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24―1 ロリィタと石頭 その1

「『学内四大変人』の残り一人が誰か知りたくねえか?」


 人混み賑わう食堂で、諸星は突然話を振ってきた。

 『学内四大変人』のうち三人はよく知っていて、椿、浅井先生、リーちゃんのいずれとも最早他人とは言えない仲である。

 『四大』というからにはあと一人足りない。正直あの三人だけでもお腹いっぱいだが、さらにもう一人異様な生態の人間がいるのだ。気にならないと言えば嘘になる。が、しかし。


「正直見当はついてんだよな。だってアイツ、服装からして変だし」


「なんだ武永、知ってんのかよお」


「知ってるも何も、同じ学年で同じ学部なんだから嫌でも目に留まるっての」


「おっ、噂をすればいるじゃん。『セラム姫』」


「うえっ、マジか……」


 諸星が顎でしゃくった方を見ると、確かに『セラム姫』こと村瀬姫子(むらせひめこ)は一人で食事を取っていた。

 大学の食堂にはおよそ似つかわしくない、フリルとリボンまみれの白ロリィタ服。ウェーブのかかった金髪も派手派手しい。

 初めて彼女を見た時は大学に迷いこんだコスプレイヤーか何かかと思ったものだ。


 しかし村瀬はロリィタ服のまま何食わぬ顔で入学ガイダンスに出席し、そのまま講義にも出席し、食堂、売店、図書館、通学路といたる所で見かけるようになった。

 認めたくはなかったが、彼女もどうやら本学の学生らしい。

 ちなみに『セラム姫』とは誰かが勝手につけたあだ名ではなく、本人がそう名乗っているらしい。もうその時点で関わりたくない。


「顔だけはいいんだけどなあ、あの子も」


「オイ諸星、あんなやべー奴にまで手を出すのか……やめとけやめとけ」


「いやあ、案外ああいう子が尽くすタイプだったりすんだよ。お前こそどうだ? 武永」


「俺はもうそういうの間に合ってるんで……」


「ヒャヒャヒャ! それもそうか!」


 すでに平穏な大学生活は崩れ去っているというのに、これ以上悩みの種を増やしてたまるか。






 今日の三限は「教育学演習」。演習とは言いながらもこれまでは座学がメインであった。ようやく今日から演習らしいことをするらしい。

 今日の内容は、5人一組のグループディスカッションである。教育に関するテーマをグループ内で論じて、講義の最後に短い発表を行うものだ。

  座学が好きでない俺にとって、今日の講義はなかなか楽しみに思えていた。

 班分けを知るまでは、の話だが。


「ボクはセラム姫。旧弊な教育界に一石を投じる者だ。さあ、有意義なディスカッションを始めようじゃないか」


 なんで俺ばっかりハズレくじを引くんだろうか……






 村瀬の仰々しい口上の後、俺を含む残りの4人はそれぞれまともな自己紹介を行ったが、それだけではこの異様な雰囲気を払拭することはできなかった。

 妙な緊張感が漂うまま、討議開始の合図が出される。


 今回討論するテーマは「学級に馴染めない生徒がいる場合、どのような対応が必要であるか」である。小・中学生の生徒を想定したよくある課題設定。

 まあウチの班には、大学生になっても周囲に馴染めてないやつが一人いるんだが……

 もしかしてこの講義の担当教授は狙ってこの課題を設定したのか? と邪推してしまう。


「さて、それぞれ持論を述べるべきだと思うが……まずは僭越ながらボクの意見を開陳しよう」


 僭越ながら、などと言いながら村瀬の表情は得意満面の様相だ。得意分野なんだろうな、クラスに馴染めない子の気持ちを考えるのは……村瀬自身そういう経験があるのだろう。


「そもそもの話として、全員がクラスに馴染む必要があるのか? とボクは問いたい。個性を潰すような教育をして、何になるというのだろうか。それぞれの個性を伸ばすことこそ教育の意義だろう」


 何かそれっぽいこと言ってるけど、どうも引っ掛かるな……まあ、もう少し様子を見ておくか。


「『クラスに馴染めるようレクリエーションを増やす』だとか、『友人グループに入れるよう当該生徒をサポートする』なんてものは、ハッキリ言って凡百の答えでしかない。少数派のスタンスをねじ曲げ多数派に合わせるなんて、ナンセンスでしかないのさ」


 討論グループ内の人たちは、村瀬の発言を聞いてうんうんと頷いている。奇天烈な村瀬を否定しない、気のいい真面目な人が多いようだ。

 納得するでもなくぼんやり考え事をしているのは俺だけか。


 村瀬の言っていることは間違いではない。そりゃあ少数の人間が尊重されるのが理想的だろう。でもなあ、何というか……


「どうかな諸君、他に意見が無ければボクの案を元に発表を作っていくのが良いと思うが」


「あるぞ、意見」


「ほう?」


 村瀬は試すような目で俺の全身をジロジロと検分した。なんとなく見下されているようで不快だが、喧嘩をしたいわけではないのでひとまず気にしないでおく。


「その馴染めてない本人が『本当は周囲と仲良くなりたい』って思ってた場合どうすんだ? 村瀬のやり方だと孤立して終わりだけど」


「村瀬ではなくセラムと呼びたまえ。キミの意見では、少数派の人間は多数派に迎合せよ、とそういうことかな」


「そこまでは言ってないが……お互いにすり寄るのは必要だろ。教室なんて狭い世界で一緒に過ごしていくなら」


「ハッ」


 俺の反論を聞いて村瀬は鼻で笑った。別にいいんだけど、なんでコイツこんな偉そうなんだ?


「凡人の意見だね。『みんな仲良くしなければならない』なんて思想は所詮、固定観念に過ぎない。孤立したっていいだろう、人の幸不幸は多様なんだから」


「別に俺はそんな大層な話はしてねえよ。仲良くできる相手がいるのに、そのことに気づかないまま学校生活を終えるのは勿体無いって思うだけだ」


「そうかい。キミは群れないと生きていけないんだね。そういう人間には、孤高に生きる人間の気持ちはわからないんだろう」


 呆れたような顔で村瀬は首を振った。偉そうなのは別にいいし、俺のことを見下したって構わない。だが一つだけ、言ってやりたいことがある。


「何つーか村瀬、お前さ。孤立してる生徒の気持ちじゃなくて自分の理想を大切にしてるだけだよな?」


「は?」


 それまで余裕綽々だった村瀬の血相が変わる。

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