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24―2 ロリィタと石頭 その2

「キミに少数派として生まれたボクらの何がわかる!」


 村瀬は机から身を乗り出し、声を荒げた。甘ったるい香水の匂いがする。


「わかんねえよ、お前の気持ちなんて。少数派として生きてる生徒の気持ちだってわからん」


「ふん、何を言うかと思えば開き直りか」


「そりゃ一人でいるのは居心地いいのかもしれん。誰にも気をつかわなくて済むし」


「当たり前のことじゃないか」


「でもな、一人でできることなんざ限界があるんだ。必ず誰かの助けを必要とする時が来る。その時に仲間を作る方法を知らないと、困るだろ」


 村瀬は指先でトントンと机を叩きながら、俺の発言を聞いていた。イライラしながらも、どうやって反論してやろうか考えているらしい。

 面倒くさそうなやつだな、とは見た目から想像していたが、こういう短気なタイプだとは思っていなかった。

 喧嘩を吹っ掛けたのは俺の方だし、今さら後に引けくつもりはないが。


「しかしキミ、少なくともボクはここまで一人でやってこれた。一応ここは国立大で、世間から見れば成功者の類いだろう。そしてボクは、足を引っ張る者がいないから上手くやれたのだと思っている。キミの言う『仲間』とやらが足手まといになる場合もあるが、それはどう思う?」


「お前さ、一人で生きてきたって本気で思ってんのか?」


「どういう意味かな」


「思い上がってんじゃねえぞ、って意味だ」


「勿体ぶらずに説明したらどうだね? それともボクを悪罵したいだけか?」


 村瀬の声はいよいよ震えだし、色白だった顔は熟れた桃のように紅潮している。どうも彼女の苛立ちは最高潮に達しているようだ。

 あんまり煽るとビンタの一発はもらうかもな……まあ、椿に追い込まれている時ほど怖くはないし別に構わないが。


「お前が大学に通えているのは、親御さんがいるからだろう。それと、学校なり塾なりで教えてくれた先生もいるだろうし。まさか独学でここまで来たわけじゃないだろ?」


「彼らは彼らなりの義務を果たしただけに過ぎない。感謝しないわけじゃないが、彼らだってボクの実績によって得たものはあるはずだ。いわばギブアンドテイクだね」


「それだけじゃない。今までのお前の人生で、俺みたいにこうやって噛みついてくる奴もいただろう。その時に庇ってくれる人間もいたんじゃないか」


「それは……確かに何人かいたが、彼らの持つ正義感が発揮されただけだろう。ボクが味方してくれと頼んだわけじゃない」


「まだあるぞ。今こうやって、黙って話を聞いてくれているディスカッションのメンバー。俺とお前を除けば3人か。この人たちが、お前よりずっと面白い意見を持ってるかもしれないという可能性は考えたことないか?」


 3人のメンバーは急な指名に一瞬驚いた顔をしたが、それぞれいつでも話せるよう口を開きかけていた。


「彼らは黙っていただけじゃないか」


「お前の声が無駄にデカいから遠慮してたんだよ。それぐらい察しろ」


「まあいい……そこまで言うなら彼らの意見も聞いてみようじゃないか。じゃあ、そこのキミから」


 村瀬に指をさされた、眼鏡をかけている女子学生は照れくさそうに話し始めた。


「わ、私もあんまり人付き合いとか得意じゃないから、村瀬さんの言ってることもわかるの。確かに一人でいるのは楽だよね。でも、初めて友だちができた時はやっぱり嬉しかったし、そういう気持ちも生徒には味わってほしいかなって……」


 村瀬は複雑な表情をしながらも、次のメンバーに話を促した。今度は短髪の真面目そうな男子学生だ。


「僕も村瀬さんの言うことには一理あるとは思うよ。でも、武永くんの言いたいこともわかる。村瀬さんは強いから一人でも生きていけるんだろうけど、みんながみんな強いわけじゃないだろうし、人と協力して生きていく選択肢もあった方がいいよね」


 もはや村瀬は動きもせず押し黙っていた。誰が促すでもなく、最後にややぽっちゃりした女子学生が笑顔で話し始める。


「二人の討論は面白かったね。そもそもこうやって意見を交わすこと自体、一人じゃできないことだから、私も周囲の人とは仲良くした方がいいのかなって思う。何でも合わせる必要はないけど、たまにはこうして膝を付き合わせて、ね?」


 村瀬はいつの間にか着席し、静かに俯いてた。こうやって静かにしていると、派手なロリータ服と相まって人形のように見える。


 プライドの高い村瀬のことだから、おそらくグループのメンバーを「その他大勢の人間」としか認識していなかったのだろう。

 しかし、彼らにも一人一人考え方や価値観がある。「多数派」なんて括られても、中身はそれぞれ違っている。

 「多数派」と「少数派」で勝手に分類していた村瀬には意識しづらい部分ではあったろうが。


 ちょうど討論終了の時間が来たので、ぽっちゃりめの女子に発表役をお願いすることになった。

 発表では村瀬の意見と俺の意見の折衷案、「孤立しがちな生徒の意思も確認しつつ、周囲とそれなりに仲良くやっていけるよう促す」という無難な意見を出すことになったが、それなりに好評価ではあった。

 発表の間、村瀬はぼんやりと発表者のいる壇上を眺めていた。

 彼女が何を考えているか俺には知る由はないが、何か得るものがあったのかもしれない。






 講義の時間が終わり、教室を出ると腕組みした村瀬が目の前に立ち塞がった。

 なんか面倒くさそうなだったので会釈だけして逃げようとしたが、「ちょっと待ちたまえ」と呼び止められる。早く帰りたいのだが……


「武永くん、といったか……色々と無礼を働いてすまなかったね」


「はあ……」


 コイツ、無礼って自覚あったのか。それはそれで腹立つな。まあもう関わり合いになることもないだろうし、今さら責めるつもりもないが。

 村瀬は「あー」とか「えー」とか呻きながら何かを言いあぐねている。早くどっか行ってほしい。


「その……キミの言う通り、仲間というのも悪いものではないのかもしれないな」


「ああ、そう……」


「そこで、だ。時々ボクと、これからの教育について語り合わないか」


「いや、ちょっとそういうのは……」


「なんだと!? さっきまで言っていたことと違うじゃないか!」


「こっちにも選ぶ権利はあるんで……俺はお前苦手だし……」


「何なんだキミは!」


 その後30分ほど村瀬につきまとわれ、教員を目指す者同士で仲良くしないかとしつこく勧誘を受けた。

 ロリータ服を着た女に絡まれる俺は、周囲からさぞ異様に見えたことだろう。

 周りの目が痛い……


 「早く椿が現れてくれ」などと願ったのは初めての経験で、我ながら驚いたものだ。

 結局椿は現れず、最終的に俺は走って逃げたのだが……

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