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26 奇人とロリィタ

 昼休み。諸星の姿が見当たらなかったのでメッセージを送ってみると、奴はいまアメリカにいると抜かしやがった。

 行きたければアメリカでもアフリカでも好きなところに行けばいいのだが、連絡もなくフラッといなくなるのはアイツの悪い癖だ。自由人と言えば聞こえはいいが、いちいち驚かされるこちらの身にもなってほしい。

 「武永が淋しがると思って代打を送っといた」とのことだが、誰が来るのかおおよその見当はついていた。


「どうも、わたしです。ナガさんが孤独に震えむせび泣いていると聞いて参りました」


 リーちゃんは俺の目の前に現れるなり、背伸びをして頭を撫でてきた。風変わりではあるが、彼女なりの優しさなんだろう。


「震えてないしむせんでないし泣いてもないけど、ありがとな」


「いえいえ。今日はわたしをボシさんだと思って、煮るなり焼くなり好きにしてください」


「人質みたいな扱いだな……」


 こうして無体な話を続けるのもいいが、昼休みは案外長くない。そろそろ定食を注文しに行かねば。

 リーちゃんを見ると、彼女は和柄の小さなお弁当箱を鞄から取り出していた。リーちゃんが料理しているところはいまいちイメージできないが、おそらく家で何か作ってきたのだろう。


「へえ、今日は弁当なのか。何作ってきたんだ?」


「ハマムマッハシです」


「何て?」


「ハマムマッハシ。ご存知ないんですか?」


「いや知ってて当たり前みたいなトーンで言われても……何の料理なんだ?」


「ハト肉ですが」


「ああ、ハトね……ハト!? 食べるの!?」


「エジプトでは普通ですよ」


 クソッ。どこでハトを仕入れたのかめちゃくちゃ気になるけど、いい加減俺も定食を頼みに行かないと……

 リーちゃんには先に弁当を食べ始めるよう言っておき、俺は注文口へと急いだ。






 B定食を注文し、ぼんやり料理の提供を待っていると、後ろから肩を叩かれた。その手の主が椿でないことを祈りながら後ろを振り返る。すると、見慣れつつある白ロリが目に入った。


