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23―3 ヤンデレとブラックアウト その3

 椿が容赦なく俺の胸を圧迫する度、さらに総身が熱くなってくる。

 ダメだ、足の踏ん張りが利かなくて椿をはね除けることもできそうにない。考えろ、この状況から逆転できる手立てを。


「さすが先輩、しぶといですねえ」


 椿はまだまだ圧迫を緩めるつもりはないようだ。息が詰まる。首から上に血が集まるような感覚と同時に、ズキズキ頭が痛む。

 ふざけるなよこの野郎。このまま黙ってやられるか。

 両腕を広げ、椿に巻き付ける。


「何ですか、先輩? 今更ハグしたって許しませんよ」


 許しを乞うつもりはないし、ヤケクソになったわけでもない。勝算はあるはずだ。

 確かに椿はいま俺を圧迫している。しかしこれは視点を変えれば、椿自身も己の身体を圧迫させているのだ。

 ならば俺もその状況を利用させてもらう。


 わずかに残った力を振り絞り、椿を抱き締める。いや、抱き締めるなんて生易しいものじゃない。絞め殺すつもりで、こちらも圧をかけていく。


「ちょっ、先輩、そんな激しい……」


 椿の両肩を強く握りしめ、さらに圧を強めると、にわかに椿の力が緩んだ。

 チャンスだ。このまま押しきらせてもらう。

 お互いの胸が強く押され合う。俺も椿もやせ形の人間なので、あばら骨がぶつかりあって苦しい。だが、苦しいのはお前も同じだろう?


「あっ、先輩ダメです……そんなにしたら私……」


 潰れろ潰れろ潰れろ。そのままぶっ飛んでしまえ。


「ひゅっ」


 声なのか息なのかわからない音を立てて、椿はダランと両腕を下ろした。俺が支えていなければ、そのまま床に顔をぶつけていたことだろう。

 椿を抱えたまま、俺もぐったりと床にへたりこんだ。もう立っているのも限界だ。まだ心臓は異様な速さで拍動し、激しいノックのような爆音を立てていた。


 気を失った椿の顔は生気が無く、まるで人形のように見える。もし俺が椿に「落と」されていたら、今頃どうなっていただろうか。考えるだに恐ろしい。

 俺は確かに椿に打ち勝った。最後の最後まで抵抗して、どうにか生き残った。だというのに、達成感は少しも無かった。あるのは虚しさだけ。なぜ俺がこんな目に遭わねばならないのか。



 椿が動く様子は無い。このまま放置したいのはやまやまだが、図書館に至るまで椿の目撃情報を収集していた俺が、椿を気絶させて放置したなんて思われては、どんな噂を立てられるかわからない。

 気乗りはしなかったが、椿を背負って学内の保健センターまで届けねばならない。確かあそこにはベッドがあったはずだ。


 苦労して椿を背に乗せたが、前におぶってやった時よりもずっと重みを感じた。「意識の無い人間は重く感じる」という説は事実だと身をもって知る。また嫌な知識が増えた。





 保健センターへの道のりは楽なものではなかった。距離はそれほどでもないが、意識の無い人間と、二人分の鞄を抱えて歩き回るのはずいぶん骨が折れる。そのうえ俺は疲労困憊の状態と来ているのだからいよいよ苦しい。

 道行く学生たちは奇異の目で見てくるし、今日はとんだ厄日だ。





 保健センター付きの医師は存外あっさりしたもので、気を失った椿を見ても「貧血か何かでしょう」と簡単な所見を述べるだけだった。

 他の職員に椿の輸送を手伝ってもらい、何とか椿をベッドに寝かせる。

 椿の真っ白な顔はひどく不健康で、こうして横になっていると真新しい死体のようだった。


 椿を置いてさっさと立ち去りたかったが、「知り合いなんでしょう? 彼女の目が覚めるまで待っててあげてね」と職員に引き留められ、未だ逃げ出せずにいる。

 いや、ここから逃げ出せないのはきっと俺自身の意思によるものだろう。

 正当防衛とはいえ俺が椿を昏倒させたのも事実なので、罪悪感が無いわけではない。



 しかし椿が目覚めたら文句の一つでも言ってくるだろうな。もちろん俺は反論するし、それで言い争いになっても知ったことじゃない。自分の蒔いた種だろう、と切り捨ててやるつもりだ。

 あるいは、流石の椿も今回の一件で俺に失望したかもな。

 人を失神に追い込むということは、一歩間違えば相手に重篤な後遺症を与える行為だ。咄嗟のこととは言え、俺だってその自覚なく椿を絞め落としたわけじゃない。

 己に危害を加えた人間を好きでいれるほど、椿の心は広くないだろう。





 しばらくぼんやりと時間が過ぎ、俺がトイレにでも行こうかと立ち上がった時に、椿が静かに目を覚ました。


「起きたか」


「あっ、先輩……ここは?」


「大学の保健センターだ。起きたなら俺はもう帰るからな」


「あの、さっきはごめんなさい。私、ちょっとおかしくなってて、先輩にひどいことしちゃって」


 そう言うと椿は心底申し訳なさそうにうなだれた。

 この反応は想定していなかった。「か弱い乙女になんてことを!」だとかウダウダ文句を言ってくるものかと思っていたが。


 反省するくらいなら最初からやるなよ、と怒鳴りかけたが、すんでのところで思い止まった。

 これだけ反省しているなら、こちらの主張を通すチャンスではないか?


「わかった。今回の件は無かったことにしてやるが、その代わり二度と俺に近づくな。いいな?」


「いや、でもそれは……」


「じゃあいい。もう俺はこりごりなんだよ。お前が話しかけようと何しようと無視するからな」


「そう、ですか……」


 今までになく椿が落ち込んでいる。こうして黙っている姿を眺めてみると、ただの幸薄い女の子に見えるな。中身は悪意の濃縮還元だというのに……

 自身も痛い目に遭ったお陰で、いい加減自分の罪深さを知ることができたのだろうか。

 コイツはクズだけどバカではないしなあ、一応。


「あの、先輩。最後に一つだけお願いを聞いてもらっていいですか?」


「聞くだけならな」


「あの絞め落とすやつ、もう一回やってもらえません? アレ本当に気持ちよくていい意味で死ぬかと思いました。好きな人の腕の中で死ぬのって、女の子の憧れだと思うんですよね。なんか特別感ありますし。あー、もう一回やってもらえたら先輩のこと諦められる気がするなー、やってくれないかなー」


「……お前本当は反省してないだろ」


「やだなあ、反省してますってば」


 椿はかきまぜた泥のように濁った笑顔でニタリと笑った。

 本当にもう一回絞め落として二度と起きれなくしてやりたかったが、それはそれで喜びそうなのでやめておくことにした。




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