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23―1 ヤンデレとブラックアウト その1

 最近椿の様子がおかしい。

 椿の頭が狂っているのはいつものことなのだが、どうにも狂い方が普段と違っていて、むず痒さを感じる。

 いつもなら一週間のうち15回くらいは椿と遭遇するというのに、最近はなぜか椿とめっきり会わなくなった。

 今はもう木曜日だというのに、今週に入ってから一度しか椿を見ていない。元々痩せぎすの椿だったが、いつにも増して痩せ細っているように見えた。

 別に心配をしているわけじゃないが、何となく収まりが悪い。こちらの調子まで狂いそうだ。




「本庄さんの様子?」


「ああ、浅井先生は最近椿と話したりしなかったか?」


「そうねえ……よく姿を見かけるのだけど、私が話しかけようとすると逃げていっちゃうのよね。猫ちゃんみたいに、ピューって」


「そうか……よくわからんなアイツは」


「心配?」


「いや、別に……」


「そう。なんだか妬いちゃうわね」


「だから心配とかじゃないんだが……とにかくありがとう。またバイトでな」


「ええ。武永先生もあんまり思い詰めないでね」


 浅井先生も椿に何があったのかは知らないらしい。「よく見かける」という点は引っかかるが、別に浅井先生に実害が無いならこれ以上気にしても仕方ない。

 もう四限も終わったので、これからバイトへ向かうわけだが、やはり椿の姿は見当たらない。いつもならこの時間は椿が邪魔をしてきて「バイトに遅れるからやめろ」と振り払っていただろうに。

 寂しいとか侘しいとかそんな大層な感情じゃないが、急にできたこの空白をどう扱っていいのか困惑しているというのが正直な気持ちだ。





 翌日、大学構内で椿を見かけた。植え込みのあたりで屈んでゴソゴソと何かを探している。落とし物でもしたのだろうか。

 少し不気味ではあるが、とりあえず話しかけてみるか。


「おう椿。最近忙しいみたいだな」


「先輩……」


 椿の目は細い。浮世絵に描かれる幽霊のような、細くもギョロっとした不吉な目つき。

 その椿の目がどことなく潤んでいるように見えた。


「オイ、どうしたんだ椿」


 俺が一歩近づくと、椿はスッと立ち上がりそのまま小走りで消えていった。本当に幽鬼みたいなやつだな……

 しかし、俺が話しかけても反応が薄いなんて今までに無かったことだ。いよいよ尋常じゃない。


 ふと椿の屈んでいた植え込みに目を向けると、手のひらサイズの小さな小箱が置いてあった。市松模様で塗りの少し剥げた、どこか古めかしい箱だ。

 もし椿の物であれば、渡してやった方がいいのかもしれない。

 箱を持ち上げると、存外軽いように思う。貴重品でも入っているかと思ったが、そうでも無さそうだ。

 箱に鍵はついていないし、中身も確認してみるか。まさか呪いのお札とかじゃないよな……?


 おそるおそる箱を開けてみると、中からスルスルとムカデが這い出してきた。その毒々しい色合いに思わず「ヒッ」と声が漏れる。

 しかしムカデは俺には目もくれず、植え込みの方へとすぐに姿を消してしまった。

 

「何なんだありゃ……」







「なるほど、それはおそらく蠱毒(こどく)ですね」


 リーちゃんは食堂のお茶を啜りつつ、事もなげに言い放った。

 こどく? 孤独、ではないよな?


「古代中国から伝わるまじないの類いですよ。沢山の毒虫を箱や壺に詰め込んで、共食いをさせるんです。そして生き残った一匹をですね、憎い相手に食べさせたり、けしかけたりして呪いをかけるんです。恐ろしいですね」


 サソリのようなポーズで手をチョキチョキと動かしながら、リーちゃんはそう解説してくれた。言葉とは裏腹に本人はまったく怖くなさそうだ。勝手な要望だが、こういう場面ではもうちょっと緊張感を出してほしい。

 しかし毒虫の呪いか。陰湿な椿のやりそうなことだ。


「やっぱり浅井先生を呪うつもりなのか……あの野郎、一発ガツンと言ってやらなきゃな」


「わたしも椿の姐さんとは少し話しましたが、見るからに弱ってましたよ。気の毒なのでガツンではなくコツンぐらいで許してあげてはどうでしょう」


「いや、でもアイツ調子に乗るとやりすぎるし……」


「今のところおりょうさんには何の異変もないのでしょう。推定無罪の原則ということで」


「うーん……まあ、とりあえず椿と話してみるよ」


「何かお手伝いしましょうか? BGMとして後ろでマリンバを叩くくらいならできますが……」


「気持ちだけで結構だ、ありがとな」


 リーちゃんに感謝を述べ、頭をポンと叩いてやると、彼女は満足そうにフンフンと鼻を鳴らした。子リスのようで愛らしい。

 今日はバイトも無いし、面倒だけど椿を探しに行くか……





 早速椿の捜索を始めたわけだが、「本庄椿を見かけなかったか?」という簡単な問いだけで誰もがそれなりの答えをくれるので話が早い。「学内四大変人」という不名誉極まりない通り名が役に立つ日が来るとは。

 しかし、みんなして苦労人を見るような目を向けてくるのは勘弁してほしかった。現在進行形で苦労しているだけあって、余計に。


 聞き取り調査を10分ほど続けたところ、どうやら椿が総合図書館にいることがわかった。

 総合図書館はその名の通り幅広いジャンルの書物が保管されている学内最大の図書館だ。開架室は三階建、書庫に至っては六階建の容積を誇るため、椿を探すのは骨が折れるだろう。

 図書館内でも聞き込みをすれば見つかるかと気楽に構えていたが、みんな読書やレポートの作成に忙しく、椿の姿を見た者はいないらしい。


 一通り開架室を見て回ったところ、椿の姿は見つからなかった。となれば、おそらく椿は書庫にいるのだろう。

 でもあそこはあんまり入りたくないんだよな……薄暗いし、埃っぽいし。六階建という広さもやる気を削ぐ一因である。

 気乗りしないまま書庫に入ると、下の階からグス、グス、と啜り泣く声が聞こえる。たぶん椿なんだろうけど、ホラー映画の導入みたいでますます足がすくむ。


 ゆっくり階段を下り、書棚の間を一つ一つ確認していくと、本を立ち読みしながらグズグズと鼻をすする椿の姿を見つけた。知らない人が見れば地縛霊としか思えないだろう。

 長い髪から覗く横顔は青白く、明かりの暗い書庫内で怪しくゆらめいていた。

 刺激しないようにゆっくりと近づく。悲鳴でも上げられては面倒だ。

 一歩、二歩、慎重に。


「なあ、椿」


「うっ、うっ、せんぱーい!」


 椿は持っていた本を投げ出してこちらに飛びかかってきた。そのままガッチリと椿に身体をホールドされる。肩のあたりに椿の鼻水がついているようで気色悪い。


「ハァ……どうしたんだよ椿」


「私は、私はカスです……」


マジでどうしたんだ?


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