「やあ武永くん。今日は一人なのかい?」


「ああ、村瀬か。後輩……というか友達と一緒にメシ食うつもりだけど」


「後輩? ということは今日はあの……ゲスな彼はいないのかな?」


「ああ、諸星ならしばらくアメリカにいるみたいでな。折角だし村瀬も一緒に昼食ってくか?」


「諸星くんがいないならお邪魔しようかな。どうも彼の軽率な雰囲気は好かなくて」


「うん。ちょっとわかる」


 村瀬とそれぞれトレーを運びながら、リーちゃんのいる席へ向かうと、彼女はまだ弁当に手をつけていないようだった。

 わざわざ待っていてくれたのだろう。リーちゃんは言動こそ独特だが、根は健気でいい後輩だったりもするのだ。


「悪い悪い、待たせたな」


「む。ナガさん、そちらのお人形さんはどなたですか?」


「どうもかわいらしいお嬢さん。ボクは村瀬姫子(むらせひめこ)、セラム姫と呼んでくれ」


「初めまして姫。わたしは竜田川莉依(たつたがわりい)、身分は平民です」


 スカートを広げて挨拶する村瀬に対し、リーちゃんはズボンのポケットを引っ張り出して挨拶してみせた。

 それぞれ独特な感性を持っている二人ではあるが、微妙に方向性が違うような気もする。

 村瀬にも友達が増えれば、という意図があって連れてきたものの、そもそも二人が仲良くなれる保証はないんだよな……


「皆様お揃いのようなので、そろそろご飯をいただきましょうか」


「おっ、ハマムマッハシじゃないか。香ばしい匂いがいいね」


「えっ、なんで村瀬も知ってんの?」


「ハマムマッハシを知らないのか!?」


「何これ……もしかして俺がおかしいのか……?」


 何はともあれ、ようやく食事にありつけそうだ。

 ここの食堂は教育学部と外国語学部の学生に加え、一般教養を受講する一・二回生も訪れるためとにかく利用者が多い。

 トレーを席まで運ぶのにも、人波を交わして進まねばならないため一苦労だった。


「さて莉依ちゃん、キミは武永くんとどういう関係なんだね? 何やら彼に熱い視線を送っているが」


「わかりますか。姫はなかなかの使い手と見える。ちなみにわたしはナガさんの妹兼嫁候補です」


「えっ。村瀬、お前なんでリーちゃんの表情を読み取れるんだ」


「なんでも何も無いだろう。見ればわかる」


「そうですよ、わたしほど情緒のわかりやすい人間はそういませんよ」


 やっぱり俺がおかしいのだろうか。段々不安になってきた。いや、でも諸星も「リーちゃんは火星から来た説まである」って言ってたし、たぶんおかしいのは俺じゃないはずだ。

 この二人といるとこっちの常識が狂ってしまいそうだ。


「ところで姫はナガさんとはどういうご関係で? 姫もやはりナガさんを狙う狩人なのですか」


「いいや、ボクは武永くんのただの友人さ。しかし何故この男に好意を寄せる女性が多いのだろうな」


「さあ、わたしにもさっぱり」


「当事者のキミが言うのか……まあ、武永くんは悪い奴ではないからな。一緒にいれば凡庸な幸せは掴めそうだ」


「そうですね。地味で地道なハッピーというのは貴重です」


 誉められてるのか貶されてるのかわからないし、喜んでいいのかいまいちわからない。たぶん二人とも善意で言ってくれてるんだろうけど……

 ともかく、この二人は結構仲良くやれそうで良かった。

 初対面の俺に食ってかかるところといい、諸星に対する態度といい、村瀬は好き嫌いの激しい性格である。リーちゃんはどうやら「好き」の部類に入るのだろう。


「他にもナガさんに懸想する人はいますよ。おりょうさんといって、なかなかの上玉なんですが」


「『上玉』って……漫画の悪役くらいしか使わんだろそれ……」


「ほう、それはどんな女性か気になるね。もしかして武永くんの言っていた『変わった友人』の一人か」


「ああ。悪い人じゃないんだけど、愚直というか、思い込みが激しいというか……」


 リーちゃんと村瀬との食事は予想以上に楽しいものだった。リーちゃんの奇抜な言動にも村瀬は鷹揚に応え、場の雰囲気は和やかなものだった。

 村瀬も教師を目指しているだけあって、後輩に対する面倒見は結構いい方なのかもしれない。





 のんびりと歓談しているうちに、昼休みの終わる時刻が近づいてきた。


「次の講義は少し遠くの教室だから、ボクは先に退散するよ。莉依ちゃん、楽しい時間をありがとう」


「いえいえ。またこうしてナガさんで遊びましょうね」


 さらっと不穏なワードが聞こえた気がする。『ナガさんと』の聞き間違いだと思いたいが……


「では二人とも、また近いうちに」


 村瀬は一礼した後、ヘッドドレスの角度を直して去っていった。最初は不安もあったが、機嫌よく過ごしてくれたなら二人を引き合わせた甲斐もあるというものだ。


「どうだリーちゃん。村瀬とは仲良くやれそうか?」


「うーん……」


 意外にもリーちゃんの返事は快いものではなかった。楽しく話しているように見えたが、何か不満があったのだろうか。


「どうした? 村瀬の言動で気に障るところでもあったか?」


「いえ。姫に落ち度はありません。不満があるとすれば、ナガさんに対してですね」


 俺? いつも通り話していたつもりなのだが……まったく思い当たる節がない。


「他の人とばかり遊んで、わたしと遊んでくれなくなっては困りますからね」


 そう言うとリーちゃんは小鳥のように口を尖らせた。これが彼女なりの拗ねているサインだと思うと、なんだか笑えてしまう。

 「笑い事ではないです」とバシバシ背中を叩いてくるリーちゃんが、妙に愛らしく思えた。


 リーちゃんを宥めていたせいで三限には遅れたが、まあそれはそれということで。

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