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25―1 ヤンデレとロリィタ その1

「今日の講義は興味深かったね。ピグマリオン効果を考証する方法は色々あると思うが、実証となるとなかなか難しい。キミはどういった実験が有効だと思う?」


「知らん。ついてくるな」


「そうつれないことを言うなよ。互いに高めあうことこそ、大学生の本分だろう?」


 前の演習講義以来、村瀬はやたら俺に話しかけてくるようになった。

 何のことはない、彼女は孤高を気取っていたものの友達が欲しかったのだろう。

 広い学内でぼっちであることに同情はするが、いちいち構ってやるほど俺だって暇じゃない。

 何より、村瀬と関わっていると面倒なことになるのはわかりきっている。


「先輩、何ですかその奇天烈な女は。そういう女が好みなんですか」


 ああ、やっぱり面倒な奴が現れた。


 椿は村瀬を一瞥した後、早足でこちらに詰め寄ってくる。


「ん? なんだキミは。武永くんの知り合いか?」


「こんな変な格好してる女と関わってたら先輩までおかしくなりますよ。ああどうしよう、先輩が突然ヴィジュアル系に目覚めたりしたら……たぶん似合わないでしょうし……」


「変な格好とは何だ。無礼な子だな」


「行きましょう先輩。先輩に似合う服は私が選んであげますよ。ふふ……ショッピングデートもたまにはいいですよね」


「ボクを無視するな!」


 俺の手を引っ張って立ち去ろうとする椿の肩を、村瀬がガッと掴んだ。

 椿は億劫そうに振り返り、ようやく村瀬の顔を正面から見る。


「誰ですか貴女? 私の先輩に何かご用ですか?」


「キミこそ何なんだ」


「私ですか? 私は先輩の婚約者ですが……」


「そうなのか武永くん?」


「いや、コイツはただのパラノイアだ」


 村瀬は不思議そうな表情で椿と俺の顔を見比べた。そりゃあ意味わからんよな、ぼっちだった村瀬からすれば椿の噂も聞いたことないだろうし……


「お嬢さん。何を誤解してるのか知らんが、ボクは武永くんとはただの友達だよ」


「はい、出たー。一番信用できないやつー。人の恋人を寝取る人間はみんなそう言うんですよ」


「誤解だと言ってるだろう。だいたい、武永くんのどこにそんな魅力があるんだ?教育にかける情熱は認めるが、それ以外は平凡としか言いようのない男じゃないか」


「ふん、小賢しい言い訳を……先輩はとても素敵な男性じゃないですか」


「たとえばどういうところが?」


「えーっと、ほら。何か、そう。色々あるじゃないですか!」


「ほらね、やっぱり武永くんに魅力など無いんじゃないか」


 えっ、なんか俺バカにされてない?今のところ突っ立ってるだけなのに何この仕打ち……椿ももうちょっと頑張れよ。

 そもそも俺が平凡なんじゃなくてお前らが異常すぎるだけだと思うんだが。


「とにかく先輩に近寄らないでもらえますか?不愉快なので」


「キミの快不快など知らんな。ボクはこれから武永くんと友情を深めあうのさ」


「ハァ? そこまで言うなら先輩に決めてもらいましょう。先輩は私とこの女どっちを選ぶんですか?」


「いや、どっちも関わりたくないけど……」


「なるほど、やはり私の方がいいと」


「耳腐ってんのか?」


 椿はお構い無しに俺の手を引いていく。

 慌てた村瀬は、逃がすまいと俺の腕にすがりついた。村瀬の頭が鼻先まで近づいたからか、フローラルないい香りがする。

 当然椿はその動きを見逃さない。


「本性現しましたねこのアバズレ!」


「いや、違う違う! これは咄嗟にだな……」


 村瀬は驚いたかのように俺からパッと離れた。何やら照れくさそうにもじもじとしている。普段の偉そうな態度とはギャップがあって、少し可愛らしく思えた。


「なに顔赤らめてるんですか! ああ卑しい卑しい」


「その……ボクは高校までずっと女子校だったから、男性に慣れていないんだ。こうやって男性に近づくこともあまりなくて、実は戸惑っているというか……」


 村瀬の高飛車な態度は異性にどう接していいかわからないせいだったのか。それなら仕方な……くはないな。普通に腹立ったし。

 とは言え椿に絡まれるのは完全にとばっちりなので、助けてやった方がいいか。


「今さら清純アピールとか……どこまでいやらしいんでしょうか。許せませんね、これはもう実刑ものですよ。今すぐ罰を受けてもらいましょう」


「落ち着け椿。村瀬とは本当に何もないから、キツく当たってやるなよ」


「わかりました。じゃあここで私にキスしてください。村瀬さんとは何もないんでしょう?見せつけてやればいいじゃないですか」


 コイツ、まさか最初からそれが狙いで……椿は嬉しそうにニヤニヤしている。

 そう、椿にとってはどちらでも構わないのだ。ここで俺がキスをしないなら公然と村瀬に難癖をつけられるし、俺がキスするという選択を取れば、それはそれでご満悦だろう。

 最低の二択だ。その発想力をもっとマシなことに使ってくれ。


「待て待て。武永くんにだって拒否権はあるだろう。見たまえ、あの嫌そうな顔を」


 ナイスだ村瀬。もっと言ってやれ。俺は可能な限り顔をしかめて、不快度を全力アピールする。

 村瀬は服装こそ変な奴だが、意外とまともなことも言うんだな。ちょっと見直した。


「いや、先輩は元々ああいう顔なんで。さあ、先輩。早く証明してくださいよ。村瀬さんとは何の関係もないんでしょう?」


「いや、でもそれは……」


「できないんですか? ああ、やっぱり村瀬さんとデキてたんですね。邪魔者は消さないと……」


 椿は俺の手首を離し、村瀬の首に向かってゆっくりと手を伸ばした。

 しかし村瀬は逃げるでもなく、仁王立ちで椿に向き合う。


「椿くん、といったか? 別に武永くんがキミとキスをしなくてもボクたちの潔白を示す方法はあるだろう」


「ふぅん……そんな都合のいい方法があるなら是非試してほしいものですね」


「簡単なことだ。ボクがキミとキスすればいい」


「は?」

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