムものの醍醐味と言えば、主人公が最終的にどのヒロインを選ぶのかの逡巡だが、こと俺に限ってはそもそも選択権が無い。
正直に言えば浅井先生と付き合えれば一番いいが、まず間違いなく椿の苛烈な妨害に遭うだろう。場合によっては「面白いから」ぐらいの理由でリーちゃんと諸星まで邪魔してくる可能性もある。
俺が誰かと付き合えるとしても、俺の意志とは別のところで決着がつきそうな気がする。
そう。これは俺が浅井先生とくっつく前に、どうにか法の目を掻い潜って俺を籠絡するゲーム。もちろん主体は椿やリーちゃんたちである。
俺は主人公どころか宝物枠、ドラゴンボールで言えば悟空ではなくボールそのものなのである。自分で考えてて虚しくなってきたな……
「経過がどうあれ、先輩は私と結ばれるんです。そういう物語なんですよこの世界は」
「不吉なことを言うな」
仮に俺の人生が物語だとして、絶対に椿とくっついてなるものか。神様というやつがいても俺は最後まで抵抗する。
コイツと結ばれるなら死んだ方がマシだ。
「運命には逆らえませんよ。諦めて早く楽になりましょう?」
「うるせえ……お前が運命を操れるわけでもねえだろ」
「操れないと思いますか?」
椿のおぞましい笑顔を見ると心が折れそうになるが、俺は俺の人生を勝ち取るのだ。
……できる限りは。




