③ ヤンデレとアルバイト
駅前にある個別指導塾「名月館」は俺のバイト先であり、オアシスでもある。物々しい名称の割にこじんまりとした塾なので、講師・生徒問わず結構仲が良い。ガチガチの進学コースでないところも気楽で有り難いところだ。
「ねー先生って彼女とかいるの?」
「ん? 今はいないが……」
「先生が帰る時よく来てる、あの髪の長い人は彼女じゃないの?」
「あれは妖怪とか怨霊の類いだから断じて彼女ではない」
「ふーん……大人も色々あるんだね」
「で、問4の答えは?」
「んー、わかんない!」
首を傾げながら、ミナは子どもらしい笑顔を見せた。どこまで計算ずくでやってんだろうな、コイツ。しかし、今時の小学生は聡いというか達観してるというか……もっと色々突っ込んできそうなものだが。単純に息抜きの雑談がしたかっただけなのかもしれないが。
「あっ、先生昨日のテレビ観た? あのお笑いナンバーワン決定戦」
「授業が終わったら答えてやる」
「えーカタいなー」
「先生ってのはカタいもんだぞ。君らのフニャッとした背筋を正してやる必要があるからな」
「ふん。言われなくても私元々背筋伸びてるしー」
椅子に深く座り直し、ミナは姿勢を正した。抗議するような目つきでこちらを見上げてくる。
子どもというのは天の邪鬼でありながらも素直で、そういう矛盾したところが愛らしい。大変だとは聞くけど、やっぱ教員採用試験受けるかな。
「はい、このページの問題終わったよ」
「おっ、いいじゃん。結構合ってる」
「まあね? 私にはちょっとレベルが低すぎたかな?」
「でも二問間違ってるけどな」
「えー嘘だー」
それなりの指導と他愛のないやり取りを繰り返して、今日もバイトが終わった。少し塾長の仕事手伝ってから帰るか……
「武永くん、彼女来てるよ」
「いやアレ彼女じゃないんで……とにかく追っ払ってきます」
「そう言わずに。今日はもう上がっていいよ」
「すみません塾長、お先です」
「気をつけてね」
クソ、あいつまたバイト先に来やがった。この前も来んなって言ったとこなのに。校舎の入口を見ると、幸の薄そうな女がヘラヘラ笑いながら手を振っている。裏口から帰ろうかな本当。
「あっ、先輩お疲れ様です。奇遇ですね」
「奇遇じゃねえだろ、チラチラ校舎覗いてきやがって……今度やったら通報すんぞ」
「懲役刑になったら身元引受人はお願いしますね」
「捕まる気満々じゃん……何コイツ無敵なの?」
「ところで先輩、随分楽しそうに女の子としゃべってたじゃないですか」
「いやあの子小学生だからな?」
「私がどれだけアプローチしても相手にしてくれないと思ったら、もしかして先輩……」
「あらぬ疑いをかけるな! そういうの厳しい世の中なんだぞ!」
「大丈夫です。先輩がロリコンだったとしても、その時は私も来世からやり直しますから」
「ああうん……俺疲れたから帰るわ……」
ただでさえバイトで疲れているというのに、これ以上アホの相手はしていられない。俯き加減で歩を進める。何が来世だ。そもそもどうやって来世に行こうというのだ。もし本当に俺がロリコンだったとしたら、コイツ本気で……?
「それじゃ先輩、また会いましょうね」
「おう、二度と来んなよ」
「来世で待ってますからね……」
「それ怖いからやめて!」